第2話 5歳児は商売の基礎を学び直す
転生してから5年が経った。
生まれたばかりの頃はまともに体を動かせず、泣くことしかできなかったが、ようやく自由に動けるようになってきた。今は五歳。歩くのも話すのも問題ない。とはいえ、まだ体は小さく、無理な動きをするとすぐに疲れてしまう。
この数年間で分かったことがいくつかある。
まず、ここはエーバーハイムという町で、ケーニヒスライヒ・アルデンヴァルト王国の一部に属している。中世ヨーロッパ風の街並みが広がり、舗装されていない道路の両脇には商店が並んでいる。建物は石造りのものが多く、貴族の館らしき立派な邸宅もいくつか見かけた。
俺の家、ザイドル商会は、この町でも大きめの商家であり、貴族や上流層を相手に高級品の取引を行っている。それなりの地位と影響力を持っているらしく、父であるゲルハルト・ザイドルは頻繁に貴族との交渉を行っている。
そして、この世界の社会構造は、貴族が絶対的な権力を持つ封建制度に基づいている。商人は経済的な力を持つが、貴族の行う政策次第で商会が潰されることもあり得る。商業ギルドは強いが、敵対的な組織ではなく、商人同士の互助組織として機能している。特に、大商人たちはギルドを通じて貴族と取引し、慎重に立ち回っているようだ。
ーーー
五歳になると、父から商売の基礎を学ぶ機会が増えた。
「マクシミリアン、商売というのはな……価値のあるものを適切な価格で売り、利益を得ることだ。しかし、それだけではない。お前がこれから商人として生きていくなら、何よりも信用が大切だ」
「信用?」
「そうだ。金貨や銀貨は確かに重要だが、それ以上に大切なのは取引相手がこちらを信頼してくれることだ。信用を築けば、例え一時的に資金がなくても、取引を続けられるし、新たな商機が生まれる。逆に、信用を失えば、どれほどの財を持っていようと商売は成り立たない」
これは、現代のビジネスと同じだ。信用を得ることが、長期的な成功の鍵となる。
ーーー
俺の前世での知識と照らし合わせながら、父の話を整理する。
この国の通貨制度は、
- 金貨(銀貨100枚分)
- 銀貨(銅板100枚分)
- 銅板(パン1個相当)
という3段階に分かれている。
また、商人同士の大口取引では、信用手形(Wechsel)が使われることもある。これにより、現金を持ち運ぶリスクを減らし、より大規模な取引が可能になる。
(なるほど、これは前世でいうところの手形取引に似ているな……)
この手形制度を発展させれば、商業がさらに活性化する可能性がある。今はまだ子供だから具体的な行動はできないが、いずれこの仕組みを活かすことができるかもしれない。
ーーー
ある日、父に連れられて市場を見学する機会を得た。
市場には、農作物、布、皮革製品、貴金属など、様々な商品が並んでいる。商人たちは声を張り上げ、客を呼び込んでいた。
「ここがエーバーハイムの市場だ。商人にとっては戦場のようなものだぞ」
「……にぎやかだね」
「この市場で何が一番売れると思う?」
俺はしばらく観察し、いくつかのポイントに気づいた。
✅ 食料品は回転が速い(特にパンや干し肉、チーズなどの保存食)
✅ 布製品や革製品は高価(特に質の良いものは貴族向け)
✅ 貴金属は貴族向けの贅沢品で、市場ではあまり流通していない
(……この世界で、まだ発展していない商材はないか?)
市場を歩きながら、ある店の前で足を止めた。
そこでは、粗悪なガラス製品が売られていた。
「……これ、ガラス?」
「そうだ。お前も興味があるのか?」
「うん、でも……なんだか汚いね」
売られているガラスは、透明度が低く、向こう側が歪んで見える。まるで曇った氷のようだ。
(もし、もっと透明度の高いガラスを作れたら……?)
その時、俺の頭の中で一つのアイデアが生まれた。
「ガラス製品の改良」――これが、俺の異世界での最初の挑戦になるかもしれない。