第14話「学園の授業と貴族の価値観」(10歳)
学問所での生活が始まって数日。朝から晩まで授業が続き、商売とは異なる世界に少しずつ馴染んでいった。
「さて、今日は経済学の授業だ。貴族の屋敷と商人の取引について説明しよう」
講師のグスタフ先生が黒板に貴族と商人の関係図を描く。学問所の授業は、単なる読み書きや計算だけでなく、貴族社会の仕組みや歴史、法律についても詳しく教えられる。
「貴族は本来、自給自足の領地経営を行い、商人とは異なる存在だ。しかし、都市の発展と共に商人との取引が不可欠になった。さて、ここで問題だ。商人が貴族と取引する際、最も重要なことは何か?」
「信用です」
俺が即答すると、先生は少し驚いたように頷いた。
「その通りだ。信用とは、単に金銭のやり取りに留まらず、長期的な信頼関係の上に成り立つ。貴族は名誉を重んじるため、商人の側もそれに見合った品位を持たねばならない」
「……だから、商人の子息であっても学問所で貴族の価値観を学ぶ必要があるのか」
俺は納得しながらノートを取る。
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授業の後、俺はテオドールやフレデリカと話をしていた。
「商人の信用なんて、金で買えるものでは?」
発言したのは、同じクラスの貴族の少年、クラウス・フォン・エーデルシュタイン。華やかな服を着こなし、いかにも貴族然とした態度だ。
「信用を築くには時間がかかる。貴族の間でも、信頼関係がなければ取引は成立しないはずだ」
俺がそう返すと、クラウスは鼻で笑った。
「ふん、貴族は商人のように取引に縛られない。名誉こそが最も重要なものだ」
「でも、名誉だけで食べてはいけないわ」
フレデリカが鋭く反論した。
「商人との取引を侮る貴族ほど、後になって困るものよ。少しは実務を学ぶべきじゃない?」
「……お前は貴族なのに、商人寄りの考え方をするな」
「現実を知っているだけよ」
フレデリカは軽く肩をすくめる。
(なるほど、フレデリカは貴族社会の価値観を持ちながらも、商人の視点も理解しているのか)
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授業が終わると、俺はエリザベートと一緒にガラス工房へ向かい、進捗を確認した。
「気泡の問題はまだ解決していないが、少しずつ改善されている」
エリザベートは興味深そうにガラスの試作品を眺めた。
「確かに、前よりも透明度が上がっているわね。でも、貴族向けにするなら、もう一段階精度を上げる必要がありそう」
ルートヴィヒが頷きながら続けた。
ルートヴィヒが試作品を手に取りながら言う。
「まだ完全ではないが、良質なガラスを作れる目処が立った。だが、量産するにはもう少し試行錯誤が必要だな」
「俺も学問所で貴族の価値観を学んでいるが、彼らの基準は想像以上に厳しい。彼らに認められるには、品質をさらに向上させないといけないな」
エリザベートは真剣な表情で頷いた。
「学問所の貴族たちは、ただの贅沢品としてガラスを求めているんじゃなくて、権威や格式を示すために使うのよね。だからこそ、一流の品質が求められるのかも」
「なるほど……それなら、ただ透明なだけじゃなくて、デザインや加工の工夫も必要になりそうだな」