第13話 学園入学と新たな出会い(10歳)
ヴァルター男爵へのガラス納品が決まり、商売は順調に進みつつあった。しかし、俺にはもう一つの重要な節目が訪れようとしていた。
「マクシミリアン、お前もそろそろ学問所へ通う年齢だな」
父がそう言ったのは、商会の帳簿を確認していた時だった。
「学問所……?たしかに10歳になったことですし、入学時期ですね」
「商人の子息や貴族の子弟が通う場所だ。商売をするにしても、学がなければ話にならん。おまえは賢くはあるが、常識を知らんこともある」
エリザベートも学問所に通う予定で、すでに準備を進めているという。彼女の家も商家であり、貴族との取引が多いため、貴族社会での知識を学ぶ必要があるからだ。また、両家の親同士も学問所に通わせることで、将来の商売の繋がりを強めたいと考えていた。俺も商人としての知識を深めるため、学問所へ通うことを決めた。
―――
学問所は、エーバーハイムの中心部にある石造りの堂々とした建物だった。貴族の家柄を示す紋章が胸元についたジャケットを着た生徒たちが門をくぐっていく。
正門には厳つい革鎧姿の門番が二人立ち、通行者を厳しく見張っている。門をくぐると、美しく整えられた庭が広がり、色とりどりの花々が咲き誇っていた。石畳の道が校舎へと続き、手入れの行き届いた植栽が学問所の格式を示しているようだ。
校舎は艶めいたオーク材を基調とした内装で、天井には精緻な彫刻が施されている。大理石の床に映るステンドグラスの光が、荘厳な雰囲気を醸し出していた。
創立は60年前。当時の貴族、商人が出資し、建てたらしい。運営費は現代と同様に、入学金、学費、寄付で賄う他、国からの補助金もあるそうだ。
「ここが学問所か……」
俺の隣には、エリザベートがいた。彼女とは家が近いため、一緒に学問所へ通うことになっていた。両親も安心できるという理由で、送り迎えの際も同行するよう言われていた。
「緊張してる?」
「……少しな。貴族の子供が多いんだろ?」
「そうだけど、大丈夫! マクシミリアンならすぐに馴染めるよ」
エリザベートの励ましに背中を押されながら、俺は学問所の門をくぐった。
―――
入学式が終わり、さっそくクラス分けが発表された。俺とエリザベートは同じクラスになったが、周囲には貴族の子供たちが多い。
「商人の子供がこんなところに?」
「平民が混ざるなんてな……」
ちらほらと聞こえる声に、俺は少し居心地の悪さを感じた。そんな中、好意的に話しかけてくれる人物もいた。
「君がザイドル商会の子息か。僕はテオドール・ライナー。家は小さいが、貴族の端くれだよ」
金髪の整った顔立ちの少年が手を差し出す。
「よろしく、テオドール」
「君の家の商会、王都でも評判がいいらしいね。ガラスを作っているとか?」
「よく知ってるな」
「父が商人と取引しているからね。僕も商売には興味があるんだ」
テオドールとはすぐに打ち解けることができた。そしてもう一人、俺に興味を示したのは——
「あなたがマクシミリアン? 商人の子なのに学問所へ?」
背筋の伸びた黒髪の少女、フレデリカ・フォン・ヴァイス。貴族の家柄らしく気品のある佇まいだ。
「そうだけど?」
「なら、学問所で困ったことがあったら、私に言いなさい」
「え?」
「商人の子が貴族の世界でうまくやるのは簡単じゃないでしょう? だから、私が面倒を見てあげる」
彼女は腕を組み、堂々とした態度で言った。
「……ありがとう? でも、そんなに気にしなくてもいいぞ」
「そう? まあ、期待してるわよ」
フレデリカは微笑みながら去っていった。
(……やれやれ、学校生活は商売とは違った苦労がありそうだな)