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短編

どうしようもない世界の話

作者: 猫宮蒼



 やぁやぁ勇者さん、よく来てくれましたね。

 私? 私はこの世界のかつての聖女。

 ま、今は違うんだけどね。


 それで?

 貴方は一体どういう嘘に騙されてここに来たの?

 魔王?

 ふふっ、あはは。


 あぁ、うん。


 魔王ね、魔王。


 ふふふ、あっはは……!


 そんなものはいないよ。

 うーん、それでも無理矢理その存在を当てはめるとするなら。

 ……私、かな?


 あぁ、でも私だけじゃないんだよ。

 歴代の聖女全員がそうなるかな。


 あ、聞いてくれる?



 勇者さんはさ、この世界の生まれかな?

 それとも、異世界から召喚されてきたクチかな?


 あ、召喚。ご愁傷様。

 私もそうだったの。

 うん、昔ね。


 この世界にあふれ出た瘴気を浄化するために、どうか聖女様、この世界をお救い下さい~ってね。


 バカなのかなって思ったよ。

 なんで、今まで存在も知らなかった見知らぬ世界のために、強制的に故郷から誘拐されて、ただ働きしないといけないの?

 しかも召喚はするくせに、召喚するための魔力を集めるだけで精いっぱいで帰すための魔力はないから、役目が済んでも帰れないんだよ?

 異世界っていいご身分だよねぇ。


 誘拐は犯罪だったんだけどな、私の世界だと。

 こっちじゃ同じ世界の人間を誘拐するのは犯罪だけど、異世界から攫うのは犯罪じゃないみたいよ?

 すっごい選民思想だよね、それって。

 だってそれって、私も貴方も。


 この世界の、犯罪者や奴隷よりも立場は下って事だもの。

 誘拐されても私たちは犯罪被害者じゃないの。

 救いの神様みたいな扱いなの。


 人権なんてないのよ。


 いくら聖女や勇者が凄い力を持ってるっていっても、元の世界に戻れるだけの力までは持ってないの。

 何年も、何十年も召喚のための魔力を集めて、そうして召喚されて。

 そこで集めた魔力は使い切っちゃうから、帰すための魔力なんてなくて。

 次に集めるのはまた世界が危機に陥った時に召喚するための魔力で、私たちを帰すためなんかじゃないの。


 だからね、貴方がどれだけ頑張ったところで。

 もう二度と元の世界には帰れないんだ。


 家族は好きかな?

 お友達はいたかな?

 好きな人は?


 うん、でももうみーんな、会えないんだ。

 お別れできた? できるわけないよね。私もそうだったもの。

 私の前に召喚された聖女もみんなみんなそう。


 ある日突然。

 だから何の準備もできるわけがない。


 学校に行くのにお母さんに行ってきますって言って家を出てさ、学校で友達と馬鹿みたいにくだらない話して笑ってさ、そんで、家に帰ってご飯食べて。

 そんな生活が続くもんだと思ってたよ。

 朝早くに会社に行っちゃうお父さんとは、夜にお話しできればいい方だったよ。

 でもさ、行ってきますって言ったのに、ただいまが言えなくて、お父さんとは当然その前の日の夜にちょっと話しただけでさ。


 今度の休みに親戚の家に行くって話だったのに、それもできなくて。


 今度一緒に遊びにいこうねって友達と約束したのにそれも無理で。



 ね、なのにこの世界の奴らに優しくしてやろうなんて思える?

 役目が終わって帰れるなら頑張ったよ。私だって。

 でも、帰れないのわかってて、頑張れる?


 向こうでの生活が辛くて苦しくて、どっか自分の事誰も知らないところに逃げちゃいたい、って思ってたなら、もしかしたら頑張ったかもしれないよ?

 でも私、そうじゃなかったの。

 向こうの世界で生きていきたかったの。

 好きな人だっていたんだよ。告白、しようと思ってた。こんな事になるって知ってたら、振られるの覚悟で言っておけばよかった。


 そうだよ全部全部今更なんだよ。


 私ね、この世界が大嫌い。

 滅んじゃえばいいって思ってる。どうして、自分たちの世界なのに自分たちでなんとかしないの?

 こっちの都合お構いなしに連れてきて、さぁ働けって私奴隷じゃないんだよ?

 いくら聖女様って言葉で敬われてもさ、役目を終えた後で、聖女として大切にされてたかもしれないけどさ。

 でも、好きでもない王子様との結婚強制されたんだよ?


 私の世界でも政略結婚とかあったけどさ、でもそんなの昔の話で、今どきは好きな人との結婚が当たり前っていう常識で生きてる私に、無理矢理向こうが決めた相手と結婚とかさ。

 王子様だから何?

 王子様っていうけど、私から見たらおじさんだったもん。

 同じくらいの年齢で、アイドルみたいにかっこいい相手だったらもしかしたら、私もコロッといったかもしれないけどさ。

 そうじゃなかったもん。


 こっちは未成年だったのにさ、向こうはそんなのお構いなしだったからね。

 気持ち悪い。


 こっちとあっちの常識が違うのって、こういうところで出てきてたからさ。


 だから私、この世界の事すっごく呪って、無理矢理夫になった王子様から逃げて、死んだの。

 私が死んだ時にね、すごくすご~くこの世界の事恨んで呪ったから、瘴気が溢れちゃって。


 でも今更だよね。

 だって私の前の聖女も、その前の聖女も、その前の前の聖女だって。

 ずっとずっと、この世界を恨んでた。

 文献によると昔の瘴気はそこまで酷くなかったみたい。でも、聖女が恨んで呪ったから。

 だからね、瘴気はどんどん濃くなっていった。


 バカだよね。救いを求めた相手に結局恨まれてるんだから。

 聖女なんて召喚しないで、自分たちでどうにかすればよかったんだ。そしたら、触れただけで死にそうになるくらい強力な瘴気にまで育たなかったかもしれないのに。


 しかもさ、その瘴気が。

 今まで形を持たないで霧みたいに漂ってた黒い不吉な瘴気が。


 私たち聖女の願いに応えようとしたのか、別の形をとり始めた。


 うん、それがこの世界にはびこってる魔物。

 そのひときわ強い個体が魔王って呼ばれてるみたいだけど、そういう意味では魔王なんて存在しないんだ。最初から最後まで瘴気なんだよ、あれ。


 だからね、勇者さん。

 貴方がどれだけ頑張っても。


 元の世界に戻れないし、魔王は倒したところで瘴気だからすぐ復活するし、魔王を生んだって意味での黒幕なら私になるけど私もとっくに死んで今幽霊になってるし。ついでに私が消滅したところで、瘴気がより強くなるだけで何の解決にもならないし。

 っていうか私だけじゃないもの。歴代聖女の恨みつらみもあるもの。


 そうなるまで何も手を打たないで馬鹿の一つ覚えみたいに聖女召喚し続けたこの世界の人間が一番の害悪なんだと思うな。

 だってこっちからしたらこの世界の人間なんてみんなみーんな犯罪者だからね。

 犯罪者がどうなったところで、どうでもよくない?


 大切な人だったらさ、私だって助けてあげたいって思ったかもしれないよ?

 でも、この世界の人間は私にとって誘拐犯で、召喚に関わってない人でも間接的に誘拐犯で。どいつもこいつも犯罪者なんだよ。


 しかもこっちが望んでない相手と無理矢理結婚させようとしてきたしさ。

 売春強制されてるようなもんじゃん?

 そこはせめて聖女様の意思を汲んで自由恋愛させろよってならない?

 聖女を取り込んでおきたいっていう政治的思想があったにしてもさ、じゃあその中からせめて聖女が惚れそうな、好みのタイプ用意しとけよってならん?

 まぁ好みのタイプがいたとしても、うまくやれるかは知らんけど。だって最初の時点で犯罪者認定しちゃってるもの。


 まぁいいや。


 わざわざこうして魔王がいるらしき居城とやらにやって来た勇者さんだけど。

 ねぇどんな気持ち?

 ここ別に魔王が住んでるってわけでもなくて、本当にただ普通の廃墟なんだけど。


 瘴気が集まりやすいから、そういう風に認識されてるだけで。

 魔王を倒すための手がかりもなんにもないんだ。

 ま、瘴気だからさ。正体。


 浄化すれば、まぁ一時的にはどうにかなるよ。


 あ、そうなんだ。聖女と違って浄化能力はない。魔物を倒すための武力を求めて召喚されたんだね。

 可哀そう。

 打つ手なしじゃん。


 貴方が召喚されてしまったから、次の勇者にしろ聖女を呼ぶにしろ。

 またたくさんの魔力が必要になるし、それを集めるためにはたくさんの時間がかかる。


 打つ手もないなら、貴方もここで瘴気にやられて死ぬ感じかな。


 あぁ、でも。


 どうかな。

 勇者ならさ、それじゃこれからいっちょ世界を救ってみない?


 ん? うん。

 誰もこんなくそったれな世界救えなんて言わないよ。


 もう次の犠牲者が出ないように、この世界の人間皆殺しにしちゃえばいいんだよ。

 貴方がどれだけ頑張っても帰れないのは確かだけど。

 でも、次の誰かが犠牲にならないためにできる事はあるよ。


 ほら、こんな世界滅んでしまえば、もう誰も召喚なんてされないからね。


 私たち聖女はさ、そういった方面での力はなかったから。

 恨みつらみで瘴気を強化させるのが関の山だったけど。


 君は、魔王を倒すために呼ばれた。

 つまりは、戦う力がある。


 瘴気を浄化する能力はなくてもね。


 だから……うん。


 いってらっしゃい。


 死んだら、私と同じ幽霊になれるかはわかんないけど。

 でも、もしそうなったなら。


 歴代の聖女の皆もまだいるからさ。

 愚痴を聞くくらいならしてあげるよ。


 ね、そしたらさ。その時はさ。


 私の恋バナも聞いてくれると嬉しいな。


 うん、似てるかな。私の好きだった人に。

 うん。じゃあ、待ってる。大丈夫。もう死んでるから。待つのは平気なんだ。

 あ、でも。

 もう死んでるから、瘴気の浄化もできないし、怪我を治したりもできないんだ。


 だから、ね?

 無茶して余計な怪我はしないようにしてね?


 うん。

 それじゃあ。

 また。

 召喚した側が聖女や勇者を人間として扱ってるかどうかについては、恐らくちゃんと人間扱いしていました。ただ、こっちとあっちの常識の違いで召喚された側が誘拐犯としてしか見れないので溝しかない。

 政略結婚に関しては後ろ盾、後見人の要素もあったけど政治的な思惑があったのも事実。

 どっちにしても同意なしの呼び出しなのでどれだけ配慮したとして、気に食わない部分は気に食わないし歩み寄るにしても溝ばかりができていく悪循環。


 次回短編予告

 悪役令嬢回避したい転生者のありがちな話。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 聖女や勇者が明確にこの世界を「悪」と見なしている所 勇者が一言も喋っていないのに聖女の幽霊のリアクションで場面がとても想像できる所 [気になる点] 結局歴代聖女達や勇者は帰ることが出来な…
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