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魔法使い ルキフォ その1

「エスティが結婚───!?」


 ルキフォが叫んだ。目の前で叫ばれたガーゼルが耳を塞ぐ。


「怒鳴らないでください。前の長だったレストーグが病に伏せったとかで、新しく精火門の長になったリュードの襲名式が行われるんですよ。確か二日後に。

 どうやらその時一緒に、エスティとリュードの結婚式をするみたいですよ」

「でもなんでエスティがっ」


 ルキフォがガーゼルに噛みついた。


「だから、私に怒鳴らないでください。私が決めたんじゃないんですから」


 そう言われて、ルキフォがガーゼルから離れた。心無しか肩が落ちている。ルキフォがガーゼルに助けられてから二日、ようやく得たエスティの情報がこれである。気も落ちようというものだ。


「まあ、落ち着いてください。エスティって娘が望んだわけじゃないでしょうから」

「それは、そうだろうと思ってますよ、俺だって。でも、なんでこんな急に結婚なんだろう……」

「貴族や王族なんかでは、政略結婚なんてのも珍しくないですが……今回の場合は他の門派への牽制と宣伝じゃないんですかね、たぶん」


 ガーゼルが、あごに手を当てながら言った。


「牽制と宣伝?」

「ええ。精霊皇の力、つまりエスティを狙っているのは地・水・火・風の四門派すべてでしょう? それは、エスティが精火門の手にある今でも変わらない。まだエスティが精火門の手にあると知らないからというのもありますけど、自分のところにいないなら奪えばいいと思ってるからです」

「でも、だから結婚って言うのは……」

「ルキフォ君。最後まで聞いてください」


 不満そうなルキフォの言葉をガーゼルが遮った。


「結婚っていうのは名目ですよ。エスティに地位を与えるためのね」

「地位って、なんの為に?」

「精火門の長であるリュードと結婚すれば、エスティは精火門の頂点に組み込まれるんですよ。極端な話をすると、地方貴族の娘が王族に嫁ぐようなものです」

「?」


 ルキフォが首をかしげた。ルキフォにはガーゼルの言おうとすることが飲み込めていないのだ。


「ルキフォ君。もしあなたが精火門以外の門派の人間だったとします。あなたは、元素術使いの兄を持つだけで何の地位もないエスティと、リュードと結婚して精火門の長の妻となったエスティ、誘拐が難しいのはどっちだと思いますか?」

「え? 結婚したほうのエスティかな……」

「それはなぜです?」

「そっちのほうが大変そうだから」


 ルキフォの答えに、ガーゼルが笑顔を見せた。


「それが、何の為に地位を与えるのかっていうことの答えです」


 ガーゼルの言葉にルキフォは絶句した。ガーゼルを見る表情が呆れている。


「それだけなんですか?」

「〝それ〟が大事なんですよ。精火門の長の妻を奪おうとすれば、門派同士の全面的な争いにまで発展してしまいます。だから、誘拐するなら確実に、一つのミスもなく行わないといけない。

 これは、はっきり言って凄いプレッシャーになりますよ。本当の重要人物になったら、エスティの警備も厳重になりますしね。失敗すれば、自分たちの門派は確実に潰されます。なにせ、相手には精霊皇の娘がついているんですから、勝てるわけがない。ほかの門派も慎重にならざる得ないんです」

「それが牽制?」


 ルキフォが訊いた。


「そう。そして宣伝。この宣伝も牽制のうちに入るんですが、エスティが精火門の手にあることを公的に発表するちょうどいい機会になるんです。それに、他の門派に結婚したと伝えることによって、精火門が元素術全体の支配を宣言することになる。

 さっきも言いましたけど、エスティのいる精火門には絶対に勝てませんからね。精霊皇の力を使われたら、他の門派は手も足も出ません。うまくいけば、精火門は他の門派と争うことなく元素術を支配できるんです」


 ルキフォはうつむいて何事か考え込んでいる。


「と、そうは言ってみたんですけどね。案外事実ってのは違うかもしれませんね」

「?」


 ルキフォが顔をあげた。


「いえね。前に精火門の長をしていたレストーグ——リュードの父親なんですけど、先月お会いしたときは元気そのものでした。まぁ病なんて突然訪れることもありますから、可能性としてはないとは言えませんけどね。

 でも、街では色々と噂されてましたよ。病気ではなく、すでに死んでいるとかね。他の門派に暗殺されたなんてのが多かったですね。それと、変わったところになると息子による謀殺ってのもありました」

「まさか」

「私もまさかとは思いますけどね。リュードって人にも何度か会ったことがあるんですが、なかなかの好青年でした。父親とちがっての権力指向のない人間なんです。だから、父親を殺してまで権力を手に入れようとはしないと思うんですけど……」


 そこで一旦言葉を切った。


「でも、妙な点も多いんですよ。今回は同時に彼の母親まで一緒に病に伏せっているとのことです。まあ、彼女のほうはもともと心臓を患っていたみたいですから、今回が初めてというわけではないんですがね。

 それと、レストーグには身辺警護をする私兵がいたんですが、それも行方不明とか……もっともこっちは本当に噂だけですけどね。ただ、まったく何の根拠もなしに私兵の件みたいな内部事情の噂はたちませんからね」

「ガーゼルさん。二日で調べたにしては色々と詳しいですね」


 ルキフォが感心したように呟いた。


「いや、まあ」ガーゼルは少しだけ照れたようだ。「で話は戻るんですけど、権力欲のない人間が、父親に反旗を翻してまで精火門の長になるもんなんでしょうか?」

「……急に権力が必要になった?」

「そう。なんらかの理由で精火門の長の座、そして、元素術の支配が必要になった。今回の件は目的ではなく手段だった可能性もあるわけです。どういった思惑があるのかまでは見当がつきませんがね。だから、ルキフォ君。君も用心していたほうがいいですよ。何が起こるか判りませんから」


 ルキフォは頷いた。しかし、どんな理由があれ、エスティを助けに行くことには変わりない。エスティと約束をしたのだから、今度こそ破るわけにはいかない。もう後悔するのはごめんだ。


「判りました。ガーゼルさん。色々とありがとうございました。あとは自分でなんとかしますから」

「って、ルキフォ君。エスティのいる場所は判るんですか?」

「…………」


 ルキフォがその場で黙り込んだ。


「火霊宮ですよ」笑いながらガーゼルが言った。「火霊宮に行くのにはここからどんなに早くても一日はかかります。今からだとリュードの襲名式にぎりぎり間にあうぐらいですね。場所も口で言っただけじゃ判りづらいですよ」

「ガーゼルさん、もしかして俺をからかって遊んでませんか?」


 ガーゼルなら充分ありえる。ルキフォはこの二日間でガーゼルの妙な性格を嫌というほど思い知らされていた。決して悪い人間ではないのだが……。


「まさか。ルキフォ君が一人で行くようなことを言っていたので、苛めてみただけです」

「…………」


 ルキフォは返す言葉もないといったふうだ。


「とにかくお供しますよ。楽しいことはみんなでってね。それに色々気になることもありますし……」


 にっこり笑ったガーゼルにルキフォは何も言えないでいた。先行きが少しだけ不安になる。だが、何も知らない場所に一人で乗り込むよりはましかもしれない。

 第一、断ってもガーゼルなら必ずついて来るだろうし、最悪の場合、火霊宮の場所を教えて貰えなくなる可能性もあった。

 何度も経験したことのある、この微妙にやり込められた感じ。やはりガーゼルはゴルドに似ているとルキフォは思う。


「お願いします」


 力のないルキフォの言葉に、ガーゼルは嬉しそうに頷いた。

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