第06話 幼女は言った
「それで、何故殺した。」
その問いを目前の少女に向けて投げかける。
長い黒髪に、黒を基調とした制服、その服装から連想されるのは、性格のくらさ、人との関わらなさなんていうネガティブなモノから、
会社に毎日休まず通っている様なきっちりとした人というポジティブな印象を見た人物に抱かせるだろう。
それと少女の制服はブレザータイプではなく、セーラータイプだ。
だからきっちりとした人、を連想させるのはむしろ制服ではなく少女の目の方だった。
それに加え瞳の色も、日本人としては珍しいセーラーのタイと同じあるいはそれ以上に美しい蒼、それが瞼によって夜が明ける前の上弦の月のように、半分に細められている。だからこそ見たものには、凛とした、つまり力強い印象を与えるのだ。
陳腐な言葉になってしまうが、単純に綺麗で、見応えのある色と形だった。それに鼻筋も通っているし、顔も小さい。
スタイルも悪くは無いし副業でモデルができそうだ。
『いつまで考え事しているの?流石にそろそろヤバいんだけど』
くだらないことを考えているのを察せられたか、すかさずもっともな言い分を投げかけられる。しかも目を合わせずに
だがそれで思い出したこともあった。
いや、正確には思い直したことか、
・・そうだ、あくまでも、手綱を握っているのはこっちだったのだ。
ならばもう少し、シてもいいのかもしれない
これ以上確かな情報が聞けるとは限らないのだし、、、
そうして指に強く力をこめ、こう言った。
「なら、わしの質問に答えてもらおうか、何故魔女とは関係のない一般人を、お主の学友を、殺した。なに一つ偽ることなく、述べよ。シアよ」
◼️
『なら、私の首から手を離してくれないかな、こうやって、魔力を使って頭の中で考えるのもそれなりに疲れるんだよ。』
「っていうかどうやって心読んでんの」なんて言うツッコミを気にすることなく、その細い首に握りつぶせるほどの力を容赦なく彼女よりも小さな指に込めた。
彼女よりも小さいとは言ってもこの短く小さい指にはそれに相応しいだけの魔力を、込ている。
「ぐ"っえ"」
グチュという喉を潰す感覚。潰された喉から逆流して吐き戻された血。頬に掛かったソレは生暖かい。
ミシミシと鳴る骨の軋む音、自分の手と影で覆われて少ししか青あざが見えないが、手応えからして首の部分は確実にそれと同じものが広がっている事だろう、頸動脈にまで指はギリギリ達せている為完全に致命傷ではある。
だが今の彼女には意味がない。
いくら首の骨を折ろうと、周囲に魔力があればそれを力にし、体を難なく再生させるのが魔女と言うものだ。
時間はかかるがそれほど苦ではない、
耐えられない程の痛みであれば自身の脳を騙して何も感じさせないようにしたり、何か痛み以外の別の感覚にすげかえればいいだけだ。
それくらいは習わずとも本能だけで出来る。
だが今の彼女を見るにその力すらないと見て間違い無いだろう。心の声でさえ「心理防壁」も築いていないので隠し事すら出来ない。感覚はすでに閉じているのかもしれないが、回復が致命的に遅い。
ずっと首を絞めているとは言っても、通常であればもう少しで潰した血管の再生が始まり、少しだけ押し返してこようとする力がある筈だ。だが、今はそれすらない。
血に宿った魔力の少なさから考えても、間違いない。
彼女は今、とてつもなく魔力が枯渇している。
まるで一晩中全力で戦っていたように。熟年の魔女でさえ、一晩中本気を出して戦えば筋肉痛になるのに、表向き彼女の体はソレを感じさせない。
・・・・・・・・いや、そもそも彼女は魔女なのだろうか。
むしろ扱う力はなり損ないのものに近い。
いや、ウィッチもフェイラーもある条件で見れば大きな違いはない。
己の魂の一部を糧にしそして「魔女の血」を媒介にして、魔力を集め、力を扱うのが魔女だとすれば、
なり損ないは、「魔女の血」を魂の一部として全て取り込み己の魂のほとんどを燃やして魔力に変え、更にその力で周囲から魔力を奪い、成長する。
つまり、どちらも多かれ少なかれ魂を犠牲にし、血を媒介として力を扱うしかないのだ。
ただ決定的になり損ないの方が自分の魂を多く犠牲にし、その分大きな力を得るというだけ。
成長が早いのは後者だが、安定性で言えば魔女が、圧倒的に勝る。
そういう関係だからこそ、フェイラーとウィッチは、狩り、狩られるという関係をずっと繰り返してきた。
今は、戦いも頻繁に起きるが、あくまで、、部分的なもの、全体的に見れば、お互いの戦力は拮抗しており争いも起こっていないに等しい状況だった。
100年間も。
だが、その平和は今日崩れたと言ってもいいかもしれない。
この、目の前にいるような「なり損ない」が一体でもいれば、戦線は乱れ、最悪陥落してしまうという可能性すら考えられる。
なにしろ目の前にいる目の色以外はただの高校生にしか見えない少女によって一夜にして、一つの町に残存していた魔力が全て奪われ、罪なき一般人が33人も、殺されてしまったのだから。
⬜︎
「さて、わしとしても人殺しはしたく無いが、お主が殺人犯なら話は別じゃ、んなんじゃ何も言わんのか??なんで私がーとか、、それよりもあいつがーとか?
何?殺される理由はわかっている?!
そうか、まぁそれも良いじゃろう。
魔女の教義の話になるが、お前は絶対に知らん話しじゃろうが、
それに乗っ取れば少なからず魔女の血を飲んだお主が人を一人殺した時点で死刑じゃよ。安心せぇ、というのは少しおかしな話かもしれんが。
まぁここ日本でも裁判が決するまでしっかりと決まらぬとは言え3人以上もしくは惨たらしく人を一人殺せば、その時点で死刑が求刑される。日本の刑事裁判での有罪率は、確か99.9%じゃったよな。
え、違う?5割弱しか実際は有罪判決を受けていない?
まぁ、証拠が揃っていなければの話じゃろう?
大半の死刑が求められるような殺人事件は、証拠がある程度揃っておるモノじゃろう?あくまでわしのイメージでしか無いが、それでも、
とても、無罪になれるとは思えん、減刑も難しかろう。
魔女の掟もそれと同じじゃよ、いやむしろそれ以上と言うべきか。掟や教義と言ったがそれに関する裁判は確かな証拠がいくつも揃った時点でのみ行われる。いくつもじゃよ?少なくとも三つつ以上じゃ。比較的言い逃れのしやすい状況証拠などては無くな。
そしてそれは、既に揃っていると、わしがここ、、確か進学校だったか、もずくの海高校だったか、そうじゃ!
月ノ海高校にきた時点で連絡を受けた。
もう、大人しくお縄について、処刑台に足を向けるしかあるまい。
そんなお主に提案じゃが、
今、このわしの手にかけても構わんぞ?
出来るだけ楽に殺してやろう。楽にな」
そう目の前の少女に提案する。
ここ、日本では死刑が決定したものは、他の囚人と触れ合うことなく、独房で危険物以外という条件付きでが、ある程度は家族からの差し入れや警備員に贈り物を貰って、生活をしながらいつかも知れぬ、処刑の日を待つという。
処刑の日まではコチラもほとんど同じだ。
余談ではあるが少女の話を信じるなら、親はいないが、天涯孤独では無いらしい。
仕送りを少し受けていると聞いたからな。
だが、その親類と思しきもの達も口封じのため、全員、彼女に関する記憶を消されるか、その手段がなんらかの理由で手詰まりになってしまえば最悪殺されてしまうだろう。
今、死にかけの彼女は正直どうでもいいが、養父や養母までも被害を被るなら話は変わってくる。
子の性で親が不利益を被るなど論外だ
ならばいっそ、面倒ではあるが、ここで殺した方がきれいな形で終わるというわけだ。
始末書を何枚か書く羽目にはなるが、あくまでそれだけ、死刑には程遠い。軽い処罰を受けるだけだ。
加えて処刑の末路も、あまり人道的では無い。
胸糞が悪いのは御免だ。
そして目の前の少女だが、まるでフェイラーのように、血を魂の一部として、取り込んでいる。
いや、コレ事態はまるっきりフェイラーだ。
だが、だからこそ妙な点が、、、、
いや、今はどうでもいい。
ソレを解明する、役目は無い。
今は彼女の答え次第だ
無論だが既に手は離し、回復魔法で潰した少女の喉は治してある。
頬に付いた彼女の血を親指で拭って、少女を見つめる。
そうして彼女は答えた。即刻、逡巡することなく
「いや、殺されるのは審判の後がいい。」
⬜︎
そうして、いきなり死刑囚、シアは審判を受けることになったのだ。
「しかも死刑がほぼ確定したような審判じゃぞ、よかったな」
そういうのは金髪翡翠の目のクリミナだ。
まだ幼いが、
それながらもかなりの美貌が窺える横顔を私に見せてくれている。
顔に私が吐いた血の跡が付いているモノの、顔は、良い。
ほんと、鼻高いし、目も綺麗で、いや〜視力が良くなる〜
「・・・・・」
そんな私の様子を察してか、彼女の機嫌には翳りが見える。
あ、魔法で水を作り出して血の跡を洗って、ポッケとから取り出したハンカチで拭いた。
「最初からハンカチで拭けば良いのに、どうしたの?クリミナ。」
「うっるさい奴じゃの〜。わしがどうしようが勝手じゃろう。それに、『翳りが見える。』じゃ無いんじゃよ、単純にセリフがキモイぞ。お主。今、どこに向かっておるか、もう、忘れてしまったのか?」
どこに向かっているって?当然、今からファッションショーに乱入しに行くんだろう。
今風のファッションに身を包んだモデルさん達を、そのちょっとおかしいぐらい整った顔面だけで、蹴散らしに行くんだろ。じゃない、じゃろ?
「違うわ、あとキモイをスルーするな。何が"じゃろ"じゃ、ほんとに口が減らんやつじゃの。
もしかしてお主、コレからほぼ死刑が確定したような裁判に行くことすら忘れてあるのではないか?」
心外だ、それは覚えているとも
「それしか、覚えておらんのでは無いか?
お主やった事に反してめっちゃ抜けておるし、ていうかそんな態度で本当に30人以上の人を殺したのか?
そこすら疑わしく思えてしまうわい。」
ひどいな、ほんと、まぁいいか、話が続かなそうだし。
それより結局どこに行くの?
「・・・やはり覚えておらんかったか。もう一回全部説明するのも面倒じゃし掻い摘んで話すぞ。これからの行き先についてを」
よろしくお願いしまーす!!
「テンション高いの。」なんていう言葉をなんとなくだけど聞いて、私はその後の話についてしっかり耳を傾けた。
◼️
「さて、ついたぞ。」
目の前にあるのは、全身を写す鏡、いわゆる姿見だ。
だがそれがどうしたのか、話はしっかり聞いていたが、目の前のコレとはあまり関係がないように思える
それに、こんな町はずれの廃墟にある鏡に魔女がなんの用があるのだろうか。
わざわざここに足を運ばなくても姿見に用があるなら、、他の人の家にあるモノを拝借するか、売ってあるモノを少しだけ使わせて貰えばいい。
「お主、、わしに盗みを働けと?それに話をしっかり聞いていなかったようじゃな、あの話とは多いに関係があろうが。」
盗みを行うのではなく許可を取ってという話だったのだが、、
それは置いておこう。
貴方が話したアレには、、、あ、
「あ、、じゃないわ。、まぁようやく気付いたから、よしとするがの。」
やった、ようやく気づいたからヨシ!とされた!!
「いや、そんなに力強くはして無いがな。」
それはごもっともだ、だがこれ以上やっていれば話がすまない。
主に私のせいだが。
「ホントにお主のせいじゃよ。」
そんな否定の言葉も、本当に、本当に申し訳ないが入ってこなかった。なにせ少女の小さな手が、鏡に入っているのだから
「わしから聞いた話しと辻褄が合っておるじゃろう。」
・・・・・・・まぁ合っているけど、マジなのか、、、、
「マジじゃ、わしは嘘が苦手じゃからな。」
そう、、嘯いてから、幼女はこう言った
「さあ、行こうか鏡の世界に」
瞼を閉じても映るのは
ひしめく光の柱ばかり
〜人助けの魔女〜