第03話 「暴走」
「鏡の世界か、なんだか可愛いね。」
「そうか?お主にまともな感性があることも以外だがな。」
「そうかもね。」
そう空返事を私はする
だがそれも仕方ないのかも知れない
今の私にとって重要な事は三つ
まず一つ目
命
これが無ければ始まらないし終わることも出来ないだろう
生きることも死ぬことも出来はしない。
あるに越したことは無い
そして二つ目
欠けた記憶を取り戻す
どうやら目の前にいる幼女の話によれば
私は昨日33人もの人を殺し、一つの街に存在する魔力を一夜にして奪いつくしたのだそうだ。
こうやって本能で魔法を使い心理防壁を築いて考えを纏めている今でも死へのカウントダウンは進み続けている。せめてその理由と動機だけでも知りたいのだ。
最後の三つ目それは鏡の世界の情報
鏡の世界と言うにはそれは当然喋るウサギや動くトランプの兵士、緑の園でのお茶会などが行われているのだろうがこの幼女クリミナの様子から見てももう少し過酷な世界だとみるべきだろう。
「・い・・お・、・・・・ア」
かの宇宙をも作りだした魔女の造り出した世界だ。やはりそちらの方が自然か
けれどどうしてだろう?
悪い世界という気はしない、微塵も。
「シア!!何をしておる!!!」
「・・・・っ何、クリミナ。」
その呼び立てるような声に私は意識を呼び戻された。
自身の考えに没頭し過ぎたのだろう。彼女の声を聴くことが出来なかったのだ。
「それはいいがそろそろ「渡る」ぞ。」
「・・・・・わかった。」
その承諾の言葉に幼女は手の平を鏡に翳しかけふと下げた。
翠の目が私の瞳を貫く。
いつの間にか向けられたその瞳に見惚れていれば幼女は呟いた。
「お主はなんのために死を選ぶ。」
「・・・・え?」
思いがけない問いに間抜けな声が私の口から出た
目も大きく開いていたかも知れない
なんの為に死ぬのか
この問いの意味は分かる
その意図も、分かる
クリミナは言っていた。
日本の刑事裁判それらで提出されるような証拠よりも歴とした証拠。
状況証拠ではない確かなそれが在るのだと
おそらくは私を犯人だと見定める何かが
三つ以上の決定的な何か
だからこそ死は決して逃れられない。
だからこそ生は決して手に残らない
死を望むのであればこの行動に矛盾はない
けれど私は生を、記憶を取り戻し、真相を解き明かすことをこそ望んでいる。
矛盾しているのだ
目的も
何もかも
彼女が分からないのはそこだ、そこ以外にはあり得ない
私が分からないのはそれが何も言わずに察せられたからだ。
けれどどうでもいい。
彼女に真っ直ぐ目を向ける。
私は彼女の気持ちになってこう答えた。
どうして罪人に死の理由を尋ねたのか
どうして私の行動に問いを投げたのか
何故なら
「「胸糞が悪いのは御免だから」」・でしょ。」
「・・・・」
被さった言葉はクリミナの目を開かせるには十分だったよううだ、そう判断して沈黙の中で私は答えた
私らしく、あの時のように
「生を望むから私は死にに行くんだ。空が危険に満ちていると分かっていても飛ぶ鳥のように」
「・・・・良い答えじゃ。」
クリミナの一言で空気が変わるのが私には分かった
何か、、何かが幼女の元に集まってゆく。
鏡の前に彼女が両の手を翳した
「大いなる我らが主よ。我らを見守りし天上の主よ。
その御力の元、我に奇跡を与えたまえ。
御目の元、彼の者らの秘跡を簒奪し尽くせ。我は御身を代行せし者、御身の意思を継ぐ者、
我が意思の元再び我らは一つとなる。」
唾を飲み込み足を進める、一歩手前で歩を止め、彼女の貌を私は見つめた。
息を吸い込みカっと目を見開けば、クリミナの持つ翠の瞳は金に染まっていた。
「開け、門よ。」
瞬間、世界が割れた。
■
「少々、大がかりになってしまったがよいじゃろう。」
その声にハッと私は意識を目覚める。
「魔力も十二分以上じゃ、アレに込めねばならぬのが勿体ない程じゃな。」
晴れやかなクリミナの声にしかし私は反応できない。
髪が風に靡く
体は鳩尾の辺りで脇に入った腕に支えられていた。
そして目に映るのは白い摩天楼、
それを上から眺めている。
「綺麗だ。」
そんな言葉が自然と私の口から出た。
それ程幻想的なのだ、塩の巨塔をも思わせるそれは目に入れることも憚れる美しさを誇るそれは、美麗という言葉をも思わせる。
しかしここで思い出す
「あれっ、鏡は?あれ関係あったの?」
「ほぼ無い。あくまで媒介じゃな。さっきの方法が特殊というのもあるが。」
「・・・そっか。」
呆気なくいうクリミナにそう返事をしながらも私は思う。
それでいいのだろうか?一体何の為に何故か疲労し切り、かつ殺されかけたこの体を引きずってここに来たのだろうか。クリミナの容姿で癒されなければ死んでいたかも知れない。
そして鏡に手を入れるくだり。
いった?
いらないよね?
ならわざわざ鏡から鏡の世界に渡るっていうアレ、わざわざ聞かなくても良かったんじゃないかな?
「ねぇクリミナ!どう思う!?さっきのアレいったと思う!!?」
「ふざけた事を考えていないで、早う行くぞ。どうやら時間が無いようじじゃしの。」
「・・・・わかった。」
その言葉に私はこう続ける。
「荷物として専念するね。」
□
「ここからだと転移魔法を用いた方がよかろう。
では行くぞ罪人。」
クリミナの気配が厳かな言葉と共に変わる事を私は認識した。
先のものと同じだ
「開け、門よ。」
そう発すれば先のようになると私は考えていた。
歪な言葉の通りクリミナの思うがままに空間が歪み、曲がる筈だった。
しかしその先は起こらなかった。
バチリと歪みが正された。
「・・・・・」
黙しながら幼女の目が見開き、私も言葉を失う。
一体どういうことだ。
呪文が間違っていたとでも
「・・・いいや呪文には問題がない。この感覚、わしの魔力が・・・・」
静かにけれど焦りながらクリミナは私とも誰とも言わずにそう言葉にしかけたのだある言葉を・・
頬を汗が伝い瞳が冷たく細めればクリミナはこう言った。
「弾かれた。」
そんなある種当たり前の言葉にしかし気を取られる私ではなかった。
ふと、背後に目を向ける
なんとなく気になる。
それだけ、それだけだったのだ。
あるいはこれこそ私がこれほどの扱いを受ける理由なのかも知れない。
そう私が死を与えられる理由
・・・・端的に言おう。
私はソレを目に収めた直後。
意識を失った
□
気付けば全て手遅れだった時、人には二つの選択肢が用意されているという。
まず一つ目は狂うこと。
人が正気を保てなくなるのには段階がある。
五つの順序からなるそれは初めに過ちから始まる
次に平静と不安。
そして次に発覚
最後の破滅
そうして初めて成してしまった事の重みに耐えられず自分を保てず、ヒトは狂うのだ。
そうして二つ目、抗うこと。
過去は消えない。
事実は曲げられない
罰からは逃れ得ないし、罪も決して無かったことになど、出来はしない。
ならばせめて、これからの未来を変えてみせよう。
そのどうしようもなく意地汚く、醜い足掻きをして初めて人は正気を保てる
前を向いて、明日へと踏み出せる。
思えば今までの、私が選んだのは後者なのかも知れない。
いいや、これは烏滸がましい話か、
私には「力」など無かった。
皆を救う力も、皆を助ける力も
どころか昨日の事さえ覚えていなかったのだ
記憶力すら心配な私にコレをどうにか出来るとは考え難い。
そう、この光景を見た時には
クリミナが頭から食べられているこの惨状を見た時には。
ソレに気付いた時には全て手遅れだったのだ。
■
ガラガラという音に目を開いた時には目の前には粉塵があった。
半分が赤い粉塵、瞼がやけに重く頭が何故か痛む。
どうなった、私はさっきまでクリミナに荷物のように運ばれて、それでふと振り返れば・・・
この頭の鈍く鋭い痛み、すぐに直感した。額が割れている。左目に血が入る程。
少し咳き込んだ後土埃の中辺りを見回す
白色の厚い壁の破片、それが足元に、そして手元に、大小雑多に転がり。そして出っ張った棒状のソレが左腕を支えている。
右腿と腹部に感じる冷たい異物感。
これは一体・・・
「何がどうなってッ、っゴホ、ゲホ、ゲホ。」
咳き込んだ途端鉄の味が咥内に広がり、口の端を生暖かい液体が伝っていた。
それを手の甲で拭えば、鮮やかな赤が私の視界に納まる
「え、これ、何?」
今、再び目を開いた時は赤からなる歪な円がその一部を一滴、一滴と滴として手甲から母指球にまでしたり落としていた。
チだ、チ。血が流れている。
「ッ、ゲホ、ごほ、オエ。」
そう心付いたタイミングで背中と腹腔に痛みが奔りまた咳き込む。
咄嗟に血の付いていない片方の手の平で私は受け止めた。
吐きそうだ、痛みで、
腿も、というより体の節々も痛い、、、どうなってる
「ゴホ、ゲホ、ゴホゴホゴホ・・・・・」
内臓全てを吐き戻してしまうのではないのかという吐き気と痛みに朦朧とする私の視界にはある物が写っている。
鮮やかな赤と左の掌に在る人肌程のぬるいソレ
首がガクリと垂れればそこには紅く染められた尖った石材が顔を覗かせていた
半分ではない。ソレそのモノが血に染められている。
円錐型の瓦礫が貫いていたのだ私の体を足を、文字通り
他でもない私の血をべったりと付けて
「ッ、~~~~~~~~~」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いい痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いい痛い痛い痛い痛い
「ッ、、はぁ、~~、はぁ、、はあ。~~~~~~」
息を吐いて痛みをやり過ごそうとしても却って腹の傷が疼く疼く疼く疼く疼く疼く疼く疼く疼く疼く疼く疼く疼く疼く疼く疼く疼く疼く疼く疼く疼く疼く疼く疼く痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛む痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
「は、、、、ッハ、、、、はは。」
一体なんだ、なんだというのだ。
今日は最厄の日か、何かか。それともこれで終わりなのかそう土埃塗れの空を見上げて投げやりに見ていれば再び腹の傷が疼き私の視線が石材に戻る。
コレで、こんな事で
左の掌に、赤い視界に薄い紅が二滴落ちる
「どうして、私が。
あの時、彼女を助けられなかったからでしょうか」
そんな言葉が期せずして私の口から漏れた
そんな臍を噛むような言葉が、
そんな己の無力をを悔やむ言葉が口の端から出たのだ。
それはつまり私は後悔しているのだ。
これまでの人生を、
あの子を助けられなかった人生を
けれど、、、
「もう、遅い、、、、か。」
その言葉と共に舌を噛み切ろうとして、しかし私の視界が晴れた
□
視界にはソレとクリミナが映っていた。
ソレ、私が意識を失う前最後に収めた、竜。濁った白の爪に白い鱗、真っ白な肌、朱い瞳を持つ美しい竜。
私は顔を上げ視線をなけなしの力を振り絞って戻すことによってそれを見る事が出来た。
腹に穴の空いた摩天楼、白の壁と灰色の床に挟まれたソコにその竜が、「居た」。
気品を感じるその居住いにはしかし気を取られてはいない
口を傘のように広げ、何かを喰らおうとしている。
「クリ、、、、、、、、み、、、、、ナ。」
幼女が、クリミナがその下にいるのが見える私には。
体の節々をあらぬ方向に曲げたまま
肌も、髪も、何もかも血塗れの姿で、血の海の中で目を瞑って、
立っていた、捻じ曲げられた足で
「クリ、、ミナ、、、、に、、、、、げて。ゴホ」
体なんてどうでも良くって腹や腿に感じる異物感と体中の痛みを歯を食い縛ってやり過ごし、なんとか私は言葉にした。けれど喉から出たのは微かな声。
先ほどまでのような小さくともはっきりとした物ではなく、ほんの少しの、風で掻き消されてしまいそうな、弱弱しい、自身の力を振り絞ったとも思えない、それ。
どうして、有り得ない、何故今に限って。
自身に関する問いは尽きない
「役立たず」
そんな言葉が頭に浮かぶ
・・・果たしてその声が聞こえたのか、彼女が目を開く
金に染まった、翠の瞳を、、、、
眦から涙がこぼれ落ちる。
朱い涙が
幼女の唇が微かに震えた
「・・・・・無念じゃ。」
その言葉と共に傘は閉じられた。
無情にも
無残にも
血の海を残して
視界が朱く染まる。
■
朱、そこには朱があった。
いいや辛うじて人の姿をした血の塊だろうか。何故ならその鮮やかな赫は、鼻を衝く錆びた鉄の匂いは、確かに人の血としての性質を表していた。そう、捻じ曲げられた関節が人としての体裁をギリギリのところまで保てなくさせているように。
けれど少女は知っていた、それがヒトであることを。
思いを持ち肉を持ち未来を歩む権利を持つ、「人」であることを。
「人」が瞼を開き、その鮮やかな金色に染まった翠の瞳が少女に向けられる
目尻から滴がこぼれ落ちる。
その色は朱く、唇は震えていた。
「・・・・・無念じゃ。」
そのクリミナの言葉と共に傘のように開かれていた竜の口は閉じられた。
そのクリミナの言葉と共に開かれていた竜の口は閉じられた。
『そのクリミナの言葉と共に開かれていた竜の口は閉じられた。』
ゴクリと白き竜の喉が鳴る
視界が朱く染まる。
そして少女は光に包まれた
□
ふと竜は顔を上げる。
彼女が顔を上げたのには理由は無かった。
せめてもの理由を上げるのならば、
なんとなく。
だろうか。
けれど竜は知っていた
こういう時のなんとなくはよく当たるのだと
グルルルルと自然と喉が鳴る
瞬刻、ソレが天へと昇った
朱い、朱い光だ。
目の前にある塔そこにある洞、そこから出た一筋のそれが塔を押し上げ新たに空へと進む。
それは根本は押しのけた構造物と同じ太さでありながら天へと近づくにつれ絞るように細くなっていっていった。不可解な文字が浮かび上がり塔を根底から覆い尽くす
朱が染められ黒く成り果てたその時
塔の根本から亀裂が走る。
朱が、割れた。
光塊が地に落ち解けるように粒子に変わる中、そこに少女がいた。
伸びた黒髪を靡かせ整った顔立ちに鉄仮面のような無表情を湛えた少女。爪は赤く染まり黒を基調としたセーラーそのネクタイは以前の藍色とは反対の朱となっている
加えて手の平には亀裂が横に走っていた。両手共々に
しかしそれを気にする風でもなく身に着けている彼女は瞼をどうしてか閉じていた。
目蓋の奥が露になる。
赤く染まった結膜に、白に支配された瞳。
朱の瞳孔は蛇のように縦に割れていた。
その不気味にすら思える筈の外見は彼女の纏う空気感故に見た者に他の印象を与える。
神聖。
他を寄せ付けない神なる者のみに許されたその言葉こそが今の彼女を表するに値する。
その言葉が竜の頭に浮かんだ瞬間、視界が回り塔が眼下に見えた
塔は中腹の辺りから砂煙を吐き出している。
何が起きた
その言葉が思考を支配する。
竜はこの時、状況を把握出来てはいなかった。
だからこそ気付かない。
自身が塔を見下ろしているのではなく、塔が自身を見下ろしている事を。
自身が飲み込んだ筈の幼女が既に胃に居ないことを
土埃が晴れたそこには黒の少女が立っていた。
少女の腕にはよだれと胃液、血に濡れた幼女が収まっている。
彼女から滴り落ちるそれらは混ざり合った故か赤みがかった桃色をしていた。
抱きかかえられた幼女を竜が認識した瞬刻、ギョロと白い瞳のみが竜を収めた。
厚い紅の瞳孔、縦に割れたソレが細まる。
竜の瞳が期せずして見開かれた。
刹那、思考と瞬きの隙間に
竜の体が打ち上げられた。
頬の衝撃と共に、
黒い少女は空に浮かびつつそれを見上げている。
右の拳から煙を吐き出しながら
ぽすんと打ち上げられていた幼女が彼女の腕に収まった。
■
少女の姿が掻き消える。
灰色の部屋その一室、その一点に黒が現れた。
塔の内部にあるその部屋にある赤、その海の前に幼女を寝かせる
胃液と血液によって桃色に染め上げられ四肢を在り得ない方向に曲げられたその姿に何を思ったのか目を閉じ手を翳す。
瞳が開いた
ぎょろりと覗く目は白くしかし結膜はその力の色を示すような赤であった。
手の平で蛇のような赤い瞳孔が細まればぽつん、ポツンと滴が空に満ちていく。否、落ちていく。
無数の桃色と血の赤に辺りが支配されたころ、
瞬刻、滴が静止した。
血の赤を桃色に薄めた透明、それが剥がれるように滴を離れていく。
剥がれた胃液は粒子となり光を放ちながら空へと還っていった。
しかしその様子を少女は目に映さず更に手指を広げる。
露になった血液が右の手の平にそこにある「目」に吸い込まれる
血は彼女の爪を伸ばしその赤を更に朱く染め上げた。
全ての血液が吸収されたころ少女は目を開く。
その蛇のような赤い瞳孔にはただ灰色に染め上げられた一室と四肢を折り曲げられながらも横たえられた幼女が収められていた。
手の平を見つめればそこには先程通り亀裂が横断していた
目は既に役割を果たしていたのだ
手の平を握り開きを繰り返した後一足後ろに下がったと思えば、少女の姿が掻き消える。
瞬間白い竜の腹に少女の黒い靴が刺さった。
竜が垂直に空に跳ね上がる。
またも黒が世界から掻き消えた
空を割らんばかりの轟音の後
竜は地に落ちた。
土煙が立ち上る中、
それを見下ろす少女の顔は何も見ていないような無表情だった。
■
地に降りようと重力に身を任せかけたタイミングに、
ふと瞬きをした。少女の視界には二本の棒が映っている。
交差されたそれの先には特異な装飾が施されていた。
杖にも思えるそれには莫大な魔力が込められている
しかし、何故という思考は今の少女には無く、それに目を奪われる程の判断の誤りも今の彼女にはない。
目を閉じ、掌を二人の眼前に翳す。
すると何かを察したのか彼らは手指を引いた。
途端離れていく装飾の先、右にいる誰かの手首を掴む。
「っぐ・・・!!」
まるで少女のような細く儚いそれにそして聞き覚えのある声に思わず赤目の少女はその赤い目を開いた。
「っ・・・・!!!」
驚きの声をしかし赤目の少女は上げたのだ。
何せそこには他ならないあの井伊波恣意がいたのだから
■
「どうしたの、シアちゃん。」
その親しげな声に目を私は開ける。
目に映るのは、長い黒髪に朱い瞳を持った少女。
名を井伊波恣意。
文武両道、完璧よりも完璧な典型ながら型に捕らわれない優等生。
整った顔立ち故なのかその誰にでも分け隔てなく接する性格故なのか、
多くの人に好かれている彼女はまさしく私の対極にある存在だった。
故に「そういう噂」が絶えないらしい。
けれど私は知っていた。
それは・・・・・
「君の思わせぶりな立ち居振る舞いのせいだろう恣意。」
「こらっ・・シーちゃんって呼んでって言ったでしょう。」
そう親しげな言葉を口にしながら私の頬をつつく彼女の口元は笑んでいた。
こういうところが思わせぶりだというのだ。
誰とでも話せる代わりに、誰とでもすぐ打ち解け、
誰とでも喧嘩するくせに、誰とでもすぐ仲直りする。
故に問う、いつも通り。
「・・・今日は誰と喧嘩したんだ?」
そう聞けば彼女はしばらくしたあと少しだけ目を開いて指を放し、いつもの様に少し困った貌をしながら私に話をしてくれる、筈だった。
けれどこの時は違った。いつもとは違ったのだ。
彼女は頬から手を放し姿勢をただ戻して後ろに手を回す
「・・・・何でもないよ。」
そう微笑んだ。
何かを誤魔化すように。
私の目を見ずに
背後で揺れるカーテンが何故か印象的だった。
■
その時の貌がどうしてか私の目の前にあった。
赤く染まった視界は褪せるように落ちていき
それに増して意識がはっきりしていくのを自覚する。
私は何をしていた?
どうして空に浮いているんだ?
そんな問いが浮かぶのが当然だっただろう。
しかし・・・・
「どうして、貴方がここにいるんですか?」
そんな、汎用性の塊のような平凡な言葉しか私は出せなかった。
「答えて、ください!!君は、貴方は、死んだはずです。」
次第に冷静になっていく自身の声を傍目に聞きながら、彼女を私は見る。
黒い髪に朱い瞳、整った目鼻立ち。
かつてとの違いは肩で切り揃えられた髪だが、それは高校に入って見慣れたもの、そのものだった。
どうして?
何故?
疑問は尽きない。
けれど、そこには微かな・・・・・恐怖と安堵があった。
■
「答えて欲しいのはこちらです。掟を破りし愚か者。」
その言葉に私ははっとする。
何を考えていた。
いいや、それよりも、と考えかけて声の主の表情に思わず目を見張る。
「・・・・・・・っ」
言葉とは裏腹な、平坦な口調、据わった目氷のようなそれに思わず私は息を呑んだ。
「・・・貴方は、誰ですか?」
そう、私は問う。
そうだ。
こんなのはあり得ない。
こんなものは彼女じゃない。
・・・・この時の私はもう少し自身を顧みるべきだったのかも知れない。
見た目だけではなく態度だけでなく、その魂とも言うべきものを見透かして、自身が冷静でないのだと自認すべきだったのだ。
しかし時間は元に戻せない、時計の針は無理矢理戻せてもそれそのものが動いていたという事実は消せないように。時が過ぎたという現実は消えないように。
ソレが彼女とは別物だと少し考えれば理解出来たはずなのに。
「私は、井伊波乃瑠夏。「嫉妬」の称号を持つ、魔女の代理です。」
揺れることのない声で彼女は私にそう言った。
時計の針がまた動き出す。




