表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Adonai's Failure  作者: 白河田沼
第一章 始まりの回想と鏡の国
19/43

第18話 違反

「殆どこの遺灰城(しろ)を開けている貴様がいるとはな。」



「それは貴様とて同じだろう。いつもの通りの「門」に近寄る愚か者どもの抹殺ぶり。実に最強の魔女に相応しかったぞ、「覚醒者」ベルゼブブ・フィラデルフィアよ。」

緑髪を長く伸ばし節々で粗雑さを感じさせるように結び、くすんだ金の瞳を持つ

年ながら整っていると分かる顔立ちをもった、

小綺麗な壮年の男性がそこにいた


・・・彼の名は






「・・・諜報員・・か。お前が俺を監視するとはな。「怠惰」の魔女の代理、怠編殖家当主、怠編殖埜呂懸、もしくはヴェルフェゴール。」


「・・・のろけちゃんと読んで欲しいところだな、貴様にも親しみを込めて。」



「お前、男だろう。それにお前としては埜呂懸(のろけ)という小難しい自身の名を口にされた方が気分がいいのではないか?」



「・・・・・」




「その「友好的な態度」快く思うぞ魔王、お前のことが識りたくなった、更にな。」


「・・・・」

魔王という言葉に鈴はしかして反応しない

鈴にとってそれは聞き慣れた言葉、そして識っている言葉だからだ


「魔王」

それは鏡の世界(クルシア)唯一無二のイレギュラーの証であり当代最強の魔女の証、そしてそれは大罪七家の一つ暴食の一族を率いる「名家」の長、蝕指家当主に代々受け継がれてきた称号であった



しかしその言葉は

「・・・・それは」




「この裁判が終わってからだろう。」

鈴の言葉と視線に掻き消される

そうシアに注がれた眼差しとともに














三島は見つめる

目の前のなり損ないを


なり損ない(フェイラー)は怪物である

かの怪物は魔女にして「魔女」、原初の存在。

「魔女」アドナイによって鏡の世界(クルシア)が創造された時から存在していた。

正体不明、来歴不明、証明不明の生物であった



いいや生物ではない

正確に言うなら生きていないのだ

生きているのではなく死んでいる

彼女達自身の「願い」を焼べながら




炎に身を浸しながら


なり損ない(フェイラー)がそこにいた

その目に静かな炎を宿して



蒼い目に黒く長い髪

沈みかけの上弦の月のような瞳は今、正面をスッと向いていた

そこに先のような狂える気はなく、そこに先のような正しくある気はない

そしてそこには小狡い気すらありはしない

ただそこにあるのは少女のような顔をした怪物の眼光だけだ



「これより口頭弁論を始める、被告人、前へ。」


「・・・・・」

スッと音もなく怪物が立ち上がる

耳にかかった髪をかき上げれば

なり損ない(フェイラー)は笑んだ

いつもの通り、家族と笑い合うように



だからこそかも知れない

黒い髪に蒼い瞳のなり損ない(フェイラー)、少女の形をしたカイブツが、彼女がどうしてか認識出来ない


ノイズがかった白が見える

消える

見える

消える



目蓋を閉じてなお映る光景に目を開けばそこには少女(フェイラー)()()()()()の笑顔を浮かべていた。そこに在ったのはなり損ない(フェイラー)ただのカイブツだけ・・・そうその筈決して()()()()では



「・・・・しからば、私達弁護人は被告人の無罪を主張します。」


「そもそも、彼女は一般人であり・・・・」


鏡の世界(クルシア)には一族と「名家」と大罪七家がある

一族とは魔女の血を代々受け継ぎ力を蓄えていく者達である。


その手段は多岐に渡るが目的はただ一つ「人類の平和の為」であった

おおよそ千年続く彼らを束ね率いる者達もまた、いた。


「名家」は率いる者達でありより強い力を持つ

貴族的な立ち位置を持つ彼女らの地位は裏付けられていた。

そう他ならない自身の生まれと力、心の強さによって



大罪七家はその中でも源流に近い者達であり大罪の魔女の直系である

その力は凄まじく法外な力と莫大な権限を持つ

一族と「名家」そして大罪七家、その三つの総数は30を優に超える


「・・検事としては彼女の態度そして彼女の行動その全てあるいはそれらが無くともこの裁判での判決は決まっています。」


「しかし、この映像証拠を見てください。」


三島は名家の生まれではない

どころか一族の生まれでさえ、ない


三島はただの一般人であった

魔女などとは何の関係もないどころか魔法すら知らないただの一般人であった

当然魔法という概念は知っていた

けれど現実に存在するとは思っていなかった、考えすらしなかった


()()()から、あの夜から・・・・・・


彼女は・・




「始まった」


「これらの証拠が示すのは被告人の確かな有罪であります。なぜなら皆さまが視た衛星監視魔法通りに、目の前に立つ少女と思わしきカイブツの手は血に塗れ、腕は学友の心臓を貫いていたからです。」


「・・・以上を証言、証拠とし検察の立証とさせて頂きます各自質問はありますか。」



女は見つめる、なり損ない(フェイラー)

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

三島は読み上げる判決の理由を

()()()()()()()()()()()()()()()()()

紙に皺が寄る


「主文被告人を死刑に処す。」

裁判は終わり審判が下された

弁護士(弁護をするもの)検察官(検察するもの)

それぞれ、それぞれの黒が空に還っていく、魔導人形(オートマタ)は解けるように崩れていき消えた

彼女らは役割を終えたのだ

弁護士(オートマタ)は弁護を終え、検察官(オートマタ)は文字通り検察を終えた。

ただ笑んだなり損ない(フェイラー)の貌は何一つ変わりはしなかった




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


『どうして・・・・・・』


少女の声が聞こえた

その声は疑念と猜疑の声に震えている



少女の名は禍根鳥楽悲

あだ名はがっく―、もしくは働け

彼女が今見ているのは友の貌、ずっと信頼できる筈だった友の顔

自身の窮地と旧知の窮地を救ってくれた友の面貌だった。

・・黒く長い髪に沈みかけの上弦の月を思わせる赤い瞳を持った少女




『・・・どうして・・・皆を殺したの・・・・皆、貴方を信じていたのに・・・・』



その少女に掛ける声は上ずりながらも頬を伝う滴を涙と証明するように悲哀に満ちていた。

カフっと赤が吐き出される

赤が彼女の頬にぺちゃりとこびり付いた


その赤は血、体液の一種である。

酸素の交換補充の幇助、代謝の保持、体温の維持、など


生体に必要な活動を支える生命線、その一つであった。

それが赤目の少女の腕から一滴垂れる



『どうして・・・みんな・・・・貴方を愛していたのに・・・・みんな貴方を悪く思ってなんかいなかったのに・・・・』



とろりと頬に着いた血が、流れる

それはまるで涙のよう

少女は今、貫かれていた

赤目の少女の腕に


ポタリポタリと血液が落ちていく

赤く赤く染められた腕の先、胸部を貫くそれは覆う筈だった黒地の制服ともどももはやその影は無く



赤目の少女の瞳にもはや生気は無い

ただただ虚ろがあるだけであった



『どうして・・みんな・・・・・貴方がいたからここまでこれたのに・・・・貴方と共にあれたから皆、心を一つにできたのに・・・・・』


少女が告げる

息を乱しながら、声を再び震わせながら





『どうして・・みんな・・・・貴方がいたからここまで生きようと考えてられたのに・・・』


少女が告げる

唇を三日月に歪ませて、瞼をカっと開いて

狂ったように


『許さない・・・・』



少女が告げる

声高らかに、鬼気迫らんばかりに



『許さない!・・・・絶対に!!』


少女が告げる

声高らかに、裂けんばかりに口を憎悪と怨嗟そして愛・・・そして愉悦に染め上げて



『絶対に!!!・・・・・・許さない!!・・・え?』


ぐちゃっと何かが赤目の少女の手指を濡らした

肉片が飛び散り血液がだらりと指を伝う

再び少女がカフっと血を吐き出した



『・・・・どう・・・して?・・・・・・・』


血液がぺちゃりと付き、頬を垂れる

赤い涙の痕を横に滴が零れ、落ちた





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ブツリと映像が途切れた


それを見届けた三島がリモコンを机に置き席を立つ

火が灯されたシャンデリアの下、黒が靡く、黒い髪が

黒い髪、琥珀の瞳、凛々しい目に大きなその瞳にはけれど映るものは何もない

その長い髪を靡かせ女はただ座る

ソファに座り、背を凭れる




そのソファは特注品である

特徴的な赤い色に革張りの光沢はその証だ


魔導牛(エゲ・アザアフ)

特徴的な黒い外皮からとれる白い皮革は魔素の影響により特有の色を示していた

血のような赤を

罪のような赤黒さを



「・・・」

ソファの肘掛に置かれた書類はまたしても雲の色を示した

染め難い、汚し難いその色はしかしこの時のみは文字通りの筆舌に尽くしがたい印象を残していた



判決書

言渡しにおいてそれはある文を書くものであった

有罪か無罪か懲役か無期懲役か具体的な「理由」を記すものであった。

けれど記される筈の書物は・・・文字通り・・・・・・



「・・・・・」


「空白」

文字通りの空白であるのだ、その文書が意味するのは彼女の心の・・・・・・・



「・・・・・・・」

三島は笑う

ただ何も考えずに

ただ何もせずに

何も出来なかった自分を、笑う



「          」

三島は笑う

ただどうにも思わずに

ただどうにもせずに

どうにもできなかった自分を、笑う




「                                             」

三島は笑う

ただどうしても思考せずに

ただどうしても

どうしても動けなかった自分を笑う


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






「            」

笑って笑って笑い尽くした(あと)、嗤って嗤って嗤い尽くした(あと)

女はただすくりと立ち上がった


何も出来なかった、どうにもできなかった、どうしても出来なかった自身を取りもどす為に

自信を取り戻すために、「指針」をとり戻す為に


赤い絨毯を踏みしめる

踏みしめる

踏みしめる


その部屋には何もない、上下もない、どころか果てもない、

赤い絨毯(だいち)を照らすシャンデリア以外は

光を失った四角いブラウン管とそのリモコン、そして本棚以外は


鏡面空間

ある特殊な霊子(ひかり)を用い二次元の物体を三次元に引き上げ実在する虚像を発生させる装置、魔導球体(プロジェクター)、その効果の賜物である。

(シンギュラリティ)(・ポイント)理論でのみの稼働を可能とした次元生成器でありその性能は破格であった。想像出来ればたいていの物質は生成できるのだ



そのスイッチを切る

消える、消える

赤い絨毯(だいち)も火もシャンデリアでさえも

残ったのはただの一つ、ブラウン管そしてその片割れたるリモコンのみであった、並べられていた本棚の檻もすでに消えている

そこに残っていたのはけれど確かな暗闇と暗い目をした女だけであった

その広大な闇の中に一人、ただ一人訪れるものがいたのだ三島(おんな)以外に




名を鏡月愛伽、

少女の目的は単純である

裁判官同士の「集い」、その事前確認である

三島が一度どころか二度もその集まりに顔を出さなかった・・・・からではない


彼女はいた

どんな時であろうと

どんな場所であろうと

どんな人間を絞首台に送ろうと


ただの一度も涙を見せず

ただの一度も心を揺らさず




「三島さん、「集い」の事前打ち合わせがあります。その事前打ち合わせについて話があります。来ることが可能であれば・・・・いいえ、」


けれど話しかけなければならないのだ


何故なら・・・・・




「貴方を・・・・・・心配する者は・・・・・・・多くいます。」




「・・・・・・・」


処刑所に連行中のシアを思ってのこと・・・ではない

判決書が、そして説諭書でさえ未だ何一つ黒が容を得ていなことを想ってのこと・・・・ではない



当然、彼女の「おもう」ものはただ一つ・・・・・


今日(こんかい)も書かなかったんですね、判決書。書く義務がある判決の理由でさえ」



「・・・・・・・・」



「貴方の緻密な魔力操作故に保てていたこの空間も時期、完全に消え去るでしょう。これからは当然・・・」


「「参加」、成されるのでしょう?」

愛伽の丁寧なけれどどこか高圧的な口調にしかし三島は驚かない

どうしても人を思ってしまう子でありこの丁寧な口調が素なのだと三島は知っていた

ついでに高圧的なのはうっかりであるとも知っていた

衛星監視魔法の鑑識をこの鏡面空間で一人でこなしていた自身(みしま)を影から見守っていたことも識っていた







「・・・・・・」

振り返ればそこには暗い、暗い表情があった

琥珀の瞳、凛々しいその瞳には大きな目にはただ黒が渦を巻いていたのだ

憎悪、疑念、猜疑、そして憤怒

ドアからただ耳を澄ませていた少女にはわからない筈の感情そのものである。

しかし


「相変わらずの「義憤」の徒ですね。貴方の憤怒はいつもそれでした。けれど・・・」



「・・・・・」




「・・・・・けれど今は立ち上がって下さい、貴方ならこの程度どうとでもなる筈です。例え百度犯罪者を絞首台に送っていても、例え「その先は言わなくていい。」


「言わなくても「すべきこと」は分かっているし目的も解っている。」



「・・・・・・」



「これだろう」

そう言えば三島は胸ポケットから四つ折りの紙を取り出し愛伽に手渡した

四つ折りというのは正確ではない

縦・横の順に折り、四辺形にする

ポケットの大きさに整えて、三つに折る

ポケットの深さに整えて、下の部分を折り返す


まるでポケットチーフのように折りたたまれたその「紙」にはびっしりと文字が敷き詰められていた

それを、、、開く。



「・・・・・・っ」

それの内容は人殺し(シア)への訓戒、すなわち善悪の教えと戒めである

どこまででも埋め尽くすその言葉と言霊達からは魔素を用いていれば彼女が死刑囚と「契約」を交わしていたことは疑いようがない・・・・そこまでの「圧」があったのだ。



説諭書

裁判官達で織りなし与える死刑囚に対する「彼ら」の最初の贈り物であり死刑囚が知る最後の訓戒である。これはその下書き、であり都市最高裁判所長官の一人である三島のみが決定権を持つ書物であった



そしてその文末には「魔女、三島椎名はこれを守り破りし者と命を共にする。」と記されてある


それが愛伽の目の前に差し出された、それが意味することは・・




「・・・・やっぱり、覚悟してたんすね。覚悟してなお判決理由を書けなかったと。」

弱い、とは愛伽は思わない

それはむしろ彼女の強みであると感情的にされど理性的に肯定する三島である


彼女はいつもそうであった


いつも必ず覚悟をする



いつも必ず抗う



いつも必ず負ける



いつも必ず己を嗤う(笑う)


そしていつも必ず立ち上がるのだ。

これはその証。彼女がかき上げた覚悟の証明でありいつもの通りの敗北への勝利の(みち)なのだ



「貴方はきっとこう思っている筈です。怪物(シア)を地獄へ送り出して置きながら自身だけがのうのうと生きるつもりは無いし、すぐに死ぬつもりもない、けれどただ惰性に任せ生きるのは御免だと・・・」




「・・・・・・」

三島は答えない

敢えて愛伽が予想を外していることを分かっているからだ

当然次にはこうかえってくるのだ


「「三島さん、あんた心を読めるんでしょ、そうじゃなきゃあそこまで考えて「行動」出来ない。それともこれも『推測』っていうの?」」「でしょ。」



「・・・・・流石。」



「気づくこと自体は問題じゃない。」

目を逸らして三島は答えた

というか文字通りいつものことである。

「流石」というのは普段から言い当てられているが故の発言なのだ

そしてこうも応える


「「ただかしこい(ずるい)だけですよ。」」

いつものように

どこかで聞いた風な口調で

どこかで聞いたような言葉を


云う、、、、、





二人が笑みを溢した







門、そこには多くの人が集まっている

老若男女、問わずあらゆる人々が押し掛けているのだ

彼らは黒い外套をはためかせながら待つ、ただ待つ。

黒々とした空模様の中、激戦の跡残る空模様の中、

既にそこに「戦い」の跡はない、まるで勝者の力を見せつけるように、暗雲とした皆の心情を示すように

穴の空いたような神聖な空模様は既に容も無かったのだ。ただ暗闇の残る空は皆の心を映しながら彼の者を待つ。

なにせそこには魔女(ウィッチ)魔女(アドナイ)の最大の「契約」

予言に記されたなり損ない(フェイラー)が姿を見せるからである



「予言」

先程の通り魔女と魔女(アドナイ)による最古の契約である

その予言は以下の通り


かしこき(ずるき)もののみ通るがよい


さかしき(おろかな)もののみ勘ぐるがよい


つよき(よわき)もののみ励むがよい


以上の文章から始まる

その文書は大雑把に言えば聖書の黙示録と酷似した書物であった。

ただ一点、(めがみ)の名が魔女(アドナイ)に変えられている以外は


理由を識るものはいない

根拠を調べるものもいない

何故なら・・・・


「偽物の予言者は火と硫黄の海に投げられる・・・からね。」

赤子をあやしながら女は言った。

女は人であった。この魔女(ウィッチ)蔓延り、魔法使い(メイガス)跋扈する。

魔法そのものの世界で



「泣かないで・・私達は違うから・・・」

女はあやす、いつものように赤子を

魔法使いとの子を孕み産み落とした女は予言とは無縁の者であった

魔女や魔法使いとも一切。




魔法使いとは大雑把にいってしまえば男の魔法使いの総称である

魔法使い(メイガス)、彼らは魔女の血を飲みながら「魔法」に目覚めない者だったのだ。


故に魔女からは忌避され、敬遠される。

魔法使いという名故に、予言書に記された身の丈に合わないその名故に。

魔法使いと呼ばれながら


けれど女は違った。

女は受け入れた

そんな彼を、彼が彼であるが故に愛した


だからこそ恋人となり、だからこそ子まで成した


けれど二人は知るべきだったのだ”運命”が扉を叩くだけではなく、時には扉ごと噛み砕く。

そんなことがあることも。





当然だが運命というのは唐突に訪れるものである

そこには容赦などなくそこには呵責などない、運命というのは心も体もなにもかも引き裂いていくものだ。



それはまるで嵐のようでまるで大海原のようでもある。

正に理不尽、そこには何も人の心などありはしないのだ。


女は知るべきだった。

自身が一体何者と交わったのか

自身が一体誰を好きになりそして愛してしまったのかを



首が飛ぶ

黒い首が、高く一つに結んだその長い髪はまるで尾を追いかける猫のように自身とその先、ある赤い紐を追いかける。


首が飛ぶ

黒い首が、低く結ばれたその短い髪は目前、赤い紐を追いかけるように回る



首が飛んだ、多くの黒い首が

短い髪、長い髪、ただの頭皮、

それぞれがそれぞれを追いかけながら、追いかけずにただ回転しながらあるいは多種多様な色の尻尾を追いかけながら

血飛沫の中、多くの黒い外套が血に染まり地に落ちる、その中で赤子は笑った。


ただ当然のように必然と笑った。


ただ泰然と立つ白髪を二つに結び左右非対称(アシンメトリ―)な黒布の目隠しをした少女に抱きかかえられながら。

その短く黒い髪に赤い紐をくくりつけられた頭を撫でられながら



バフォメットの下なり損ない(シア)が其の血の池(大地)に足を踏みしめた。

銀の鎖に繋げられた怪物が

首輪を嵌められた化け物が



空が再び晴れ渡った(穴が空いた)




「色欲の魔女の代理殿、なり損ない(フェイラー)の護送これにて完了であります。なにか、問題はありますか?」



「・・・・・問題ない。」


魔女の疑問にしかして赤子殺し、禍根鳥憂喜は言葉数少なく答えた

禍根鳥にとってこれは予定調和である。

彼らは違反した




かしこき(ずるき)もののみ通るがよい


さかしき(おろかな)もののみ勘ぐるがよい


つよき(よわき)もののみ励むがよい


この三条に故にこの惨状である。

契約、それは破った者の死を意味する。


例え誰の子であれ誰の母であれ、逃れる術はない


当然これは魔女の血を飲まなければ違反しようと何の罰も受けはしない。


なら何故罰を受けたのか。


「子を孕んでいたか。魔女の血は子そのものの死ではなく、母体の死を優先させた、ということか。」



「・・・・・・少し気の毒っすね。魔法使いとなんか番わなければ、この人間も。」

どんと黒い外套を羽織った死体を魔女が蹴った

血が靴につけば魔女は一つ舌打つ。


魔女にとって人類は尊重すべき存在ではない。

正確にいうなら人間の死体には、一つの情も払いはしないのだ。


『人類の平和の為に』と嘯く彼らにとって()()()()()()()()()()()()()()()()()

しかし目隠しの女は違った



「よせ、死人だ、罰が当たる。」


「・・・・・っ」

ただ一言口にしただけだ。

魔女に、嗜めるように


けれど、少女の口調には明らかな怒りが込められていた

侮蔑の言葉を吐くことなく少女は魔女を咎めたのだ。

ただ一言『罰が当たる。』と




「でも死体、すよね。こいつなんてあの小憎らしくてずる賢い魔法使いと番ったんですよ。どんだけまともな精神性していようと普通の人間性ってもんがあれば人間は番わない筈です。だから・・・「言ったはずだ。」



「・・・・・っ」

少女の声が一段階下がる。

そこには男の声ですらない化け物の声があった。



「罰が当たる、と。」



「・・・・・っすみ・・・ません。」

魔女の下げた頭を見遣ることもなく短い髪に赤い紐を掛けながら少女はそう、嘯いた。

あきらかな殺意を込めて





「・・・・では、私達はこれで。」

旗持ちである彼らは頭を魔女の代理に下げながらその場を去った。

その場に首輪を繋げられたなり損ない(フェイラー)を残して、手枷に足枷、そしてそれら全てと繋がり四方に持ち上げられている鎖、それら新しい枷と鎖、銀からなる拘束具達(それら)によって天に繋げられた少女(シア)を残して


「バフォメット・・・この場の者全てを焼け。




「・・・・ッチその名で呼ぶなよ・・・分かってる、っての、焼けばいいんだろ魔女の代理殿。」

山羊の頭をした悪魔は口に手を入れた

唾液と共に現れたのは星型の紋章、柄に二人、いいや九つの人間が絡み合う不気味な剣であった。

剣身は炎である


騎士団の者が火刑に処されるその光景を写真に収めたようなその剣はまるでこう言っていた。


『これからの貴様達もこの「光景」を辿るだろう。あるいは・・・・』


「死への旅路、サイゴの終着の炎である。」

唾液に濡れた柄を握り山羊は歌う

最後の言葉を最期の言霊を


「貴様らは火によって救われるだろう。amen。」

広がる、広がる海が、火の海が

近づく近づく死への旅路が


逆さの五芒星その魔法陣が地に現れ空を挟む



瞬刻、火が辺りを燃やした



「・・・・匂うな、」


「血と肉、骨の焼ける匂いだ。十分味わえなり損ない(フェイラー)。」

少女の野太い声になり損ない(フェイラー)は笑った。

いつものように少しだけ微笑んだ



「何が可笑しい、貴様がそもそも予言と「計画」に従わなければこの者らは。」


「死なずにすんだ?けれど大丈夫じゃない。」


「・・・何故だ?何故、笑う?何故従う?何故・・・・」



「何故ここにいるか?何故なら「少女、貴様は「私は・・・・・・・


「「真相が知りたいから」」


「生を取り戻し、記憶を取り戻そうと・・・しているから。」


なり損ない(少女)は笑う

いつものように友に笑いかけるように




共に赤い炎の中で、ともに死臭すら匂わない死体の焼ける匂いの中、



血の海の中で。




「ベルちゃん、ベルちゃん。」

それはいつも見る夢

いつもの過ぎ去る悪夢

けれど鈴は知っていた他でもないただの「鈴」は知っていた


それが在る種の逃避であることを

少女のただの逃避行であることを


少女はいつも笑っていた

()()()()()()()()()()()



それがどんな時であれ、笑って少女を助けた

笑って少女の手を引いた、笑っていつもそばにいた



幼くも最も強い魔女としてあった魔女に、(ベル)の隣に


彼女の半身が転がった灰色の放送室の中、


少女は目覚めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ