第16話 カイブツはこう名乗った
少年と少女、それらに差異など無い。
当然、大きい差があると普通であれば考えるであろう。
見た目、性格、そして魂だとか、目に見えるものから目に見えないモノまであらゆるものに差異があり、格差がある。
けれど両者には共通する部分があった。
それは彼らの未熟さである。
未熟であり、未成熟
その点においてこれら二つはなんら矛盾してはいないのである
ただ、性別に目を移さないのであれば、
ただ、環境に視点を置かないのであれば。
「申し訳ない、、女だと思っていた。」
「気にすることじゃありません。貴方の落ち度ではありませんから。」
・・・なにも知ることができない、何もわからない。
そんな私に謝る必要など..........
気付けば帰って来た言葉も耳から耳に通り抜けていった。
風に靡く鈴の鈴の音もそこまで耳には残りはしなかった
聞き切れなかった言葉に自身の不甲斐なさに嫌なモノが積もっていく。
でも仕方ない、私のような”愚か者”には言葉を聞くことすら烏滸がましい。
「そう考えたか。」
思わず目を向ける。
しかし少年の表情は見えない。
「自身が”全て”知っていれば”全て救える”と・・思ったか」
顔が近づく、
その貌が露になった。
怒りではなく義憤を帯びた赤い瞳に目が丸くなる。
「知ろうとする限り無知は無知で無くなる。」
「愚かだというなら、無知を踏破しろ、決して抗うことを止めるな。それがきっと・・・・」
顔を掴まれ、目と鼻の先まで少年の貌が近づいた。
少年を見つめる。
友と瓜二つの容姿に血みどろの”彼女”の姿が頭を過ぎた。
決して見る筈のない、見たくないそれに思わず、
目を瞑る。
震えていたのだろうか
怯えていたのだろうか
どこか同情を帯びる空気に歯を食い縛る。
度し難い、煩わしい、情けない。
私自身に向けられた『声』を聞いたのか少年はしばらくしたあと口を開いた。
「あの子へのお前なりの贖罪だ。」
耳に届いた声音は何処か優しかった
思い出したように湧き出た喪失感が心を満たす。
滴が頬を伝った
■
「改めてごめん、同性だと思って。」
「気にしないでください。いつものことなので。」
カツン、カツンと靴音が響く、鈴の音が鳴る
柱並ぶ廊下は光に満ちており、その清潔さを惜しげもなく初対面の客に晒していた
もっともどちらかと言えばその客はただの死刑囚同然なのだが
窓間から差し込む光は暖かく麗らかだ。
私が死ぬかも知れないというのに
「気にすることではない。死も存外悪くないぞ。」
そう嘯くのは鈴、
吸いこまれるような髪をバッサリと切った黒髪黒目、そして耳元の歯列が不気味なピアスが特徴的な美しい女だ。
なんでも彼女は「暴食」の魔女の代理にしてこの世界最強の魔女なのだという。
「そうかな、貴方が腕をくっつけてくれたのにはとても感謝してるけど、でも腕が無くなってよかったなんて思えなかったよ。」
自身で引き千切ったらしい私の腕を快癒させた治癒の腕前、そして暴走した私を打倒した実力。
どれをとっても一級品以上というのは、少年、乃瑠夏の言葉だ
本人は「口先だけ」と嘯くもののわずか18歳にして周りの魔女達を遥かにしのぐ彼女はしかし、どうやら考えているほど話が通じないわけでは、無いらしい。
「・・・成程、気をつけよう。」
目を逸らしながらも反省の言葉を口にする彼女を見て、再びそう確信した。
そもそも、腕をくっつけ、魔力をも回復させたのは彼女の提案だ。
当然、罪人確定らしい私には新たな拘束を治癒と同時に設けたようだが、どうやら術者の鈴にしか解除できないらしい。
正に万全の体勢だ。
暴走していた時の記憶は曖昧だが、おそらく思い描くこと全てを実行出来たであろう当時の私が彼女に勝てなかったのだから、仮に我を失っても許可が無くては魔力を操ることはおろか、魔素という魔力の最小単位さえ操れないのだという。
最低条件は霊子を操ることらしいが、
それ自体が人であれば操れずどころか知覚することすら出来ないという、不可知の物質であるらしい。
けれど聖職者が操れたり、限定的ながら魔女であれば支配できるという奇妙な性質、に加えて
物質の最小単位だということ、マゼンダの色をしていること、
聖なる力の象徴とされてきたことのみが魔女達の間で理解出来ていることらしい。
けれど、どうしてだろう私はそれを知っているような・・・
「どうしましたか、愚か者。何か考え事でも。」
「・・・・うん、ちょっとね。あとまだ呼ぶんだ、愚か者って。」
鈴の音と彼の言葉に思わず言葉を返していた
・・・私は彼と彼女の二人と十分打ち解けたと考えていた。
実際、魔力の譲渡に比べ、腕を治癒するには相応の時間というものを要した。
私が魔力を取り込み傷を治すという手段も考えることが出来たが、
今の私は理由は識らないが治癒の能力というものが欠乏しているのだという
鈴がとんでもない魔力を持っていてもそれは変わらないのだとか
けれどそのおかげで、私は立ち直れた。少年と女の言葉で。
「ええ、貴方は愚か者です。ですが、この言葉は掟を破った者全てに送ってきましたのでお気遣いなく。貴方にはまだ聞きたい事もありますし」
「へぇ、それは凄いね。・・なんか、凄いね。」
雑な言葉になってしまった
一段落した考えを察したのかあるいはただの偶然か判別の難しかったことに加え後半部分が小声で聞き取れなかったが故の問題なのだが少々申し訳ない。
皮肉に取られていなければいいのだが。
「皮肉ですか?泣き虫のくせに。」
「違う。」
皮肉に取られてしまっていたらしい。
泣き虫とはひどい言い草である。
きっと人殺しが涙を流すのが信じられなかったのだろう。
だけど今はそんなことはどうでも良かった。
・・少し見開かれた目を意識から外しながら手指を伸ばし、先に魔力を集める。
柱の陰、その先を見た
「敵だ。」
影が背を伸ばしていく
靴音が響いた。
■
聞こえる
赤子の笑い声が、どこからともなく。
影が背を伸ばしていく
カツンと靴音が木霊した。
気持ち悪い。
笑い声が近づく
影がゆらりゆらりと揺れ出した。
カツンと靴音が木霊する。
瞬刻、どろりとした気配が辺りを包んだ。
乃瑠夏と鈴が手元に霊子を凝集させパシッと杖を握る、鈴の音を気にする者はこの場には居なかった
表情は険しく明らかに近づいてくる気配に出所の分からない笑い声に、意識を集中させていた
そして木霊する足音に神経を注いでいた。
カツン、靴が後ろの床を鳴らした。
影がくるりとその向きを変えた
思わず振り返る。
鈴の音とともに「そこ」を見れば
少年、女、少女三つの影が重なっていた
気付けば手腕が動いていた、
今殺さなくては、今この隙をつかなければ取返しが付かなくなる。
そんな予感がしたのだ。
けれど遅かった。
影に突き入れようとした腕が、止まった。
いいや、止められた。
幼子の指そして腕が軟体動物の触手のように手指どころか腕全体に絡みついていく、足取りを取られ下に視線を向けた。
小山のようなモノに嵌ったのだと思った、影で出来た何かに足を取られただけかと。
違った、いいや正確では無かったのだ
気付けば足元さえがっちりと手腕に掴まれていた、
瞬きの内にソレが足に巻き付いてしまったのだ。小山のように
ひっと思わず悲鳴が漏れた
魔力が思わず霧散する。
ヌルリとソレが露になった。
五指が腕を掴みその腕を手指が握る、それらが積み上がり形作られているのは、
繭。
「やあ、こんにちは、少女。」
男の声が聞こえた。
野太い、男の声が。
蕾のように腕を包み込んでいた手指が花開く、濃くなる気配に思わず口元を塞いだ。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
舞うように睡蓮の花弁が地にペタリと落ちた
「私達の声が聞こえるか。」
声の方角を見回す。
白髪を二つに結び、
左右非対称の黒布で目を覆い隠した黒の外套を羽織る少女が視界に映った、
何人も。
「禍根鳥憂喜。それが少女の名だ。」
胸に手を当て名乗った。自身達の名を。