第13話 遺灰城
「着いたぞ、掟破り。口だけでは無くな。」
体の揺れと鈴の音、そしてその声に意識を取り戻す。
女の顔を見上げようとして不意に思い出した。
抱えられたままなのだ、同性に。殆ど気にならないとはいえもたげた事実に少しだけ恥を覚える・・・暇は無かった
白、多くの白が整然と並ぶ中多く、より多くの塔が寄り集まった塔
それが眼下に見えた。
芸術的かつ非現実的なソレに視野が広がる
「これは・・・一体?」
「これは、城です。名を遺灰城。今は」
少女の言葉に目を向ける。
赤目の少女はなんの躊躇いもなく口にした。
「貴方の審判と処刑の為の場所・・・と覚えて頂ければ。」
「・・・そう。」
無慈悲な言葉を
だが仕方ないのかも知れない。
今の彼女達にとって言えば私はただの罪人・・・いいやただの”掟破り”の愚か者でしかない訳か、記憶が無いなどと一言も言ってはいないのだから当然だと言える。
けれど、それでも・・・
「なんだかワクワクしてきた。」
そう笑んだ。不適に大胆に
□
「このまま降りると結界に阻まれます。」
鈴の音と耳を切る風の音の狭間で藪から棒に少女は告げた。
思いがけず目を向ける
「結界っていうと?」
「城を護る結界です。詳しくは話せませんが私どもであっても破るのは容易くありません。」
話せば少女はこちらに目を移す
相変わらずその目は冷たい
「けれど順序通りであれば出入りは可能です。門に転移しますよ。」
ビキとひびの入る音が響く、
この音を知っている。
世界にひびが入っているのだ
私は目を瞑り準備をする
心と体の準備を
「開け、門よ。」
少女の言葉に世界が応える
浮遊感が体を支配した
■
門、壮大なそれが目に入る
模様も何もない白い門、そして城壁
城と外部の境界であるソレは堂々と私達の行く手を阻み塀は地平線を台無しにしていた。
どうやら私の準備には意味があったらしい。
体を揺すろうとしたのか女が目を向ける
瞳はみるみる内に見開かれていった
「起きているのか。お前、何をした。」
女の問いに私はこう答える
真っ直ぐ目を逸らさないで
「気合で耐えたんだよ。イくの我慢するみたいに。」
少女と女が固まる。
顔は見えない、空気も不穏に思えた。
どうしたんだろう、怒ってるのか?
その言葉が伝わったのか
暫しの沈黙のあと「そうか・・・」という言葉ののち
空が近づいた
宙に浮いたような感覚にこの向かい風。
チリンという鈴の鳴る音
間違いない
「投げないでくれる!!そんなに変なこと言ってないでしょ!!!」
放り投げられたのだ
おかっぱに。
女の「鈴」が鳴ったのは投げる時に姿勢を変えたからなのだろう
ん、鈴って誰だ。
誰の名前だ?
・・・知らない
けれど、どうでもいい、どうにもならないから、興味ないし
ひどい
私が一体何をしたというのか
考えている間にぽすんと女の腕に収まった
チリンと音が一つ鳴る
女の目が私を見下ろす。
美しい貌は恐ろしいほど凪いでいた
「いくぞ。」
言葉と共に地面にゆったりと下ろされる
ギギギという音に顔を上げれば門が大きなその口を開けていた
外套をはためかせ躊躇なく進む少女と歩く度に耳の鈴をチリンチリンと鳴らす女を見ながら、震える自身の足に、死の恐怖に二の足を踏む。
私の死は確定している、
ここに連れてこられるということこそがそれを意味しているのだ。
死の確定した裁判とは確か幼女からの言葉だったが二人の様子からして事実なのだろう。
私はここで死ぬのだ、あの子のように、殺したと言われている多くの人のように。
無残に、無慈悲に世界から見捨てられる
けれど
「・・・止まる訳にはいかない。」
足を踏み出す
・・躊躇うわけにはいかないのだ。
歩みを進める
見ているだけではいけないのだ
前を見る、決意を以て
何故ならまだ私は何も識ることなど出来ていないのだから
誰も・・・助けられていないのだから。
・・・足の震えは既に収まっていた
■
予想以上という言葉について考えた事があった。
「予想というのは総じて外れるもの」という言葉に心惹かれる時期が私にとって予想外だったように、”予想以上”というモノは世の中で溢れている。
ただ隠れているだけなのだ。
見つけられないだけ、見ていられないだけ。
まるで知識の探究のようにソレは限りがなくその事実から人々は目を背けずにはいられないのだ。
人が人であるが故に、知性や知恵を持つが故に
だが知性あるモノはそれを見つけ、踏破しなければならない
それこそ理知を持つ責務であるが故に
いいや、そう捉えられるのは自身が欠けた情報を知らないということを知らないからこそなのだろう。
自身の愚かさを知らないからこそ、自身が賢いという誤謬を生じさせ、在りもしない責任に踊らされる。
だからこそこれは私がただ愚かだったが故の事態だと言えるのだ。
芸術的かつ非現実的なそれとは分かっていた。けれど・・・・
「ここまで大きいなんて」
思わずそんな言葉が出た。
感嘆の言葉、この世界にて二度目のそれはこれまで以上の”意味”を含んでいた
色相は何者をも魅了するだろう塩の巨塔を思わせる純白であり
偉容は横目に映る摩天楼を超え天を突き破らんばかりであった。
巨大なオブジェに近しい様相と辺り一帯に敷き詰められた白い花が合わさりソレは芸術作品そのものの形相だったのだ
しかし少女も女も足を止めはしない、どころかどしどしと進んでいく始末。
おかげで二人が遠くに見える
女の鈴まだ鳴ってるし
「ねぇーどうしてそんなに早く歩くのー?もう少しゆっくり歩かなーい。」
・・・・返事がない。
唯の屍なのかな
歩けている筈なのに、どうしてか二人と距離が離れてしまう。
結構大股なのに
鈴も聞えないし
再び呼びかける
「ねー、ちょっと早くないですかー。」
返事がない・・・唯の屍のようだ。
言葉の含意を察したのか少女が足を止める。
カンと杖のようなソレで石床を叩いた。
少女の予想外の行動に思わず身構えていれば、振り返り冷ややかな一瞥の後、再び歩みはじめた
心なしかさっきより大股で早足だ。
せっかく道まで綺麗だというのにどうして足を止めないのかと考えかけ思い出す。
今の私の状況を私の立場を
「私は・・・人殺しだ。」
何かが浮かびかけジジっというノイズと共に掻き消える。
頭が痛い。
何も思い出せない
頭が痛い
何も思いだせない
頭が痛い
何も思い出せない。
ソレがどうしても”腹立たしい”
チリンという音に思いがけず顔を上げれば少女も女も足を止めこちらを向いていた。
少女の瞳には微かな恐怖が、女の瞳には憎悪が浮かんでいた。
どうしてもそれらから目が離せなかった。どうやっても見ていたかったのだ。
その思いが怖くて逃げるように辺りを見回し、気付く
花びらが空を舞っていることに
どうして?花びらが空に?
疑問は言葉にならない。
足が止まってしまっていた、止めてしまったのだ
思い出した時に、思い出せなかった時に
「腹立たしい。」
バサという音に現実に引き戻される。
私は何をしていた私は何を言葉にした
見上げれば鳩が飛びあがっていた
誰かに見られていたのだろうか。
そんな懐疑を覚える程、黒い足輪をつけたソレはどうしても不穏なものに思えてならなかったのだ。
花の舞う中跳び行く白を、その足を縛る黒を見つめていれば少女の視線に我へと帰る
「行きますよ、愚か者。魔女の居場所に。」
「貴方の死に場所に。」
少女が告げる
杖のようなソレをギュッと握りカンカンと石突で道を突く、
ガキンという音の後、蝶番の悲鳴が耳を劈いた
音が止む。
扉が開いたのだ
開いた「死」の口に足を向ければ
少女と女が翻り足を踏み出した、鈴の音と杖を突く音が離れていく
彼女達二人が遠のいていく。
けれどどうしてか先程の二人の表情と「怒り」がやけに頭の中で尾を引いていた。