第11話 魔女の代理
「どうしたの、シアちゃん。」
その声に目を開ける。
目に映るのは、長い黒髪に朱い瞳を持った少女。
名を井伊波恣意。
文武両道、完璧よりも完璧な典型ながら型に捕らわれない優等生。
整った顔立ち故なのかその誰にでも分け隔てなく接する性格故なのか、
多くの人に好かれている彼女はまさしく私の対極にある存在だった。
故に「そういう噂」が絶えないらしい。
けれど私は知っていた。
それは・・・・・
「君の思わせぶりな立ち居振る舞いのせいだろう恣意。」
「こらっ・・シーちゃんって呼んでって言ったでしょう。」
言葉にしながら私の頬をつつく彼女の口元は笑んでいた。
こういうところが思わせぶりだというのだ。
誰とでも話せる代わりに、誰とでもすぐ打ち解け、
誰とでも喧嘩するくせに、誰とでもすぐ仲直りする。
故に問う、いつも通り。
「・・・今日は誰と喧嘩したんだ?」
そう聞けば彼女はしばらくしたあと少しだけ目を開いて指を放し、いつもの様に少し困った貌をしながら私に話をしてくれる、筈だった。
けれどこの時は違った。いつもとは違ったのだ。
彼女は頬から手を放し姿勢をただ戻して後ろに手を回す
「・・・・何でもないよ。」
そう微笑んだ。
何かを誤魔化すように。
私の目を見ずに
背後で揺れるカーテンが何故か印象的だった。
■
その時の貌がどうしてか私の目の前にあった。
赤く染まった視界は褪せるように落ちていき
それに増して意識がはっきりしていくのを自覚する。
私は何をしていた?
どうして空に浮いているんだ?
そんな問いが浮かぶのが当然だっただろう。
しかし・・・・
「どうして、貴方がここにいるんですか?」
そんな、汎用性の塊のような平凡な言葉しかでなかった。
「答えて、ください!!君は、貴方は、死んだはずです。」
次第に冷静になっていく自身の声を傍目に聞きながら、彼女を見る。
黒い髪に朱い瞳、整った目鼻立ち。
かつてとの違いは肩で切り揃えられた髪だが、それは高校に入って見慣れたもの、そのものだった。
どうして?
何故?
疑問は尽きない。
けれど、そこには微かな・・・・・恐怖と安堵があった。
■
「答えて欲しいのはこちらです。掟を破りし愚か者。」
その言葉にはっとする。
私は何を考えていた。
いいや、それよりも、と考えかけて声の主の表情に思わず目を見張る。
「・・・・・・・っ」
言葉とは裏腹な、平坦な口調、据わった目。
氷のようなそれに思わず息を呑んだ。
「・・・貴方は、誰ですか?」
そう、問う。
そうだ。
こんなのはあり得ない。
こんなものは彼女じゃない。
・・・・この時の私はもう少し自身を顧みるべきだったのかも知れない。
見た目だけではなく態度だけでなく、その魂とも言うべきものを見透かして、自身が冷静でないのだと自認すべきだったのだ。
しかし時間は元に戻せない、時計の針は無理矢理戻せてもそれそのものが動いていたという事実は消せないように。時が過ぎたという現実は消えないように。
ソレが彼女とは別物だと少し考えれば理解出来たはずなのに。
「私は、井伊波乃瑠夏。「嫉妬」の称号を持つ、魔女の代理です。」
揺れることのない声で彼女はそう言った。
時計の針がまた動き出す。