第09話 暴走
朱、そこには朱があった。
いいや辛うじて人の姿をした血の塊だろうか。何故ならその鮮やかな赫は、鼻を衝く錆びた鉄の匂いは、確かに人の血としての性質を表していた。そう、捻じ曲げられた関節が人としての体裁をギリギリのところまで保てなくさせているように。
けれど少女は知っていた、それがヒトであることを。
思いを持ち肉を持ち未来を歩む権利を持つ、「人」であることを。
「人」が瞼を開き、その鮮やかな金色に染まった翠の瞳が少女に向けられる
目尻から滴がこぼれ落ちる。
その色は朱く、唇は震えていた。
「・・・・・無念じゃ。」
その言葉と共に傘のように開かれていた竜の口は閉じられた。
その言葉と共に開かれていた竜の口は閉じられた。
『その言葉と共に開かれていた竜の口は閉じられた。』
ゴクリと白き竜の喉が鳴る
視界が朱く染まる。
そして少女は光に包まれた
□
ふと竜は顔を上げる。
彼女が顔を上げたのには理由は無かった。
せめてもの理由を上げるのならば、
なんとなく。
だろうか。
けれど竜は知っていた
こういう時のなんとなくはよく当たるのだと
グルルルルと自然と喉が鳴る
瞬刻、ソレが天へと昇った
朱い、朱い光だ。
目の前にある塔そこにある洞、そこから出た一筋のそれが塔を押し上げ新たに空へと進む。
それは根本は押しのけた構造物と同じ太さでありながら天へと近づくにつれ絞るように細くなっていっていった。不可解な文字が浮かび上がり塔を根底から覆い尽くす
朱が染められ黒く成り果てたその時
塔の根本から亀裂が走る。
朱が、割れた。
光塊が地に落ち解けるように粒子に変わる中、そこに少女がいた。
伸びた黒髪を靡かせ整った顔立ちに鉄仮面のような無表情を湛えた少女。爪は赤く染まり黒を基調としたセーラーそのネクタイは以前の藍色とは反対の朱となっている
加えて手の平には亀裂が横に走っていた。両手共々に
しかしそれを気にする風でもなく身に着けている彼女は瞼をどうしてか閉じていた。
目蓋の奥が露になる。
赤く染まった結膜に、白に支配された瞳。
朱の瞳孔は蛇のように縦に割れていた。
その不気味にすら思える筈の外見は彼女の纏う空気感故に見た者に他の印象を与える。
神聖。
他を寄せ付けない神なる者のみに許されたその言葉こそが今の彼女を表するに値する。
その言葉が竜の頭に浮かんだ瞬間、視界が回り塔が眼下に見えた
塔は中腹の辺りから砂煙を吐き出している。
何が起きた
その言葉が思考を支配する。
竜はこの時、状況を把握出来てはいなかった。
だからこそ気付かない。
自身が塔を見下ろしているのではなく、塔が自身を見下ろしている事を。
自身が飲み込んだ筈の幼女が既に胃に居ないことを
土埃が晴れたそこには黒の少女が立っていた。
少女の腕にはよだれと胃液、血に濡れた幼女が収まっている。
彼女から滴り落ちるそれらは混ざり合った故か赤みがかった桃色をしていた。
抱きかかえられた幼女を竜が認識した瞬刻、ギョロと白い瞳のみが竜を収めた。
厚い紅の瞳孔、縦に割れたソレが細まる。
竜の瞳が期せずして見開かれた。
刹那、思考と瞬きの隙間に
竜の体が打ち上げられた。
頬の衝撃と共に、
黒い少女は空に浮かびつつそれを見上げている。
右の拳から煙を吐き出しながら
ぽすんと打ち上げられていた幼女が彼女の腕に収まった。