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墓参り 後編(最終回)

「見せたいもの?」


 あたしがそう尋ねると、アダムは神妙な顔つきで一冊のノートを差し出した。


「これ……日記?」


 めくると、そこには懐かしい、すこし斜めの形をした文章が現れた。


「姉さんの字……」


 意外だった。あの面倒臭がりの姉さんが、こんなこまめな作業をしていたなんて。一緒に暮らしてた時の姉さんを思うととても信じられなかった。


「へえ~、どういう風の吹き回しなんだろう?」


 気になる。姉さんと義兄(にい)さんが、二人でどんな暮らしをしていたのか。義兄さんが死んだ時以外、一切音沙汰がなかったもんだから――――


「ご主人様は何もお命じになりませんでしたが、妹君であるシャロン様には、必要なものかと思いましてお持ちしました」


「アダム……」


 あたしは、少し逡巡した後、日記のページをめくり始めた。


 ☆☆☆


 日記には、二人の甘々な生活が描かれていた。見ているこっちが恥ずかしくなるような、本当に甘い、甘酸っぱい味がする生活が、隠すことなく全て書かれていた。


 ま、まあ、誰かに見せる必要、ないもんね。ごめん、姉さん。でも、義兄さんが誤って見てしまう可能性とか考えなかったのかな……いや、義兄さんなら笑って済ませてしまうかも。何なら、一緒に楽しむんだろうな……。


 めくる、めくる、めくる。


 どうやら義兄さん、姉さんの作った薬を売りに街に出ていたらしい。身体大丈夫なのかと思ったが、義兄さんが姉さんの反対を押し切って仕事したらしい。そこらへん、義兄さんらしいなと思う。


 あの人は、身体弱いくせに他人の心配ばかりするんだ。他人に気を遣いすぎるし、他人の幸せばかり考える。自分をいつも蔑ろにするんだ。


 だから、無理が来る。


『アダムが死んだ。間に合わなかった。体調が一向に治らず、ほとんど意識のない状態が続いた結果だった』


『あの時、あの時、あの時――――思い当たる日はいくらでもある。体調の変化に気付けたはずだ。わたしが一番、アダムを見てきたはずだ。わたしを信じてアダムはついて来てくれたのに……』


『そもそも、草木に囲まれれば体調も良くなるだろうという愚かな幻想を抱いたのがいけなかった。わたしが森に適応できるというからって、アダムもそうだとは限らない。もしかしたら、山より海に近いほうが、アダムにとってはよかったかもしれない』


『わたしのせいだ。わたしが悪いんだ。全て、わたしが、悪いんだ。わたしが、アダムを』


「やめて!」


 あたしの姉さんが壊れていく。日記の中盤は、姉さんの後悔の文章が続いた。飄々としていて、それでもどこか暖かい心を持っていた姉さんが、義兄さんを失ったことで狂っていく。


 そういえば、姉さんが一度だけ実家に手紙を送ってきたことがある。あたしが一番に受け取り、封を開けたのだ。


『アダムが死んだ』


 一際小さい文字で、それだけ書かれていた。

 今でもよく覚えている。


 あの時、そのまま家を飛び出して姉さんの所に行っていれば、こんなことにはならなかったのかな。義兄さんが死んだというショックが大きすぎて、あたしは何もできなかった。


 あの手紙が助けを求める手紙だったとしたら、本当に悪いのは――――


 ☆☆☆


 日記はその後、日が空いた。数年後になり、文章が再開した。


『ここ数年、研究に従事することで心を落ち着かせようと努めてみたが、わたしの乱れに乱れた心はついぞ回復しなかった。やはり、わたしにはアダムというパートナーがいないといけない。わたしには、アダムしかいない』


 不穏な文章が続く。


『わたしは魔女らしく活動しようと思う。わたしの家はほうき職人だ。わたしはそちらに興味は湧かなくて才を持たなかったと思ったが――――ついに、わたしがその家に生まれた意味を理解した』


 まさか、まさか姉さんは――――


『ほうきという器に、まだこの辺りを彷徨っているはずのアダムの魂を入れる。蘇生の儀を、執り行うことに決めた』


『まずは器だ。魂が迷わないよう、アダムに限りなく寄せなければならない。()()()()()()()()()()()


『腐敗は進んでいるが、それでもこの身体はアダムだったものだ。魂との分離もまだ時が浅いはずだから、問題ないはずだ』


『不思議だ。ほうき作りなど、当時はちんぷをかんぷんだったのに、いざ大望ができると教えがなくてもすいすいできる。やはり、やろうと思えば何でもできるはずなのだ』


『成功、成功だ! 器は完成した! 美しい、わたしが愛したアダム! ああ、後は魂を入れて完了だ! もう少し、もう少しで会えるね、アダム!』


 ☆☆☆


「…………」


 これを書いたのは、本当にソルシェ姉さんなのか?

 文字の形を似せて、他の誰かが姉さんを騙って書いているんじゃないのか?


 そう思うくらい、あたしの知らない姉がそこにいた。


 それじゃあ、今あたしの目の前にいるほうきは――――


 あたしは改めてアダムの方を見る。アダムは首をかしげつつ、不思議そうな顔であたしを見ていた。


 あたしはしばらくアダムのことを見つめ、


「違う」


 そうぼそりと呟いた。


 確証はないけれど、このアダムからは義兄さんの気は感じれ取れない。アダムも確かに気遣い上手だが、それでも義兄さん特有の暖かさは感じないのだ。


 日記に目を戻す。日記は、まだ続きがあった。


 ☆☆☆


『失敗した。やはり、素人が黒魔術の奥義など扱えるはずがなかった』


『結果として、少し特殊なほうきができた。人型魔道具のほうきであるが、通常のように言葉を発せない。まるで、生まれたての赤ん坊だった』


『ここまでしたが、全てが水泡に帰した。もはや、アダムを蘇らせる方法は――――ない』


『この赤ん坊ほうきはどうしよう? いっそ廃棄してやろうか? アダムの姿でこんなあられなものを見せられるのはつらい』


『でも、でも捨てられない。だって、ここでこの子を捨てたら、アダムをもう一度見放しているような気がして』


『だから、この子をアダムとあたしの子だと思い込んで育てることにした。どうせ、この歪な命はすぐに亡くなるだろう。アダムのように』


 育てる、か。

 ここらへん、ちゃんと見捨てないのが姉さんらしい。やさぐれているし、とんでもない禁術使ってるけど。最後の最後、一線は越えていない。


 ちょっと、安心したかも。まあでも、このほうき(アダム)を見ればわかる話か。


『驚いたことに、幼いこと以外丈夫で元気な子だった。正規で作ったわけではないのに、病気にかからず、身体が不自由になることもない。それどころか、日に日にたくましくなっていく気がする――――』


 やばいことやってる自覚はあったのか。

 それにしても、アダムが生まれてからの姉さんは、段々元に戻っていったようだ。読んでいるあたしも、ホッと一息つく。


 日記には、姉さんがアダムを今後どうするかについて、悩みながらも育てていく過程が描かれていた。アダムもアダムで、物覚えがいいから凄まじい速度で成長していっている。この辺りから、アダムに自律思考の力が備わっていることに気が付いたみたい。


 やっぱり、姉さんも意図してない、偶然の産物だったのか。


『夫の遺体を使ったからなのかどうかはわからない。それでも、これ程までに自分で思考し、回答を導くほうきは他に知らない。夫の――――アダムの気配は一ミリも感じない。それでも、確かに一個の生命体が、わたしの目の前に存在している』


『もしかしたら、夫の魂が遺してくれた、新たな生命なのかもしれない。わたしの所業を咎めるために、この子を作ったのかもしれない。それなら、わたしは――――』


『この子がある程度自立するまで、生きてみようと思った』


「姉さん……」


 人は、どれだけ絶望に襲われても、そうそう変わることはない。その論が、今ここで証明された気がする。


 人嫌いのアロマが、どうしてあそこまで姉さんを慕っているのか。義兄さんがどうして最期まで姉さんに付き従ったのか。どうして、魔道具アダムが立派に成長できたのか。


 あたしは、間近で見てきたからよく知っている。


 ☆☆☆


 日記も終盤、この頃になるとアダムはもう立派に成長し、対して姉さんの身体はだんだん動かなくなっていた。魔女としての寿命が、尽きかけていた。


『わたしの死後、アダムには好きにさせることにする。こんな辛気臭い場所にいたら勿体無い。あれこれ言うかもしれないけど、命令といえば従ってくれるだろう』


 命令、普通は自分の欲を満たすために使うんだよ、姉さん。


『わたしが死んだら、アダムは何を見て、何を感じるのだろう。何をして、何を生み出すのだろう。どんな人に出会って、恋とかもするのだろうか。まあ、アダムなら恋とかについて、論理的に納得するまで調べ尽くすかもしれないな』


 確かに、そうかもね。真面目だもん、あの子。 


『そうだ、どうせなら、最初は――――妹に会わせよう』


「……えっ?」


 いきなりあたしが出てきたことにびっくり。


『シャロンは昔から、わたしと違って優秀だった。次代のほうき職人として立派に生きていけるだけの資質を持っていた。あの子なら、わたしよりもよりよい方向に、アダムを導いてくれる』


 えっ? えっ?

 姉さん、あたしは――――


『案外、お似合いかもしれないな。シャロンも真面目で良い子だから、アダムも苦労せずに済むかも。アダムには、わたしの遺産の一部を届けるよう伝えておこう』


『シャロンは、今も元気にしているだろうか。わたしが死んだと知ったら、どんな反応をするだろうか。わたしは姉としてあの子を見てやれなかったから、本来継ぐべき責任を全部押し付けてしまったから――――あの子には、嫌われているかもしれない』


 違う、違うよ。姉さん、あたしはずっと姉さんのことを想っていたよ。姉さんのこと、嫌いになったことなんて一度もなかったよ。だから、だからそんな風に思わないでよ。むしろあたしが、あたしのほうが――――


『もう、直接会うことはできないから、もしあの子がこの日記を読むことができたなら――――それを期待して、あの子への言葉を残します。遺書はもう書いたけど、恥ずかしくてあんまり書けなかったから』


 そうして、日記の最期は、こうして締められていた。


『ごめんなさい、そしてわたしの妹として生まれてきてくれてありがとう。あなたに、わたしの一番大切なアダムを託します。後のことは、全てあなたに任せます。どのような判断をしようとも、わたしはあなたの意思を尊重します』


『――――さようなら。一つになる日を楽しみに待っています。あ、早く会いたいからって、自殺は止めてね笑』


 ☆☆☆


「何が書かれていたんです?」


 しばらくして、アダムがあたしの方にやってきた。気を遣ったのか、しばらくあたしの側を離れていたらしい。


「んー? 別に何も。あんたが可愛いって、親バカなことばっか書いてあったよ」


 えー、と呆れ顔をするアダム。それを見たあたしも、クスッと笑う。


「あんたを頼むってさ、姉さん。あたしに後見役をやるよう言ってきた」


「そ、それは……」


「な~に? 嫌なの?」


「いえ、決してそういう訳では……」


「じゃあ、どういう訳?」


「ちょっと、シャロン様? 本当に何があったんです? さっきより雰囲気が……」


「はぐらかさないの。それで、どう思ってるわけ?」


「え、ええ~、ちょっと……」


 アダムが困ったといわんばかりに考え込む。再びクスッと笑いながら、あたしは姉さんの書斎の窓から、あの巨木を眺める。


 サラサラと、巨木の形をした姉さんが、身体を揺らして笑っていた。


  終わり

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