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魔女達から見たほうき

 大学の昼休み。

 いつものカフェであたしが昼食をとっていると、見知った二人組が近づいてきた。


「ずいぶん可愛らしいお弁当ね」


「……愛情弁当」


「うるさいわ」


 クスクスと楽しそうに笑う赤髪の女に、無表情を貫く緑髪の女。二人共、あたしの同僚の魔女である。


「いいじゃない、お弁当を作ってくれるのはありがたいことよ? うらやましいわあ」


 赤毛のグラマラスな女、マチルダが意地悪な笑みを浮かべた。

 本当にイヤな女である。昔からあたしをからかうことに喜びを見出しているらしく、いっつもあたしに纏わりついてくる。一時期無理矢理引き剥がそうとしたこともあったけど、徒労に終わってしまったので諦めた。


 それでも、あたしがいつも頼む仕事はきちんとこなしてくれるので、そこは評価せざるを得ない。さすがここで教鞭をとっているだけはある。ムカつくけど。


「……体調管理してくれるのはいい事。シャロンはあのほうきにもっと感謝すべき」


 抑揚のないウィスパーボイスで喋るジト目先輩ことアロマが、諭すような口調でマチルダの後に続く。少々変わっているが、マチルダほどイヤな性格はしていない。いや、マチルダも別に避けるほどの悪人というわけではないが……。


「ていうかシャロン、今日講義の日だったなら教えてよ。一緒にご飯食べれたじゃない」


 そう言いながら、あたしの右隣りに勝手に座るマチルダ。それに合わせ、アロマもあたしの左隣りに座る。


「別に。今日は知り合いには会いたくない気分だっただけ」


「そんな寂しいこと言いなさんな。だから友達少ないのよ?」


 グサリ。


「う、うるさいな。友達がいる条件に、毎日誰かと一緒にいる、は関係ないじゃん」


「あら、そこまで言ってないわよ? 何? やっぱり気にしてるの?」


「き、気にしてないし」


 そりゃまあ、一般的な魔女に比べりゃ少〜し人付き合いが足りないかなとは思うけどさ。だからといってあたしが内気で根暗ということにはならないはずだ。


「……大丈夫だよ、シャロン」


 お気に入りの植物を愛でながら、アロマは静かな声音を出した。


「アロマ?」


「……友達少ないのは別に悪いことじゃない。むしろ一人の時間が増えて生活が有意義」


「だからあたしは友達少ないわけじゃないっつーの!」


 繰り返し言うが、あたしは人付き合いが苦手なわけじゃない。する必要がないだけである。


 大学での人間関係も、この二人で事足りるのだ。他の人間とお話すると緊張するとか噛み合わないとか、そういう訳では決してない。


 その気になれば誰とでも仲良くなれるが、あたしは自身の役になる人種としか付き合わないと決めている。時間は有限であり、過ぎ去ったら返ってくることはない。時間を有効利用するための取捨選択は常に必要不可欠なのである。


 だから決して、決してあたしが姉に似てコミュ障という訳ではないのである。


「はぁ……シャロンも不憫ね。あなたの姉さんやアロマみたいに、いっそ人間嫌いだったらまだ楽だったでしょうに」


 何かマチルダが憐れみを込めて呟いているが、事実無根なので気にしないでおこう。


 ☆☆☆


 マチルダとアロマの二人とは、大学生時代からの同期である。ある時たまたま同じ課題を一緒に取り組んでから、こうして今に至るまで関係が続いている。


 年齢はお互いバラバラで専門分野も異なるが、不思議と縁が切れることはなかった。正直二人に対してムカつくことは多々あるが、まあ向こうも同じように感じていることはあるだろうし、お互い様である。そう思うと、彼女達と離れたいという気持ちは起きなかった。


 大学教授になった時期も同じで、教授になって初めて二人に出くわした時は揃ってキョトンとした顔になった。多分、あたし達は死ぬまで離れられない運命にあるのかもしれない。


 まあ、悪い気はしないけどね。


 ☆☆☆


「そういやシャロンあなた、ソルシェ先輩の()()()はいつ行くのよ?」


 自前の紅茶を飲みながら、マチルダが思い出したような口調で尋ねてきた。


「その話なんだけどさ、やっぱり行くの?」


「何言ってんの。もう二月(ふたつき)以上も経ってるんだし、第一置いてある遺品を整理しないとでしょ? あの()()()()()()も言ってたじゃん。あなたの思いを尊重するって」


「まあ、そうなんだけどさ……」


 墓参り。

 肉体の残らない魔女にも一応、弔いの儀式はある。光となった魔女がこの世界と無事一つになれるようお祈りする儀式。


 本来は亡くなってすぐにやるのが通例だが、姉さんは人里離れた所に住んでいたため、今の今までできていなかった。まあ、あまりそう言った儀式に拘る人ではなかったから、あたしも別にいいかな、て先延ばしにしていたのだが……


『は? まだ行ってないの? 何してんのよ』


『……墓参りくらいはさせなさい。ていうか妹のあなたがまだ弔いに行ってないことの方が不可解』


 昨夜我が家に突然押しかけてきたマチルダとアダムにこう詰められ、現在に至っている。


 アダム曰く、姉さんの遺品は処分しても構わないと言われていたらしいが、家族であるあたしがいる以上、勝手に捨てるのはまずいと判断したようで――――今もそのまま残しているという。流石はアダム、といったところか。


「……ソルシェ先生の軌跡をそのままにしておくのはもったいない。シャロンが行かなくても私は行くよ」


 ジッとこちらを見つめながら、いつになく熱のこもった声を出すアロマ。少し背筋が凍るような圧をぶつけてくるあたり、あたしの振る舞いに苛立っているようだ。


 アロマは昔姉さんから植物の取り扱いについて色々手解きを受けていたことがある。その時波長が合ったのだろう、アロマは姉さんを師とあおぎ尊敬していた。姉さんも面倒見のよい性格だから、自分の得意分野についてあれこれ聞いてくるアロマには好感を持っていたのかもしれない。他の人より熱心に教えていた、と思う。


 そんなだから、あたしが墓参りをしぶるような態度を見せていることに怒りをあらわにしているのだ。その気持ちはよくわかる。姉さんが死んだことを皆に知らせた際、あたしは初めてアロマの涙を見たのだから。


「ほうきちゃんも優秀よねえ、先輩が亡くなった後も先輩とシャロンのことを考えていたんだから。おまけにハンサムだし、非の打ち所無しね」


 マチルダがいつになく穏やかな笑みを浮かべる。


「マチルダ、やけにアダムのことを評価するよね」


「それはあなたもでしょう、シャロン。ていうか、あの子の正体を知ったら余計にすごいと思うわよ。自律思考型のほうきなんて、どんな原理を応用したら作れるんだか」


 マチルダの専攻は呪文学、とりわけ術式の開発や応用について研究しており、よくあたしの魔道具製作にも力を貸してくれている。あたしは詳しくないが、これまで幾多の賞を取るくらいには呪文学の発展に貢献している……らしい。


 普段は酒と男遊びに目がない、サキュバスみたいな魔女なのだが。


 そのマチルダがアダムのことを「これまで見たことがない精巧さ」と表現するのだから、術式の権威である彼女から見ても、アダムはやはり特異な存在なのだろう。


「話は変わるけどさ、シャロン。あのアダムって結局、どうやって生まれたと思う?」


「……正直な話、あと一歩がどうしてもわからないってとこ。素材も作り方も従来のほうきと同じなのに、どうしてあそこまで自我があるのかがわからない」


 アダムが義兄(にい)さんをモデルにし、人型魔道具として姉さんが再構築させた。そこまでのプロセスはわかるが、それだけではあの完成された自律思考を読み解くことができない。


「これは憶測なんだけどさ」


 マチルダが辺りをキョロキョロしながら、あたしに顔を近づけてこう続けた。


「アダムの自律思考って、実はたまたまできたものなんじゃない?」


 へ? たまたま?


「どういうこと?」


「いやさ、魔女の呪文って強い思いが作用すると、本人にも理解できないような特別な力が稀に生まれることがあるのよ。過去を遡ると、そうした事例は少ないながらも事実として存在する。天候を操る、地形を歪ませる、物事が上手くいく、そして――――死者を蘇らせる」


「……マチルダ、都市伝説にでもハマッたの?」


 アロマが明らかに不愉快そうな目つきでマチルダを睨みつけた。マチルダは慌て気味に首を横に振りながら続ける。


「違うってアロマ。世間には教えないけど、私たち呪文学界隈ではこれらの()()は実在するって証明されてるの。呪文――――言葉や音が世界にもたらす影響って皆が思っているよりずっと凄いものなんだから」


 確かに、言葉がヒトの心象に与える力は大きい。何気ない言葉がヒトを幸福にしたり、逆に再起不能にしたりすることがあるのだから。


「だからね二人共」


 マチルダがあたしとアロマを交互に見やりながら、目を輝かせて言った。


「その偶然の産物の仕組みを、私は解明したいの。これが解明できれば、呪文学の発展、ううん、魔女界の発展に大きく貢献できるかもしれないの! シャロンやアロマには悪いけど、正直墓参りに行く一番の理由ってそこっていうか、いや勿論先輩の安らかな旅を祈るのもあるけど――――って痛い痛い! アロマ、痛いって!」


 いつの間にかアロマがマチルダの後ろに回り、両手でポカスカとマチルダの頭を強く叩きまくっていた。無言、かつ無表情で。

 相変わらず、アロマは怒らせると恐ろしい。


 でも、マチルダの仮説には一理ある。姉さんも想像できなかった思いの力、それはもしかしたら、義兄(にい)さんへの一途な――――


「……うん、そうだね。マチルダやアロマの言う通りかもしれない」


「へえっ?」


「…………」(ポカスカポカスカ)


 あたしは一度、姉さんと向き合わないといけない。そうでないなら、アダムの後見役にはなれない。


「行こう、墓参り。皆で」


「うしっ、そうこなくっちゃ。アイタタタ……」


「……当然」


 こうして、明日あたし達は姉さんの没した森へ、墓参りへ行くことになったのだった。


 ☆☆☆


「そういえばシャロン〜、その後アダムちんとはどうよ?」


「? 何が?」


「またまた~、とぼけちゃって。一緒に風呂にまで入る仲なんでしょう?」


「ちょ!? なんでそれを!? まさか」


「アダムちん、純粋でうらやましいわあ。お似合いのカップルじゃない」


「あ、アダム……あのバカ……」


「さあさあ、観念して吐きなさいな。アダムのこと、どう思ってるの〜?」


「……それは私も気になる。魔女とほうきの交わり、他に例がない」


「なっ!? アロマまで!?」


「さあ、さあさあ!」


「……さあさあ」


「ううう〜〜〜〜!! もうっ!!!!」


 こうして質問攻めにさらされ、うまく躱すことに力を使い果たしたシャロンは、この日何もする気になれず、ぐったりして眠りに落ちてしまったとさ。

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