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姉の形見にお世話される魔女

 姉さんの形見を強引に引き取ってから早ひと月。彼との生活も慣れ、今や一家族として穏やかな日々を過ごしている。


「おはようございます、シャロン様。本日もよいお天気ですね」


 今日も姉さんの形見ことアダムが、定刻にあたしを起こしに来てくれた。彼の爽やかな一声であたしはパチリと目を覚ます。


「おはよう、アダム。いい天気ね」


 窓から差し込む陽光と、遠くから聞こえる鳥のさえずりが心地よい。ここ最近で一番よい朝だ。


 顔を洗い、いつもの服に着替え、用意された朝食をいただく。ほうきが来るまでは抜いていた朝食だけど、こうして食べるとやはりおいしいものだ。


 朝食を終えた後は少し外を散歩し、戻って日中は研究に没頭する。途中で昼休憩を挟んだ後は再び作業を続行。辺りが暗くなった頃に作業を終え、寝るための一連の支度を整えて就寝。


 ここひと月はそのルーティンを繰り返している。おかげで以前よりも体調が良くなり、物事も上手くいくことが多くなった。


 みんなこのアダムのおかげだ。アダムはあたしが命じなくてもしっかり働いてくれる。というか、あたしが彼に命じたことは一度もない。


 主人でないにかかわらず、アダムは甲斐甲斐しくあたしの身の回りを綺麗にしてくれる。掃除、選択、食事の用意……どれをとっても一流の仕事ぶりだ。


 どうやって覚えたのかと聞いたら、姉さんの家に置いてあった本を読み、書いてあるとおりにやってみたらできるようになったらしい。


 驚くべき学習能力だ。世間で一流とうたわれるほうきでも、これほど凄くはない。あたしの姉は本当に、とんでもないものを生み出してしまったようだ。彼女の執念、恐るべし。


 学会に突き出したら文字通り世界を変えるだろう。それほどまでに、このアダムの出来は素晴らしいものだ。長年ほうき職人として生きてきたあたしが言うのだから間違いない。


 勿論、彼の凄さは学習能力の高さだけじゃない。会話するとき、相手のリズムに合わせて適切な言葉を投げることができる。おかげで彼と話す時はとても楽しいし、もっとお話したくなる。


 軽い世間話からコアな話まで何でもごされである。彼は興味深そうに聞き入ってくれるから、どんな話をしても変な空気になることはない。要するに、コミュニケーション能力が高いのだ。


 仮に、あたしがほうき作りの理論を話し始めたとしよう。ほうきがどのように作られるかは誰でも興味を持って聞いてくれるが、もっと専門的な講義になると大抵の者は興味を示さなくなる。その手の分野に進みたいと思わない限り、コアな話は受け付けないのだ。そんな暇もないしね。


 ところがこのほうき、まるでこれからほうき職人になりますと言わんばかりに熱心に話を聞いてくれる。相槌の仕方、質問のタイミング、そして何よりあたしの話に対する理解の早さ。もはや名人芸である。


 思えば死んだ義兄(にい)さんも、聞き上手な人だった。ここまでではなかったけど、やっぱりモデルにはしているんだろうね。


 とまあ、なんやかんやでこのひと月、アダムのおかげで楽しい日々を過ごせている。もはや、アダム無しの生活は考えられなくなってしまった。ああ、人生ってこんなに楽しいものだったのかぁ……なんて、アオハルなことまで思う始末でたる。


 このままずっと続けばいいのに……あたしは夢見心地の気分であった。


 ☆☆☆



「いやあかん、このままじゃあかん」


「えっ?」


 不意に初心を思い出し、あたしは思わず声を上げた。キッチンにいるアダムが、驚いた顔であたしを見ている。


 おかしい。一人前に育て上げるはずが、いつの間にかお世話される側になっている。今も、アダムの作ったケーキとお茶でくつろいでしまっているじゃないか。


 というか今までの時間を振り返ってみようよ。あたしがこの子に教える要素あったかな? これならどこへ出しても恥ずかしくないよ。てかケーキうま。


「アダム、恐ろしい子……」


「どうしたんですか急に」


 このほうき、無垢な顔ですっとぼけてやがる……いやとぼけてないんだろうけど、そんな風に見える。


「いや、このひと月一緒に過ごしたけど、世辞抜きでよくできた子だなぁと、感心してただけ」


「ありがとうございます」


 恭しく頭を下げるアダム。一挙一動無駄のない完璧なお辞儀だ。

 ほんと、どこで覚えたんだその動き。執事試験も問題なく受かるんじゃないか、こいつ。


「いつの間にか家事のこと、全部あなたに任せっきりにしてしまったね。申し訳ないよ」


「何をおっしゃいます。居候の身ですし、何より僕はほうきの身分。こうして誰かに尽くしてこそ、僕の存在意義が生まれるのです」


「そう……ならいいけど」


 姉さん、実はこの子に洗脳教育でも施してたんじゃなかろうか。本当に都合の良い魔導具じゃない。世間一般に出回ってるほうきなんざ、どこか欠陥を抱えてるはずなのに……。


 改めて考えるともったいないな。これほどの力を秘めているのに、家事しかさせないなんて馬鹿げてる。この子にもっと色んなことを教えたら、それこそあたしの研究を引き継ぐことだってできるかも……。


 この子には無限の可能性がある。お世話だけで終わらせてたまるものですか。


「あなた、ずっとそんなことして楽しい?」


「えっ?」


 少し、意地悪な質問をしてみよう。


「姉さんは怠け者だからずっとあなたに家事をさせてたんでしょうけど、あなた、これから死ぬまで一生そうして生きていくつもり? させてる本人が言うのもなんだけど」


「そうですね……」


 アダムは顎に手を当てて考え始める。こんな行動も、他のほうきではあり得ないことだ。


 やはり間違いない。この子には自律思考できる力がある。それがあるならば、研究者としてやっていくことも問題ない。


「……楽しい、というより安心します」


「安心?」


 これまた不思議な回答だな。


「ご主人様と過ごしていた時、僕が今のようにお茶とケーキを作って持っていくと、いつもお礼をしてくださるんです。ありがとう、って」


「まあそりゃあ、普通するでしょ」


「本で読んだことがあります。僕たち()()()()()の役目は、主人のために尽くすこと。それが当然であり、それ以上のことは何もない、と」


「ああ……他のほうきは貴方みたいに生物臭くないからね」


「僕は、それが受け入れ難いのです」


 へぇ、意外だ。


「そうなんだ、いつもほうきとしての役目云々言ってるのに」


「あれはまあ、一種の自己暗示みたいなものです。落ち着きたい時の応急処置としてご主人様が教えてくれました」


 姉さん、なんてもん教えてんだよ。いくら魔女でもそれはやばいぞ。


「普通のほうきなら、自分の役目に疑問を持ちません。僕はおかしいんです」


「アダム、それはちが――――」


「でも、ご主人様はほうきとして欠陥品な僕を認めてくださった。そばにいていいって言ってくださった。だから、ご主人様にいらない子って言われないよう努力しました。ほうきとしての使命を全くすることを第一としたのです」


 ――――そうだったのか。


 おそらく、アダムは姉さんがほうきを作るときに使った資料をたまたま読んで、他のほうきのことを知ったのだろう。そして、頭が良すぎるから色々考え込んでしまい、変な結論に至ったのかもしれない。


 姉さんも、アダムがそうなることは予想していたから、彼のメンタルをケアすることに最初は従事したのかもしれないな。


(それでここまで成長したんだから、姉さん、やっぱり凄いよ……)


 コミュ障のくせになぜか面倒見だけは良い姉さん。昔から他人の異常性を見抜く力は高かったんだよね。


 だからこそ、義兄(にい)さんの専属になれたのでしょうけど……


「だから、ほうきとして力を尽くしてお礼を言われるとホッとします。ああ、僕は間違ってないんだな、と……」


「なるほどね」


 あたしが素晴らしいと考えていたアダムの自律思考力も、アダムにとっては邪魔なものなのね。


「すみません、僕の身の上話など、不愉快なだけでしたね」


「いいえ、今までの中で一番有意義だった」


「そ、そうですか?」


「ええ、あたしはあなたにとても興味があるの。いちほうき職人としてね……」


「は、はぁ……」


 前言撤回、この子には色々教え甲斐がありそうね。

 このひと月あたしに尽くしてくれた礼として、色々やってみましょうか。


 ほうきのメンテナンスは、得意中の得意なんだから。


――――終わり?――――

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