困った一日
黄土色の空で、巨大なタカアシガニが笑っている。なんて嫌な眺めなのだろうか。
俺は吐きそうな気分をこらえ、どうにか道を進んでいった。目の前を、人間ほどの大きさのウルメイワシが高速ですっ飛んでいく。ぶつからないよう、慎重に歩いていった。
とうにか進んでいくと、今度は冷凍肉の塊が歩いて来る。狭い道ではあるが、冷凍肉にどく気はないらしい。俺は仕方なく、端に避けて道を譲る。
冷凍肉は、尊大な態度で道のど真ん中を通っていった。すると、肉の隙間からピクピク動く臓物らしきものが見える。俺は我慢できず、その場でゲロを吐いてしまった。
ふと顔を上げると、頭に電動ノコギリの付いた犬と、背中に三味線のくっついた猫が、びっくりした様子でこちらを見ている。直後、ひそひそと話し出した。「頭おかしい」「酔っ払い」などという声が聞こえてくる。
なんだか、無性に腹が立ってきた。こいつらは気色悪い姿をした生き物のくせに、人をバカにする気なのか。
「なんだお前ら! 見るんじゃねえ!」
怒鳴ると、慌てて逃げていく。俺は立ち上がり、どうにか歩き出した。
いつのまにか、風景は変化している。大根を振り上げた二足歩行のトカゲが、密林の中を勢いよく走っていった。俺はといえば、腰まで水に浸かりながら懸命に進んでいく。骨格標本のような見た目のビルが、沼のど真ん中に建っているのが見える。最上階の頭蓋骨からは、眼球らしきものが垂れ下がっていた。吐き気を催す光景だ。
その時、俺の頭上から巨大な足が降ってくる──
俺は、かろうじて躱した。這うようにして進み続ける。その横を、大量のウツボが猛スピードで通り過ぎていった。
もう少しだ。もう少しで、この地獄から解放される。
どうにか家に帰り着いた。すぐさま巨大カバの口に手を突っ込み、中にあるものを取り出す。超小型ロケットランチャーだ。大きさはピストルくらいだが、先端にはロケット弾が装着されている。
俺は、そいつを自分の腕に突き刺した。直後、トリガーを引く──
一瞬遅れて、目の前の風景が変化し始めた。巨大カバは冷蔵庫へと、ロケットランチャーは注射器へと変わる。
同時に、家の中のものも変わっていく──
・・・
一年前、俺は交通事故に遭った。酔っ払い運転の車が突っ込んで来て、派手にブチ当てられた。目撃者の話では、俺の体はすっ飛び地面に頭を打ったのだという。
それから二週間、俺は生死の境をさ迷った……らしい。俺自身は、全く記憶がないのでわからない。確かなことはひとつ、起きたら世界が変わっていたことだけだ。
目を開けた時、飛び込んで来たのは喋るカエルだった。巨大な二足歩行のガマガエルが、俺に近づいて来るのだ。当然ながら、びっくりして飛び起きた。だが、ガマガエルはなおも近づいて来る。俺は、あらん限りの声で喚き散らし手足を振り回した。
すると、腕を掴まれ何かを突き刺される。気がつくと、俺は意識を失っていた。
意識を取り戻すと、目の前にはガマガエルが立っている。俺は慌てて逃げようとしたが、体が拘束されており逃げられない。
そんな俺に、ガマガエルは言った。
「落ち着いて聞いてください。あなたは、脳の一部を損傷してしまいました。目に映るもの全てが、異常に見えるはずです」
何だと……呆気に取られながらも、俺は聞いてみた。
「な、治るんですか?」
「残念ながら、今のところ治療法ほありません」
それから半年間、俺は絶望の淵にいた。目に見えるもの全てが、異様な怪物に映るのだ。文字や数字はどうにか判別できるが、人間や車、建物や家具といったものは全て異様なものに映るのだ。
ある日、俺は考えた。違法な薬物のLITをやると、幻覚が見えると聞く。ならば、普段から幻覚が見えている状態の俺が薬物をしやったら、どうなるのだろうか。
まともな考えの行動ではないことほわかっている。だが、当時の俺は藁にもすがる思いだった。さっそく、ネットでLITを買ってみる。見よう見まねで、やってみた。
すると、どうしたことだろう……俺の視界は、正常に戻っていったのだ。
以来、俺の生活にLITは欠かせない。ヤク中がLITをやるのは、薬物により脳の機能を狂わせ幻覚を見るためだ。しかし、俺は違う。まともな生活をするためにLITをやる。
そう、俺はヤク中ではない。まともに生きるためには、LITが必要なのだ。
(注)念のため書きますが、LITなる薬物はありません。




