1人じゃない
「それでは汝に龍の秘術を授けよう」
「はい、お願いします」
老人に案内され一軒の家屋に入った。そこに入るとすべての窓、扉が閉じられ陽の光が遮られた。あまり周りが見えないこの状況で一体どうやって龍の秘術を教えるのだろうかと思っていると…
ボォッっと突然火が灯り暗かった空間を照らし出した。
「そうじゃな~まず教える前にこの程度の火の魔法を扱えるようになってもらわないとだの」
老人はそういいながら人差し指の上に灯した炎を見せてきた。煌々と燃える炎は力強く燃えていた。
「どうやればいいんですか?」
シュアは老人に向かってその魔法の使い方について尋ねた。魔法はそれぞれ扱えるものに限りがあるが努力次第ではつかえるようになるものもあった。シュアは魔法というものをあまり使ったことがなかった。なんせ旅をしているときは大体レニーショが魔法を使ってくれていたからだった。わざわざシュアが魔法を使えるようにならずとも既に使えるレニーショがいれば問題はなかったのだ。しかし、レニーショはもう傍にはいない…これからは何かしようにも自分で考えて自分の力でやっていかなければならなかった。そのためにはまず実践することだとレニーショから教わっていた。何事もまず挑戦だとそう教わっていたのだ。しかし、挑戦しようにも老人が出した炎の魔法なんか知るわけがないので先にどのようにすればいいのか聞くことから始めた。
「お主、魔法の類は何ができるんじゃ?」
「わかりません」
「わかりませんと来たか…お主は魔法を扱ったことはあるのかの?」
「いえ、いつもレ二さんが使ってくれてたので私は魔法を使う必要がなかったんです」
「そういうことだったのかの…お主の連れだったものが魔法の扱いに長けておったからお主は何も困らなかった…そういうことかの?」
「はいそうです」
「ふむぅ…それではまず魔法の扱いからかの儂はゆっくりで構わぬがお主はどうじゃ?」
「急ぎの用はありませんがあまり長居するつもりも…」
「そうか、なら便利なものをいくつか教えておこうかの」
「そうしていただけると助かります」
「なに、これから旅立つ同胞が外の世界で不自由なくとおもっての行動じゃ。礼など要らぬよ。でも、お主が気が向いた時にでも帰ってきてくれると嬉しいの」
「わかりました。旅の途中に近くを通ったら寄り道しようとおもいます」
「ほほう、そうかそうか。それなら儂も長生きする楽しみができたというものじゃの」
老人は嬉しそうに微笑み本棚から一冊の書物を持ってきた。その本にはレニーショが使っていた魔法も何種類か載っていてどのように使うのかについて詳しく書いてあった。シュアは本に書かれているとおりに数日間魔法の練習をした。
「できました!」
シュアがその指先に老人のように炎を灯すと老人は満足そうに微笑んでいた。
「うむ、上出来じゃ」
老人も指先に炎を灯しそれをシュアの指先に近づけた。二つの炎は重なり一つとなった。
「同調完了じゃ。これで準備は整った…儂の後に続いて詠唱をするが良い」
「はい!」
「朗らかに照らす陽の光、龍の吐息はすべてを癒す…陽炎息吹」
「えーっと朗らかに照らす陽の光?龍の吐息はすべてを癒す…陽炎息吹」
詠唱を終えると両者の手から暖かな光が溢れていた。
「上出来じゃの。まさか一発でできるようになるとは…出来の良い娘じゃ」
「この龍の秘術っていうのはどういうものなんですか?」
「おぉそうじゃったな。簡単に言うと今出ておる光を傷口に当てることでその傷を癒すというものじゃ。怪我人が生きてさえいればどんな傷でも癒しおる。儂らはそうして古の三龍から生き延びてこの里に隠れ住んだのじゃ」
「そうだったんですね」
「娘よ名を聞いてよいか?」
「あっ、そうでした。ちゃんと名乗ってなかってですね。私はシュアです。おじいさんは…」
「儂はドラゴ…竜の里の長、ドラゴじゃ」
「ドラゴさん、ありがとうございました」
「よい。儂もこうして賑やかな時を過ごせて良かったと思っておる。もう旅立つのかの?」
「はい。私にはやらなくちゃならないことがあるので」
「そうか。では汝の旅路に祝福があらんことを願っておるのじゃ」
「それでは失礼します」
シュアはドラゴに別れを告げ竜の里を後にした。竜の里からの出かたもドラゴに教えてもらったので問題なかった。レニーショが思い描いた世界、その実現のための第一段階…人種研究。それをやりとげることがシュアがまずやるべきことだ。一人寂しい旅になるかもしれないが彼女は歩みを止めない。だって空からレニーショが見ていてくれるのだから…
「わ、私のことについては以上です」
「なるほどね。シュアちゃんの過去にそのようなことがあったとは…気の毒だったね」
ガリズマらはケントが意識を失っている間、シュアのことをよく知ろうと話していた。シュアはこの街に人種研究をしに来たのだが運悪くエデン商会に捕まりケント達に助けられたということらしい。
出会ったばかりのベリルの傷を無償で治したのもレニーショのように目の前で誰かを失いたくなかったとういわけだ。
「それでシュアちゃんはこれからどうするんだい?」
「私は…また人種研究のために旅をしようと思います」
「そうか…なら、一つ提案があるんだけど…」
「提案ですか?なんでしょう」
「私たちのギルド【ガベラ】に入らないかい?」
「私が…ギルドにですか?」
「あぁ、悪い話じゃないと思うんだ。冒険者はいろんなところへ赴き好きなことをやる。一人でできないこともみんなでやればできるようになるってね。私もベリルも君のおかげで今こうしていられる。だから、お礼とは言わないけれどシュアちゃんの研究のお手伝いをしたいんだ」
「で、でも…私弱いし…」
「おいおい、弱いならなおさら仲間とつるむべきだろ。強くなりたいならこの俺、ベリル様が鍛えてやんぜ」
「ベリルもこういってることだしさどうかな?」
「私は…」
「ねぇ、それって私たちはどうなるのよ?」
シュアとガリズマたちの会話に割って入ってきたのは梨衣だった。胸の前で腕を組みなんか偉そうな感じだった。そんな彼女をなだめるようにカイザさんが梨衣を止めようとしていた。
「勿論君のたちも入りたいのなら歓迎するよ。仲間が増えることはいいことだよね」
ガリズマは梨衣の言葉に何か問題でもといった顔で快く返事を返していた。
「なら、儂も入らせてもらおうかの」
「ちょっ、マジかよ。爺さん冒険者は引退したんじゃないのか?」
「確かに一度は引退したがケント殿と話してまた儂の冒険心に火が灯ってしまっての…やはり儂は根っからの冒険者だったって思いだしたんじゃ」
「まさかあなたがそういうとは予想していませんでしたが歓迎します」
「ほれ、嬢ちゃんはどうするんじゃ?」
シュアは考えていた。ガリズマの提案はありがたいことだった。彼らのように実力のあるものと旅ができるのであればシュアの研究もはかどるだろうと思っていた。でも…またレニーショのように親しくなって失うのが怖かった。シュアの力不足でまた目の前から大切な人が居なくなる状況を味わいたくなかったのだ。
「私は…」
「あ!?主様が起きた~」
家中にトーナの声が響き渡った。その声にガリズマとベリルは急いで向かおうとしていた。
「ケントの野郎、やっと目を覚ましやがったか…」
「そうみたいだね。シュアちゃん、今すぐに決めることはない。答えはゆっくりで構わないよ」
「あの!私もギルドに入ります」
シュアはケントの元に向かおうとするガリズマに向かってそう告げた。シュア自身もどうしてそんなことをしたのか分からなかった。迷っていた彼女に決断をさせたのは竜の里の長であるドラゴの言葉と仲間のために傷ついたケントの姿だった。
”確かにその時に龍の秘術があれば状況は変わっておったじゃろう。過ぎ去った過去は変えられぬ…お主が歩んできた過去はそうなるべくして起きたもの…しかし、この先の未来新たに助けたいと思えるものが現れるかもしれぬじゃろ?”
ケントさんは仲間のためならまた傷つくのをためらわない。そういう人のようだった…ガリズマさん達はいい人だ。それはここ数日一緒にいて伝わってきた。彼らに助けられ彼らを助けたいと思えた。だから無意識に口から言葉が出ていた。
「あぁ、歓迎するよ。ようこそギルド【ガベラ】へ!ケント君が目を覚ましたみたいだから様子を見てくるよ」
そういってガリズマとベリルはケントの部屋がある方へと向かっていった。新たな仲間…レ二さん、あなたの願いは私が引き継ぎます。非力な私にも素晴らしい仲間ができました。どうかこれからも私のことを見守ってくださいね…とシュアは心の中で語り掛けるのであった。




