竜の里
「地図によるとここら辺に竜の里があるんだけど~」
地図に隠された謎を解き明かしそれが示す場所へとやってきたシュアだったがそれらしきものはどこにも見当たらなかった。
「あ~もう、また謎解きかなにかかしら」
地図に隠されたメッセージがあったことを踏まえるとこの場所においても何か謎が隠されているのではと考えてしまう。先程はそれらしきものと表したがこの場所に何もないわけではなかった。この場所にあったのは小さな祠とコケに覆われた龍の像だった。さながら龍を祭る祠といったところだろう。竜の里が近くにあるといわれるとなんとなく納得がいってしまうような代物だった。しかしながら古の三龍を恐れていると思われる竜亜人たちがこのように龍の像を祭ったりするだろうか…彼らにとって龍とは神という存在ではなく、自分の命を狙っているかもしれない恐怖の象徴でもあるだろうに…そんな存在をこのように祠に祭るのは考えられなかった。
「この像、手入れもされずにずっとこのままなのかしら」
シュアが龍の像についているコケを取り除きどのような像なのか確認する。シュアも竜亜人ではあるが彼女の記憶に古の三龍の記憶など一切ない。そのような記憶は本来ならば親から子へと語り継がれるものなのだろうが生憎幼少の頃の記憶もなく、両親も誰かも知らないシュアにとっては無縁のことだった。
像にこびりついていたコケを取り払うとそれなりに立派な石像が露わとなった。細部まで綺麗に切り抜かれていて並みの石工の腕前にしては素晴らしい出来だった。
「綺麗な目…」
シュアはそんな石像の造形の中で一際異彩を放つ目にくぎ付けとなった。何かのガラス材をはめ込んでいるのかそこだけは別の素材で作られているようだった。見る角度を変えると赤や黄色、青などと様々な色に変化するそれは光り輝く宝石のようであった。暫くその目に見惚れていると突如その目がキラリと輝いた。集中してみていたシュアにとって突然の発光はちょっとしたダメージとなり暫く目を開けることができなかった。
「目が急に光るなんてびっくりするじゃない」
突然の裏切りにすこし文句をいいながらシュアは自分の目を擦っていた。徐々にぼやけていた視界もクリアになりつつあり、もう一度石像を見てどうなってるのか調べようとした。
「おぉ~よくぞ帰ってきおった。我が同胞よ、無事で何よりだ」
「え?」
背後から聞き覚えのない声が聞こえた。それが自分に対して語り掛けられているのだと気づくのにはもうしばらくかかったのはここだけの話…まだハッキリとしない視界で背後の声をかけてきた存在のほうを振り向く。そこに立っていたのはお爺さんだった。
「帰ってきた?って誰のことですか?」
「お主じゃよ、我が同胞よ。まだ幼いようじゃがここまでの道のり大変じゃったじゃろ。ささ、儂の家にてゆっくりしていくといい」
「あ、はい。お心遣い感謝します」
老人の言い分はよくわからなったが、彼の見た目が自分のそれと似通っていたことから彼が自分と同じ竜亜人であると気づいていた。竜亜人がいるとなるとここが竜の里ということになるが一体どうなっているのだろうか。石像の光に目がくらんでいる間のほんの数分の内に自分が瞬間移動したとでもいうのだろうか…いや、ここは地図の時と同じように何かしらの謎解きをこれまた偶然解き、そのギミックを解除した結果だということだろう。偶然の賜物とはいえ話がいいように進みすぎている気がしてならなかった。
「あの、少しお聞きしたいことがあるんですけど~」
「同胞よ。焦る気持ちはわかるが茶でも飲んでゆっくりしてからでも構わんだろ?」
「それはそうなんですけどここに至るまでの経緯がとんとん拍子にいってしまっててもう頭の中がごちゃごちゃなんです。だから、ゆっくりしようにもまずは頭の中の疑問符を消し去ってからにしたいんですけど~ダメですかね?」
「そういうことじゃったか。そうとあれば何なりとこの老いぼれに聞いてくだされ」
「ありがとうございます。では、ここはその~竜の里ですか?」
「勿論じゃ。ここはお主が言う通り竜の里と呼ばれた場所じゃのう」
「竜の里と呼ばれたって今は違うんですか?」
「今も竜の里であることに変わりはないんじゃ。しかし、そう呼ばれておったころに比べてこの里は廃れてしまったのじゃ」
「廃れてしまったってどういうことですか?」
「この里にはもう儂以外に竜亜人は残っておらんのじゃ」
「え!?どういうことですか」
「言葉の通りの意味じゃが?皆外の世界へと危険をかえりみず出て行ってしまった…儂はそのような危険なことはしとうなかったのでな、お主のように里に戻ってきてくれるもののためにこうして里に残っておったのじゃ」
「そうだったんですか…それじゃあお爺さんが竜の里にいる最後の竜亜人なんですね」
「左様じゃ。しかしお主のように里に帰ってきてくれるものがいて儂は嬉しく思っておる。長年一人で生きてきて孤独というものに慣れたと思っておったがやはり誰かとこうして話すのはいいことじゃのう」
シュアのことを見てほほ笑む老人に少しばかり申し訳ない気持ちになった。今、私がココにいるのは彼がいうような里帰りというものではない。確かにこの里を訪れたのは自分の種族、竜亜人というものについて知るためだったのだがそれを里帰りとは言わないだろうし、そこまで長居するつもりもなかった。
「あの先に話しておくんですけど…私がここに来たのは私の種族が何なのか知るためなんです」
「それはどういうことなんじゃ?竜の里への行き方はかつて里にいたものしか知らないはずじゃが…」
「竜の里の場所はこの本に書いてあった地図でなんとなくあたりをつけて探しました。お爺さんのいう行き方というのに水で浮かぶ文字やら太陽に翳すことであらわれる印が入っているのかは知りませんが偶然それらを見つけることができたので今こうしてここに居ます」
「偶然にして余程運のいい娘じゃのう。それらについては隠字の謎に気付きさえすればどうにかなるからいいが最後の石像の仕組みについてはどうしたんじゃ?」
「えーっとあれってどういう仕組みだったんですか?」
「まさかそれも偶々だというのか?」
「は、はい…」
お爺さんは信じられないといった顔で私のことを見てきたが正直こうしてこの場に来れたことを私自身も奇跡だと思っている。神のお導きと言わないまでもレニさんが空から見てて私を助けてくれたのだとは思っていた。
「しかし、石像の仕組みを潜り抜けこの里に至ったということはお主が我が同胞ということじゃ」
「あの石像の仕組みってなんだったんですか?」
「あの石像の目には竜亜人の目の虹彩によって結界の侵入を許すか否かを決める魔石がはめ込まれているのじゃ。虹彩とはそれぞれちがうものなのじゃが、竜亜人のはその違いがある中で共通の模様みたいなものがあるらしくてな。それをその魔石が検知すると発光し結界内部へと入れるのじゃ」
「そういうことだったんですね」
お爺さんの説明を聞いてあの突然の光の謎が分かった。にしても私が竜亜人でなかったのならそもそも竜の里には入れなかったと感があるとなると恐ろしい。もしそうなればいつまでも探し続けることになりそうだった。
「でもしかし、お主がこの里に帰ってきて良かったのじゃ。まだ若いようじゃが親御さんはどのようになさっておるのじゃ?」
「親…ですか?私にはそのようなものはいません。いえ、いませんではなくて知らないというところでしょうか…」
「それは親がお主のことを捨てたということかの?」
「わかりません。幼きころからずっと一人だったので…」
「それはそれはさぞ寂しかったじゃろう。でも、安心せい。ここに居れば少なくとも儂がいるからのう」
「それについてなのですが~ここには長居しないつもりです」
「な、なんでじゃ?外の世界にいってどうするというのじゃ。お主を捨てた親でも探すのかの?」
「親を探す…か~そんなこと考えたこともありませんでした。私が外に行く理由は恩人の夢を叶えるためです。その人は一人だった私に居場所をくれました…生きるための知恵をくれました…人のぬくもりをくれました…」
「そうか…お主には外の世界でお主の帰りを待つ者がいるのじゃな」
「いえ、その人はもういません。ここにくる途中見知らぬものに体を撃ち抜かれてしにました…」
「それはなんと残酷な…しかし、即死ではなかったのじゃろ?それなら龍の秘術を用いれば救えたはずじゃが~」
「龍の秘術?それはなんですか。それがあればレ二さんはしなずにすんだのですか」
老人の発言にシュアは食いついた。あの場でもし自分に何かできることがあったらとそう思い続けていたのだ。
「龍の秘術とはあらゆる傷を癒すものじゃ。その者に息があればたちまち元気になったじゃろうな」
「そんなものが…あったんですね」
「そうか…お主は親からそれについて教わっていなかったのじゃな」
「はい…」
「どうじゃ、今からでもその術を身につけるつもりはあるかの?」
「身につけてもどうしても助けたかった人はもう…」
「確かにその時に龍の秘術があれば状況は変わっておったじゃろう。過ぎ去った過去は変えられぬ…お主が歩んできた過去はそうなるべくして起きたもの…しかし、この先の未来新たに助けたいと思えるものが現れるかもしれぬじゃろ?」
「そ、それは…」
「なにがどうあれ現実をみることじゃな」
老人の言葉にもうそれ以上何も言うことはできなかった。
「で、龍の秘術はどうするのじゃ?身につけておいて損はないはずじゃ。二度と同じ状況を繰り返さないためにも身につけておくといい」
「お爺さん…その秘術について教えてください!」
「うむ、よかろう。久しぶりの同胞との会話じゃった。随分と楽しませてくれたお礼をせねばいかんからのう」
老人はそういうと立ち上がり移動し始めた。シュアはその老人の後を何も言わずについていった。




