隠されたモノ
あれから数日が経過した。レニーショの書記と共に竜の里へと向かったシュアはただひたすらに前へと進むことだけに意識をもっていくようにしていた。すこしでも後ろを振り返ればレニーショのことが頭をよぎり前へ進むことができなくなってしまう。それは大切な恩人をなくしたものであればしょうがないことではあるが今の彼女にとってそれはただの障害となることであった。非情な娘?いや違う彼女はレニーショのことをこの数日間一刻も忘れたことはなかった。だからこそこうして前へと歩んでいるのだ。レニーショの叶わなかった願いを自分が実現にすべく進む。それが無力な彼女にできる唯一のことだったのだ。
「本によればここら辺に竜の里があるはずなのですが…どこにあるんでしょう」
シュアは竜の里への地図と睨めっこしながら周囲を見渡したがそれらしきものは見当たらなかった。見当たるのは背丈が不揃いの雑木林のみで人が出入りした形跡などあるはずがなかった。
「やはり嘘の情報だったんでしょうか…」
心の隅にわずかばかりあった疑念が浮き上がってくる。それはそもそも竜の里というものが存在しないということだ。あの商人が嘘を吐いたとは考えてはいない。ただ商人がこの情報を得ていたのなら真っ先に自分自身がその地に赴き新たな商売の足掛かりにしているだろうと考えていたのだ。でも、それをしていないということはこの辺りに竜の里があるという情報を持っていただけで確証はないという現実だった。
「こんなデマのためにレニさんは…うぅぅ…」
シュアは堪えていた涙がポツリまたポツリと頬を伝い流れ始めた。ただ一心にこの場所に竜の里があるとそう信じることで亡きレニーショのことを頭の隅に追いやっていたがそれが存在しないとなると隠していた思いが膨れ上がり涙となって零れてきたのだ。
「レ二さん…レ二さん…私はどうしたらいいんですか」
その場に立ち尽くしボロボロと大粒の涙を流すシュア、しかし何度呼び掛けてもその呼びかけに答えてくれる存在はもうこの世にいない。雑木林の中、少女のすすり泣く声だけが響いていた。数十分ほどが経過したころようやく心の整理がついてきたのか落ち着きを取り戻しこれからどうしようかと考え始めたシュアが見る景色がさっきまでと何か違っているように見えた。涙を流して幾分か気が楽になったものとは違うもの…それは彼女の手に握られた竜の里への地図に見覚えのない文字が浮き出ていたのだ。その文字はこう書かれていた。
”天を仰げば我らが祖、いつ我らの命を消すかを高みの見物す。我らが居場所は陽のないところであるるべし”
「これはどういう意味なんだろう…天を仰げば我らが祖?これって古の三龍のことかしら…で"我らが居場所は陽のないところであるべし"ってのは竜の里は陽のないところ…地面の下とか洞穴とかかしら」
シュアはその浮き出た文字を参考に竜の里がここら辺の陽がささない場所にあるのではないかとあたりをつけた。目に見える範囲で陽があたらないところでいうと周囲にある不揃いの雑木林の中とかだろうか…でも風に揺れてしまえば時折陽がさすだろうし…でも、今はそこを探してみるほか手がかりがない。くよくよしているとまたレニーショのことが頭をよぎってしまいそうになるためとにかく行動に移そうと雑木林の方へ歩き出した。
雑木林の中へと入ったがただ木々が生い茂っているばかりで他になにかがあるというわけではなさそうだった。足元をチクチクとさす雑草がうざったいことこの上なかった。ここのほかに陽が当たらないところとなると地面の下くらいしか思い当たらないが周囲に掘った形跡などありはしなかった。もしあったとしても竜の里ができたのがいつかはわからない以上それが竜の里への入口となってる保証はどこにもない。また振り出しに戻ってきた。原点回帰、もう一度竜の里の地図を開く。さっきまで浮かんでいた文字は掠れて読みづらくなっていた。
「この文字どういう仕組みになってるんだろう」
ふとした疑問だった。最初は何もなかったのにどうして急に現れたのだろうと当然の疑問が湧いたのだ。今はまた消えかかっている文字、この地図にはなにか隠された仕組みがあるのではと思った。文字があらわれる前と後で起きた事柄と言えばレニーショの死を嘆き、涙を流したことくらいだろうか…
「涙…涙…水!もしかして…」
シュアは思いついたことをすぐさま行動に移した。鞄の中にしまっていた飲料を持ち出し数滴手にしたたらせてそれを地図にたらした。すると消えかかっていた文字がくっきりはっきりと浮き出たのだ。
「やっぱりそういうことだったのね。でも、どうしてこのような手のこんだ仕込みをしているのかしら」
シュアが思ったことは最もだった。地図に水をかけることで竜の里に関するヒントが浮き出るなんて最初からしっているかシュアのように偶然気づかない限り意味のない情報となる。そうまでして竜の里を隠蔽する理由があるのだろうか…
「あ、”天を仰げば我らが祖、いつ我らの命を消すかを高みの見物す”って古の三龍が竜亜人の命を狙っていたというなのかもしれないわね」
そう考えればなんとなく理解できる。もし万が一古の三龍の手にこの地図が渡ったとしてもそう簡単に竜の里へと至らせないようにする仕組みと考えればこのようなまわりくどいやり方も納得がいく。でも、この文字どおりに探しても竜の里はなかった…まだほかに何か隠されたことがあるのだろうか。
「陽がないところ~陽のないところ~」
シュアは地図を両手で持ち浮き出た文字が意味することを考えていた。特に気になったのが”陽のないところであるべし”というところだった。シュアは文字どおり陽がささない雑木林の中のどこかに竜の里への手がかりがあると思ったのだが、それがそういう意図ではなかったとするとどうであろうか。
シュアは何気なしに地図で太陽を遮ってみた。
「こうすれば日陰ができるわよね~ってあれ、なんか地図に印がある!」
陽の光を透かして見た地図にはある一点に書いてなかった印が浮き出ていたのだ。その場所は今いるこの場所よりすこし移動したところであったがそこまで遠いところではなかったのですぐさま行くことに決めた。
「”陽のないところであるべし”ってこういうことだったのね。地図で太陽を隠してしまえば確かに陽のないところになるもんね」
これまた偶然の賜物ではあるが地図の謎をまた一つ見つけることができた。地図に記された印の場所が本当に竜の里なのかは行ってみないとわからないが兎に角そこに行かないことには真相はつかめない。シュアはまた前だけを見据え歩みを進めた。




