繋ぐ思い
「レ二さん大丈夫かな…」
シュアは来た道を戻りつつレニーショのことについて考えていた。
あの時はレ二さんが俺に任せろって言葉を信じて先へと進んだけど~あのいつも頼りなく研究以外においてはダメダメな人があんな大人数を相手に生きていられるとは到底考えられない。私自身も戦闘ができるような技術や魔法を持っているわけではないけれどいつもそんなダメダメなレ二さんの側でサポートしてレ二さんがどうしたいっていう考えをよむのには慣れているから多少なりにお役に立てる…はずよね。
「急ぐのよ私!」
色々と頭の中で考えを巡らせている自分を鼓舞してレニーショと別れた場所へと急いだ。
「あれ?シュアちゃん」
「レ二さん!?」
「まだこんなところにいたのかい?てっきりもっと先にいるものだと思っていたんだけど~」
「レ二さん、盗賊は…どうしたんですか?」
「あ~彼らね。なんとか倒して魔法で拘束することができたよ。いや~久々の戦闘はきつかったな~あはは」
私は笑っているレニーショを見て少し安心したのと彼の姿を見てどんな攻防があったのかを予想した。レ二さんの服は土汚れがあちこちにありレ二さんの顔には血の跡がうっすらと残っていた。それがレ二さんの物かは定かではないけれどぱっと見では傷ついていないように見えるので盗賊たちの返り血だということにしておこう。
「レ二さんって結構やるときはやるんですね」
「そりゃ、俺の本分は人種研究だけれどそのほかにも興味をそそられたものは色々と習得してきたからね。実践で扱うことは少なくてもそこらの盗賊には負けたりしないよ」
「そうだったんですね」
「あ~もしかしてシュアちゃん、俺のことを心配して戻ってきた感じかな?」
「そ、そんなわけ…」
「そうか~俺ってそんなに頼りないか~すこし落ち込んじゃうな~なんて」
「頼りないのは否定しません」
「うぐっ、そこは否定するところじゃないかな」
「いえ、レ二さんが頼りがいのある大人であれば私なんてお傍にいなくても大丈夫ですよね?」
「あはは、まぁでも一緒に旅しながらってのも悪くないでしょ?」
「それは~そうですけど~」
「それじゃあ先を急ごうか」
「そうです…きゃっ」
それは唐突に起きた出来事だった。一筋の閃光がレニーショとシュアのもとに轟いた。バチバチと小さな火花を散らしてシュアの目先には人の腕のようなものが何かを掴んでるような状態で浮遊していた。
「一体なにが…レ二さん大丈夫です…か…」
「うぅぅぅ…」
「レ二さん!?」
シュアの目に映りこんだのはまるで何かに撃ち抜かれたようにその胴体にぽっかりと穴を開けそこから血を流すレニーショの姿だった。
「レ二さん!レ二さん!」
シュアはすぐさまレニーショのもとに駆け寄りその傷口を塞ごうと鞄から布切れを取り出し傷口に当てた。だが、そんなことなど無意味だと言わんばかりに傷口からは深紅の液体が流れでて布切れを染め上げる。次から次へと持ちえるすべての布切れをあてがっても血が止まることはなかった。
「あらあら、そんなにがんばっちゃって可愛らしいことね」
傷を負ったレニーショの応急処置をしている最中、上空から誰かの声が聞こえた。
「あの、助けれくれませんか?レ二さんが…いえ、連れが原因不明の大けがをしてしまって…血がとまらないんです」
シュアは必死にその誰かもわからない声の主に助けを求めた。その際にもレニーショの傷口に布切れをあてその存在をみることもままならないほどレニーショの傷口は大きかった。
「あら大変そうね。私ならすぐさまその方を楽にしてあげられるわ」
「ほ、本当ですか?」
シュアはその何者かもわからない存在の思いもよらぬ提案にパッとその声の方を見上げた。そこにいたのは右腕がなく不気味な笑みを浮かべた女だった。何かの魔法を使っているのか足は宙に浮いていてシュアとレニーショのほぼ頭上にいる状態だった。
「あなたは…」
「私はウツロ…あなたの大事なその人の…”強き意志”を奪うものよ」
「え?」
女が何か叫んだかと思ったらシュアの近くにあった腕のようなものが何かに手繰り寄せられるよに動き始めた。そして…
「うっ…」
それは勢いよくレニーショの肉体を通り抜け宙を浮く女の右腕にくっ付いた。あたりにはレニーショの血が飛散しレニーショの体はその腕が通り抜ける際の勢いで吹き飛び無残にも地面に転がっていた。
「レ二…さん」
「アハハハハハ、ほうら楽になったでしょ?大地属性の魔法、不破の剣であそこまで強い思いを持っている人を見るのは初めかしらね。我が主の命令に含まれてはいなかったけれどいい収穫をしたわね」
「レ二さん…レ二さん…起きてくださいよ」
「あら、そんなことをしても意味ないわよ。もうその肉塊に意志というものはないのだから」
高らかに笑うウツロと名乗った女はレニーショの側で必死にどうにかしようとするシュアを見てゲラゲラと笑っていた。
「こんなこと…」
「そうよね。急に目の前で人がしぬなんてあるわけない…なんて言えないわよね~だってあなたの目の前で今!起きたことなのだから」
「そんな…」
「アハハ、いや~いいものが見れて私も気分がいいわ。私の命令に魂を奪うっていうことはないから退屈してたのよね~でも、この強い意志の結晶は主様もお喜びになられること間違いなしだわ。私がもちかえるのは魂ではないし~一人くらいやっちゃっても怒られないわよね。いい土産もできたことだし私は帰るわね。じゃあね~」
高らかに笑いながらウツロと名乗った女はどこかへ飛び去ってしまった。
「レ二さん…」
残されたシュアはピクリとも動かないレニーショの亡骸を抱いて悲しみに暮れていた。頬をツゥーっと涙が流れ大切な人を失った悲しみと己の無力を嘆いた。どうしてレ二さんが…と頭の中で疑問符が次から次へと湧きあがりその一つ一つの解に自分自身の無力が関係しているのではと自分を責め立てた。私と出会いさえしなければこうやって旅をすることもなくレニーショが死ぬことなんてなかった…とただ自分を責めることしかできなかった。
バサッ
悲しみに暮れるシュアの荷物から一冊の本が地面に落ちた。それはレニーショが日頃から研究の成果を書き留めてきたものだった。今までレニーショが自分の目でみてあらゆる本を読み漁り得た情報の集合体とも呼べるそれを盗賊らから逃げる際にレニーショから託されていたのだ。
シュアは静かにその本を荷物の中にしまおうとした。これはレニーショから託された大切なものなのだ。汚したりしてはレニーショに申し訳ないと思った。
しまおうとしたその時手にした本の開いた頁に目がとまった。そこには…
”皆が仲良く人種の垣根を取り払った世界を目指したい”と書かれていた。レニーショがかねてから言い続けていた最終目標だった。
「レ二さん、この本…どうしましょう。まだまだこの世界にはたくさんの種族の人たちがいるんですよ。その人たちのことも書き記さないとじゃないですか…ねぇ、レ二さん…」
シュアはレニーショの本を抱きしめながらレニーショに問いかけた。それに対する返事が返ってこないとわかっていても問わずにいられなかったのだ。涙でいっぱいになった目を拭いレニーショの本を眺める。本当にたくさんの種類の人種について書いてあった。レニーショとともに旅してきた中で見たものも見受けられた。そして最後の頁…正確には今現在書き記されている頁ではあるがそこにはシュアの人種と思われる竜亜人について途中まで書かれていた。そしてその最後の方には薄い筆跡で"竜の里にてシュアちゃんとともに真相に迫る"とメモ書きがされていた。
「これは…レ二さんこの本、私が預かりますね」
シュアはレニーショの本を抱きしめもう動くことのない亡骸にそう呟いた。
「当初の予定どおり竜の里に向かいます。そして私が本当に竜亜人なのか調べてきます。そのあとは私たちが知らないこの本にも書いていない種族について旅をして記していきますね。レニさんが成したかった世界…私が実現できるようにがんばります。ねぇレニさん…あなたと会えて…本当に良かったです。頼りなくて何もかもダメダメな人でしたけど亜人と常人…皆が仲良く生きられる世界を目指して研究に没頭するあなたの姿は素敵でした。そんなあなたの願いを私が引き継ぎます。見ててくださいね」
レニーショの亡骸を丁寧に埋葬してシュアはその場を後にした。その行く先は竜の里…己の種族がいると思われるその場所を目指してシュアは一歩また一歩と歩みを進めた。
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これよりはレニーショの著書の一説である
"我が行いの結末が一人の少女の幸福となるならば、この愚かなる私の人生も…願いも…満たされるだろう。皆が笑い合う世界、素晴らしいではないか。皆が仲良く人種の垣根を取り払った世界を目指したい"
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