意志の結晶
「さぁ、大口をたたいたんだそれなりに楽しませてもらおうじゃないか」
「ふむ…戦闘を楽しむときたか…」
「あぁ、そうさ。お互いが命を賭けて殺し合う。戦闘とは生きている者にとっての最高の娯楽だろう?」
「すまないが俺にはその考えは理解しかねるな。大した理由もなく楽しいからと命を賭けるのは愚かではないか?」
「フッ、そうかよ。別にあんたに理解してもらおうなんて思っちゃいないさ。戦うための理由があんたには必要か?それなら…あんたが負ければあの小娘を好きにさせてもらおうか。散々弄んだ後には奴隷商にでもうっぱらってやるさ。どうだ…ただのとおせんぼではすまなくなったか?」
「先ほども言ったとおりこれより先へ…シュアちゃんの元へは行かせないよ。だから君が言うようなことは決して実現しない。無理にでも先へ行こうというのなら戦闘もやむなしだね」
「なら…行くぜ!」
盗賊の親玉は背中に背負っていた大剣を振りかぶり一気に距離を詰めてきた。あれだけの大剣をいとも簡単に扱う彼の実力はそれなりのものだろう。対してレニーショもその動きに対抗する手立てを実行する。レニーショはそれなりに魔法というものが扱えた。人種の研究において様々な書物を読み漁り魔法の扱い方なども数々読んできたのだ。先程、盗賊の目くらましに用いたのは光の魔力によるもので指先から光源を生み出すものだった。夜遅くに蝋燭の火だけでは物足りないと思いなんとなく練習して身につけたものだった。普段はその明るさを調整して長時間照らし出すことができる光源にするのだが、さっきのように光源の効果時間を極端に短くすることで明るさを極限まで高め、相手の視界を奪うといった応用もできる。しかし、一直線に突っ込んでくる敵に光で目くらましなんてしてもあまり効果はない。最悪手当たり次第にその大剣を振り回されてしまえば運悪く攻撃が当たってしまう可能性だってあるのだ。だから、今準備しているのは物理的に効果のある魔法だ。それは光属性ではなく大地にまつわる魔力で地形を自在にあやつるものだった。
「くぅらぁえぇぇぇ」
盗賊の親玉が大剣をレニーショ目掛けて振りぬいてきた。あと数センチでレニーショの肉体が真っ二つに切裂かれようとしたとき、ガキンと音をたてて盗賊の親玉が持っていた大剣が宙を舞った。
「なに!?」
「間に合ったか…」
グサリと地面に突き刺さった大剣と目の前の光景に驚く盗賊の親玉とレニーショの間には人を覆い隠せるくらいの土壁ができていた。それがレニーショが準備していた大地属性の魔法…不破の盾だった。
「ほう、大地属性の魔法か…そんな使い方は初めてだぜ」
「確かにこの不破の盾は戦場での防壁として扱われることの多いもの…通常は事前に設置しておくのが普通かもしれないね。でも、そんな既存概念を捨て去り柔軟な思考で扱えばこのようなこともできるんだ。間一髪だったのは思いのほか君の動きが良かったみたいだね」
「オイオイ、戦闘中に相手を褒めるとか余裕ぶっこいてんじゃあねぇよ。俺らは今、命の取り合いをしてんだ。その余裕がいつまで続くか楽しみだぜ」
「別に君を侮っているわけではないよ。冷静に戦況を見据えているだけのこと…怒りなんかの感情任せに振るう力では完全なる勝利は得にくという考えさ」
「フン、ほざいてろ!今にその体をぶった切り命乞いするてめぇを徐々に苦痛を与えながら殺してやる。そのあとは逃げた小娘も同様にだ」
「奴隷商に売りさばくのではなかったのかい?」
「気が変わったのさ。たまには悲鳴を浴びるのも悪くねぇからな」
「悪趣味だね。この街を訪れた時から違和感があったのだけれど~他の街と比べてこの街は君のような悪人が闊歩しているのはどうしてなんだろうか?」
「知らねぇよ。この街は他の街から追いやられた除け者どものたまり場さ。ここに住んでいる以上実力を示さねえと生きていけねぇ。金を持ってるやつはそれを持つに値する力ってのがいるのさ。護衛ものなしに坊ちゃん、嬢ちゃんがうろついてりゃすぐさま攫われて奴隷の身よ。あんたのような亜人も物珍しさがために鑑賞用やいたぶるために買い手がいるくらいさ。俺らは人さらいは面倒だから滅多にやらないがな。やるかどうかは時の運と気分しだいってやつだ」
「同じ常人でも除け者にされることがあるのか…」
「あぁ、そうだ。身分が低いだので邪魔者扱いされ居場所を失う」
「俺のような亜人も場所によってはそのような扱いをされる…ただ見た目が少し違うだけなのに自分たちとは異なる異質なものとして扱われるんだ。俺は人種について研究をしている。人は己が見知らないことは恐怖する生き物だからね。俺が調べることでその知らないという恐怖を打ち破る何かを生み出し、皆が仲良く生きていく世界にしたいと思っている。君がどのようなことをして除け者になったかは俺の知るところではないけれど同じ人種にも俺の知りえない格差のようなものがあるってことを知れたのは良かったよ」
「チッ、ついお前のペースに持っていかれちまってたな。戦闘中に話をする馬鹿がどこにいるってんだ。俺の身の上話なんてどうでもいい。お前は黙って俺にころされておけばいいのさ」
「う~ん、ダメか…うまくこちらのペースに持ち込めれば無駄な戦闘をしなくて済むと思ったのだけれど君の意志は固いようだね」
レニーショは彼なりに事の始末を考えていた。ある程度戦闘はできると思っているが常日頃から命の取り合いをやってきている彼とまともに戦って勝てるとは言い切れなかったのだ。だからレニーショなりの戦い方をしたのだ。不破の盾で一度敵の戦意を散らし、会話の流れで戦意を奪うというのがレニーショが密に考えた対抗手段の一つだった。
「戯言などどうでもいい。よし、お前ら十分な時間はあったはずだ。一気に畳みかけてかたをつけるぞ」
「へい、兄貴いつでも大丈夫ですぜ」
探究灯火で目がくらんでいた盗賊の子分らも回復してこちらにとってかなり不利な状況となってきた。子分らが体勢を立て直すまえに親玉を言いくるめることができれば幾分か勝機が見込めたがこうなってしまってはできる限り時間を稼ぐことに意識を向けなければならない。レニーショの力ではこれだけの人数不利を覆すのは厳しい者があった。戦えるといっても戦闘のプロではあるまいし、できて一対一か時間稼ぎが関の山だった。
「いいか、とどめは俺が刺す。生かして仕留めろ!」
「わかりやしたぜ兄貴!」
レニーショの周囲を取り囲み、じりじりと距離を詰めてくる盗賊たち、流石のレニーショも大地の魔法…不破の盾だけでは対処しきれないと思っていた。
「こうなればあれを使うしかないか…俺の握力が落ちていないことを願うしかない」
「最後の悪あがきってやつか、お前ら油断すんじゃないぞ!」
「へい!」
一度面食らったからかレニーショの動きを注意深く盗賊たちは見ていた。
「これより作りせしは我が固き意志の結晶、今ここに不破の剣を生み出さん!」
詠唱の終了とともに大地が隆起し不破の盾があらわれる。しかしそれはただの防壁ではなかった。突如亀裂が入りその中に眠るものが顔を出す。真っ二つに割れた不破の盾の中にあったのは石剣だった。なんの変哲もないそれをレニーショは持ち上げる。
「さぁ、どこからでもかかってこい」
レニーショはその石剣を構え盗賊らの攻撃に備えていた。




