垣根を越えて
「よいしょ、これをこうして~っと。うん、できた。レニさん、食事の準備ができましたよ」
「あ~もうそんな時間か。わかったよ、すぐ行く」
レニーショと出会いひと月が経った頃だろうか、今の生活にも慣れてきて手際よくこなせるようになってきていた。レニーショは彼自身が話していたとおりの人間だった。彼と会って数日の間はドタバタ騒ぎが続いた。なんせ少しでも目を離すと床の上でぶっ倒れているのだ。理由は様々で空腹の限界だったり、寝不足だったりと少し意識すればどうにかなるようなことばかりだった。研究に没頭すると何もかもがダメになるというのはその言葉通りだったみたいだ。シュアも最初は驚いてアタフタしていたが次第に慣れ、淡々とそれを始末できるようになっていった。最近ではそのようなことになる前に事前に対処できるまで成長していた。食事に関しては毎日決まった時間に食べさせるようにして夜には寝るように催促するといったことを心掛けるようにするようにった。
「今朝の献立はなんだい?」
「今日のはですね~パンとチーズ、燻製肉ですね。あとは魔鶏卵のゆで卵です」
「ほう、それは美味しそうだ。ではいただくとしよう」
「そうですね」
レニーショとともに卓を囲んで朝食をとる。誰かと温かな食事をとる幸せは何度味わってもいいものだと自然と笑みが零れていた。
「シュア、今日もいい笑顔だね」
「そ、そうですか?」
「そうともさ。実に可愛らしいよ」
「ありがとうございます。レ二さんの研究はどんな感じなんですか?」
「研究かい?う~んとそうだな…ここ一月ありとあらゆる書物を読んだが目ぼしいものは見つからないね」
「そうなんですか」
「シュアちゃん、そこでなんだけど~一つ提案があるんだ」
「提案…ですか?」
「あぁ、この街で得られるものはもうない。だから別の街に行こうと思ってるんだけど君もついてきてくれないかい?」
「別の街…ですか」
「別に嫌なら断ってくれても構わないよ。ここに残るというのならこの家を君にあげようとも考えている」
「私は~レ二さんについて行きます。だってレ二さん、私がいないとダメダメなんだもの」
「ははは、それを言われてしまっては返す言葉も見つからないよ。ついてくるのかい。それは良かった。じゃあ、出発の準備をしておいてくれ。出発はそうだな~二日後にしようか。少し早いかもしれないが何事も早いに越したことはないからね」
「わかりました。この家はどうするんですか?」
「売りに出して旅銀の足しにしようと思ってるよ。書物もたくさんあるしいい値が付くとイイんだが~」
「書物も売っちゃうんですか?」
「あぁ、もうすべて読み終えてしまったからね。もう俺には必要のない代物さ」
「そうなんですか」
「俺はこの後売りの交渉をしてくるよ。昼までには戻ると思う」
「わかりました。私も荷造りしておきますね」
「うん、頼むよ」
旅か~一体どうなるのだろうか…シュアは少し不安だった。外にはあまりいい思い出がなかったのだ。でも、今度はひとりではない、何故ならレニーショが一緒なのだ。レニさんは研究に没頭するとダメダメになっちゃうけど普段は頼れる人だった。今の私はあのころとは違う…と自分自身に言い聞かせた。
「よし、準備はいいかい?」
「大丈夫です」
「それじゃあ、この家は任せるよ」
「いえいえ~旦那たちもお達者で!」
「では、行ってくるよ」
「毎度あり~」
「言い買い取り手が見つかって良かったですね」
出発までの準備期間の内に家の買い取り手が決まった。その者は書物が好きでいろいろと集めているらしくレニーショの家に眠る様々な文献の話を耳にするとかなりの高額で話を持ち掛けてきたのだ。それにはレニーショもシュアもかなり驚いた。なんせ当初売りに出そうとしていた金額の五倍の値段だったのだ。レニーショはシュアとも話し合いその者に売り渡すことにした。出発まではこちらの好きにするが出て行った後は任せると書面にて契約を取り決めたのだ。しっかりとお金も受け取り今こうしてこの街を後にした。道中盗賊なども警戒したがそれは取り越し苦労となった。売りに出した相手が気を使って護衛をつけてくれたのだ。これは嬉しい誤算だった。あとから護衛の者に話を聞いたところレニーショが所有していた書物はかなり古いがどれも綺麗なものばかりだったらしく、モノを大切に扱うその行いに感動しお礼がしたかったらしい。本当に彼は書物が好きなんだなとレ二さんは話していた。
街にたどり着くと適当な家を見つけてきて暫くそこに滞在した。期間にしておそよ一月か二月程度だろうか…そこはその街の大きさによって異なったが大体その期間で次の街へ移動するようになっていた。色々な街を見ることができた。どの街も様々な景色に彩られており、そこで暮らす人々も様々だった。時には街に入るまえに亜人お断りと言われ追い返されることもあったがそんなことは気にせずに二人の旅は続いた。
「シュア、どうして俺が人種について研究していると思う?」
焚火を囲みゆっくりしていると唐突にレニーショがそう聞いてきた。
「人種について研究するのが好きだからですかね?」
「う~ん、半分アタリで半分ハズレかな」
「どういうことなんですか?」
「旅をしてきていろんなことがあっただろ?友好的な人もいれば俺たちを見ただけで不機嫌になるもの、この世界にはちょっと見た目が違うだけでいがみ合うような人がいるんだよ。別にその人たちに俺らが何かをしたってわけでもないのによ」
確かに…とシュアは思った。見た目が少し違うだけで迫害されたり馬鹿にされたりとシュア自身も経験したことがあったのだ。
「俺はさ、そういう奴らみんなが仲良くやっていく光景が見てみたいんだ。見た目が多少違ってても人は人だって笑って暮らしていける。そんな世の中が見てみたい。だから、俺は人種について研究している。見た目の違いでいがみ合うのはそいつがどんな力を持っているのか分からず怖いからだと思うんだ。人はとっても弱くて臆病な生き物だからよ。自分が知らないことやわからないことは否定し攻撃的になってしまう。だから俺がそいつの人種はこんなんなんだぜって教えてやれればさ、別に恐れることもないじゃねぇかってな。俺が人種の研究をするのはそのためなんだ」
レニーショが人種の研究をすることにそんな思いを持っているなんて思いもしなかった。ただの好奇心でやっていると思っていたのだ。でも、実際はこうも深く自分だけではなくすべての亜人のことを思ってやっていたのだ。私はそれが凄いことだと思ってしまった。
「シュアちゃんとこうしてともにいるのも出会ったあの街で君が迫害されたってことを聞いて助けたいって思ったからなんだぜ。でも、実際は助けられたのは俺のほうだったんだけどな」
「私は別になにも…」
「何言ってんだよ。俺がこうして研究に打ち込めてるのはシュアちゃんが色々と身の回りのお世話を文句も言わずにやってくれてるおかげなんだぜ。本当に助かってるよ、ありがとう!」
「でも、それは傍においてくれるための約束だから…」
「あれ?そうだったっけ。まぁ、それにしてもダメダメな俺に文句の一つも言わずに美味しいごはんや就寝の催促なんかをしてくれてるのは君のやさしさのたまものだろ?俺はそこまでは頼んじゃいないぜ」
「だって、レ二さんは放っておくとすぐ倒れちゃうから…」
「そういうとこだぜ。別に俺が野垂れ死んだらそのあとで俺の所有物を好きにすればいい話だろ?でも、それをしないで俺のために色々とやってくれた。それが何より助かったか…感謝してもしきれないぜ」
「私も…あの時居てもいいって言ってくれたから…今こうして生きていられます。レ二さんには色々と教えてもらいました。人との交渉の仕方とか料理とか、亜人についてとかレ二さんと出会わなければどれも知ることができなかったことです」
「そういってくれるなんて嬉しいね。シュアちゃん、旅はまだまだ続くが俺の夢の手伝いをこれからもしてくれないか?俺と一緒に世界を変えようぜ」
「はい、私にできることがあれば…」
「いい返事だ!よし、時間もいい感じだし、明日に備えて休むとしようか。おやすみ」
「おやすみなさい、レ二さん」
レニーショの夢、それを私も一緒に応援しようとそうシュアは思ったのであった。




