揺れ動く気持ち
「どうして妾よりあの竜亜人を贔屓するの…妾は次期皇帝なのよ」
シュアを囲み楽しそうに談笑するガリズマらの背後を恨めしそうについて行くのはノーブル帝国次期皇帝候補皇女アザレア・ノーブルだった。幼少のことから亜人は魔生物の要素を持ち醜く汚らわしいものだと言い聞かせられ育った彼女にとって高貴な自分よりも醜い亜人を丁重に扱う彼らの行動そのものが疑問だった。ガリズマという男に言われた亜人も妾と同じ人間だという言葉が頭から離れなかった。確かにあのローブの少女も角や尻尾を除けばそこらの民衆にいる娘らと大差ないと思ってしまったのだ。ここで彼女が長年築きあげてきた固定概念にひびが入った。亜人というものは本当に汚らわしく醜い存在なのかと…
今、彼女の頭の中では二つの考えがぶつかり合っていた。亜人は汚らわしく魔生物の類であるという幼少のころから教え込まれたものと亜人も他の人間と変わらないという新たに知ったものその両者がぶつかりそして答えを出せずにいた。前者を否定すれば今までの自分の行いを否定することになる。逆に後者が絶対に違うと否定することもできなくなっていた。なぜならその目で見て感じたのだ…あのローブの少女の美しさを…魔生物のような恐ろしさはなどはなく怯えながらも勇気をだして行動するその雄姿を…言葉では否定しても生まれた感情を否定することを彼女はできなかった。
「ガリズマたちがどうしてあなたに対してこのような対応をするのかわかりましたか?」
不意に声を掛けられその方を振り向く。そこには色白で白髪の男が此方を見ていた。服のあちこちを紅い染みで汚した彼だったがアザレアはその男の問いに答えることにした。
「次期皇帝たる妾を蔑ろにする愚か者よな。あのみすぼらしい亜人なんかにこびへつらうとか愚民よ」
「ふふ、あなたは素直じゃないようですね」
「なによ!妾は次期皇帝よ。頭を垂れ敬うのが民草の喜びであろうが?」
「それであなたは良いのですか?」
「何が言いたいのよ!」
「そのように王と民としての関係で真の信頼ではなく、権力による忠誠であなたは満足なのですかといいたいのです」
「それがあなたたち民の至上の喜びでしょう?」
「今のあなたはあのローブの少女に嫉妬しているのではないですか?亜人という点を除いて自分よりも大切に扱われる彼女のことを羨ましいと心の奥底で思ってしまっているのではないですか?」
「あの亜人を羨む?この妾が?アハハ…そんなことあるわけ…」
「心の底から言われる感謝の言葉というのは何よりもうれしいものですよ。主従関係では得られない真なるもの…それを貰っている彼女のことが眩しく見えたのではないのですか?そんな彼女を蔑んだ自分のことが醜く見えたのでないですか?」
「うるさいわね!妾が醜い?何を言っているのよ」
「見ていればわかりますよ。何も思っていないのであれば先程のようにガリズマたちをこき使うような言動をとればいいのにそれをしない。ましてや楽しそうな彼らを邪魔しないようにとただ後ろをついて行くのみ…それが何よりの証拠です」
「妾は…」
「ノーブル帝国での文化については噂程度でしか存じ上げませんが亜人を差別する国だということは有名ですよね。幼少のころから亜人は悪だとそういう思想の中で育ってきたあなたが亜人を蔑むのはしょうががないことです。でも、実際にあなたはその亜人を見てどう思いましたか?聞かされてきたものと本当に同じでしたか?」
「それは…」
「少しでも違うと思ったのであればあなただけでもその思想に異を唱えてみてください。そのような文化が生まれたのには過去に何かしらあったのでしょうがそれを今の今まで継承しなくていいと思いますよ。過去は過去なんです。あなたは過去を生きるのではなく今を生きるものでしょ?」
「えぇ…」
「あと、これはちょっとしたお節介になりますが感謝などといった礼節は相手がどんな身分の者でも対等にとり行うとイイと思いますよ。次期皇帝として民の上に立つ者がそれを当たり前に行えるとなれば民の見本として称えられるはずです。素晴らしき王とはその生きざまも皆が尊敬するようなものですからね」
「わかったわよ。妾に対してそんなことを言う人はあなたが初めてよ。城にいる従者も皆、妾が言えばその通りだというけれど必ずしもそれが正しいなんて思えなかったの。でも、誰もそれを否定してはくれなかった。妾が皇族だから歯向かえばどんなことになるかわからない。皆はそれを恐れて諫めずただその通りに動くだけ…よく考えてみれば信頼ではなく権力による支配だったわね。でも、あの者らは違った、妾がどんな身分であろうが己に降りかかるであろう災難なんか気にせず自分が正しいと思ったことをはっきりといったの。その通りだと妾も思ってしまったわ。だから…」
「今からでも遅くはありません。正直に謝り感謝を伝えればいいのです」
「そうかしらね?」
「大丈夫ですよ。ガリズマらはそんなに心の狭い男たちではありませんからね」
「そう、分かったわ」
そう言った彼女は少し小走りでガリズマらの元まで駆け寄っていった。
「さっきは悪かったわね!助けてくれた感謝するわ。それとあなた!亜人だからって差別的な言動を言ってしまったわ。えーっと…その~ごめんなさい」
アザレアは深々と頭を下げていた。それがいま彼女にできる誠心誠意だった。
「おう、どうしたよ。クソガ…いや皇女様よ。どういう風の吹き回しだ?」
「うん。ちゃんとごめんなさいが言えるのいいことだね。無事でよかったよ皇女様」
「あ、頭を上げて…ください」
「許してくれるの?」
「う、うん」
「ありがとう」
アザレアは満面の笑みを浮かべ彼らの列に加わった。ミヤはその様子を彼らの背後で微笑ましく見ていた。
「次代のノーブル帝国はより良い国になりそうですね」




