差別と叱責
「は~な~し~な~さ~い‼」
「ちょ、暴れるなっしゃー」
背後で繰り広げられるドタバタ劇だったが何とかラストさんの尻尾の拘束を潜り抜けた皇女様が勢い余ってこちらに突っ込んできた。
「きゃぁぁぁああああ」
甲高い悲鳴とともに皇女様とローブのものがぶつかった。土煙が舞い上がり暫くは何が何やらわからなかった。
「ちょっと痛いわね!」
自分からぶつかりに行った者の発言とは思えないがそこはこの子の生きてきた環境の成せるものだとそれ以上は考えないことにした。次期皇帝として常に上に立つ者として振舞ってきたのだろう。何をしようと自分が悪いのではなく他人のせいで片付けられる都合の良い身分をお持ちのようだ。
ぶつかられたローブの者は自力で立ち上がりオドオドとどうしたらよいかとぶつかった衝撃で被っていたローブがはだけているのにも気づいていない様子で考えを巡らせているようだった。
「え、君は…」
「なんですか…あ、あなたは?!」
はだけたローブの下の姿には見覚えがあった。商業街ノーヴァで出会ったあの少女が今、目の前に立っていたのだ。その少女も俺に見覚えがあったのか少し驚いた顔をしていた。そういや今の俺って猛虎と合わさっていて見た目もあの時に比べればガラリと変わってるけど大丈夫なのだろうか?まぁ、今の反応を見れば気付いたってのには間違いなさそうだしどうでもいいか。
にしてもやはり…俺はマジマジと少女をなめまわすように見入る。うん、この子って本当に可愛すぎるだろ!なんだよあのくねくねと滑らかに動く尻尾とか艶のある小ぶりな角…そして何より顔がいい!絶世の美女とは彼女のためにあるような言葉だよな。元の世界にも彼女のようなポテンシャルを持っている人はいたけれどそのすべてが手が届きそうで届かない存在であった。でも、今俺の目の前にいる彼女は手を伸ばせば触れる距離にいる。あ~こんなことがあってよいのだろうか…なんて呆けていたら…
「あなた達、はやくこの魔生物を退治しなさいよ!冒険者の得意分野なのよね。さぁ、はやくして!」
皇女様がなにやらごちゃごちゃと言っている。魔生物ってなんのことだろうか?もしかしてトーナのことか?いやでも、今のトーナは霊位石の奇跡で人の姿になっているし違うよな。なら何を指しているのだろうか…
皇女様の指し示す指先を追って見るとその先にはガリズマさんを治療してくれたあの少女がいた。
「魔生物?」
疑問に思ったことがそのまま口に出ていた。いや確かに角とか尻尾とかは生えているけれどそれ以外を見れば俺らとなんら変わらないだろうに…なんならラストさんのような亜人って言われれば納得するレベルだった。
「おい、あんたの言う魔生物ってのはどれのことだ?」
「何言ってるのよ目の前にいるじゃないの!トカゲのようなのが二匹も!人の姿に似せて人の言葉を話す汚らわしい亜人がね」
なるほど皇女様のいる魔生物ってのは俺らの恩人とラストさんのことなのか…でも、亜人を魔生物っていうのは少し無理があるのではないだろうか?亜人に大切な者でも殺されたのだろうか?いや、にしても…
「彼らは魔生物なんかではないよ。君の言う通り亜人さ。亜人も姿形は違えど私たちと同じ人間だよ」
皇女様の言葉に食ってかかろうとしていたベリルさんよりもはやくガリズマさんがそう言い放った。確かにその通りだ。ただ見た目が少し違うだけで彼らも俺らと同じ一つの大切な命を持ちこの世で生きている人間だ。
「ノーブル帝国では彼らのような亜人を忌み嫌う亜人差別国家であることは知っている。別に何かを嫌うのはその人の自由だから別にいいと思うけれど勝手な価値観で誰かを陥れようとするのだけは許さないよ。亜人と魔生物は違うんだ。亜人は私たちと同じように考え行動することができる。今君はラストにこの場所から助けてもらおうとしていた…それなのに君は…」
「ガリズマの言う通りだ。おい、ラストこいつのことなんかほっといてギルドに帰ろうぜ」
「いいんでっしゃー?」
「構わんだろ。助けようとしているやつに感謝もできないやつを助ける価値なんてないだろ」
「わかったっしゃー」
そう言ったラストさんはウォーデンさんを抱きかかえなおしもと来た道を戻ろうとしていた。そのあとをガリズマさん、ベリルさんの順についていく。
「な、なによ!妾を置いていくつもり?それが許されるとでも思っているの!」
「許すも許されないも俺らはお前のことを助ける気がなくなっただけだぜ。死にたくなかったら自力でどうにかしな」
ベリルさんはそういい放って前に向き直る。俺はどうしたらいいか悩んだけどベリルさんのあとを追っかけた。確かに今の彼女の態度は決して良いものではない。俺らは彼女の僕でもなんでもないんだ。危険を冒して助けに来たけれど助けを必要としているその人があんな態度であれば助ける気をなくしてしまってもしょうがないだろ。
「ケント、そこのローブの嬢ちゃんをギルドまで案内しろ。ガリズマの治療と俺のケガを直してくれた礼をしなきゃなんねーからな。丁重に扱うように!」
「え、分かりました。すいません、俺の後についてきてもらってもいいですか?」
「は、はい…」
ベリルさんに言われた通りローブの少女を案内する。彼女はローブがはだけていたのに気付いたのかまた深々と被りなおしていた。別に隠す必要はないと思うけれど彼女にも何か考えがあるのだろう。無為な詮索はやめておこう。
「な、なによ~」
皇女様はすこし涙目になりながら俺らのあとをついてきていた。ついてくるなとは言ってなかったからな~でも、これって大丈夫なのだろうか?このまま帝国に彼女が戻ったらあることないこと文句を言ってきそうなんだが?
「あの~ベリルさん、このままで大丈夫なんですかね?」
「何がだ?」
「いや~あの子って次期皇帝になられる方なんですよね?」
「あぁそうだな。こうするのはアイツのためだからだよ」
「それってどういうことですか?」
「ノーブル帝国は昔から亜人差別主義で有名でな。常人以外は人間じゃないって思想が強い国なんだ。亜人は魔生物と同じで害をなす悪だと幼少のころから教えられ、それが正しいか正しくないかを理解することなく亜人は悪という認識に染まってしまう。今のアイツは何故って頭ん中で考えを巡らせているだろうよ。どうして私なんかよりラストやローブの嬢ちゃんを丁重に扱うのかってな。そういうのがアイツには必要なんだよ。自分の中に刻まれた先入観をぶち壊すようなきっかけがな。まぁ、あとは単純にムカついたから嫌がらせだよ。ともに戦った仲間を魔生物扱いされてムカついたからな。帝国があとで何か言ってきてもどうにかなるだろう。最悪商業街ノーヴァから追い出されるかもしれないが俺らは根無し草の冒険だぜ。どこに行ってもなんとかなるだろ」
「そういうことだったんですね」
「おうよ。それがわからなきゃそれまでってことだ」
「ガリズマさんも同じことを考えているんですかね?」
「さぁ~それは知らんな。でも、昔のアイツもあの皇女様みたいだったからな~昔の自分とアイツを重ねてんじゃねぇかって俺は思っているよ」
「昔のガリズマさんですか?」
「アイツは元貴族だったからな~まぁ、勘当されてお家とは縁を切ったみたいだがな」
「え!?そうだったんですか」
「ここだけの秘密な。俺から聞いたって言うなよ」
「わかりました」
まさかガリズマさんが貴族の出だったなんて意外だ。確かに身だしなみなんか言葉遣いだとかいろいろと他の冒険者より品があるとは思っていたけど…今度、何があったのか聞いてみよう。




