仮面の悪魔
「そ、そんな…この僕が負けるなんて…」
ドルフィネが何やら言っている。その体の周りにはどす黒い血だまりが徐々に広がっていた。拳斗の一撃で上半身と下半身は二つに両断され意識があるのも不思議なくらいだった。
「ガン…サク…力だ…力を寄越せぇ。マリィの…仇を…撃つ」
「ソレハ モウ デキナイ」
ドルフィネの最後を見届けようと近づいたところ聞き覚えのない背筋の凍るような声が聞こえた。これはミスティの記憶の中で聞いたあの仮面の悪魔の声のようだった。
「構えてください!」
咄嗟の判断だったが皆へ注意勧告をする。ドルフィネは倒したがその肉体に寄生していた仮面の悪魔は未だ健在のようらしい。ドルフィネを倒して安心していたが真の黒幕はまだ倒せてないってことみたいだな。
「ケント、どういうことだ?さっきの声はなんなんだよ。終わったんじゃないのか?」
「悪魔ってやつは結構しぶといのね」
「あぁ?悪魔だってどういうことだよ」
「あら、知らなかったの?私はてっきり敵の正体を知って挑んでいるのだと思っていたのだけれど…まぁいいわ、教えてあげる。さっきの声の正体はドルフィネの肉体に宿った仮面の悪魔のものよ。数年前、私とカイザ君の故郷の人々の魂を奪い死に追いやった災厄の元凶。ドルフィネは自身の望みを叶えるために自身の体を奴の器として差し出した愚か者よ。こうやって肉体を両断されても即死していないのはまだその器の中に奴がいるおかげかしらね」
「それじゃあ、こいつを倒しても終わりじゃないってことか?」
「まぁ、そうね。ただ器となった愚か者を始末しただけね。だから、これからが本番よ。実体のない敵を倒さなくちゃならない。カイザ君が万全であれば封印の儀を執り行えたのだけれどそれはできない。なら別の方法で奴を倒さないといけない」
「実体のない敵って…どうやって倒すんだよ!」
「知らないわよ!それくらい自分で考えなさいよね」
なにやらベリルさんが梨衣にたてついている。まぁ、ああいう人だから放っておこう。それより仮面の悪魔とやらの始末をどうするかが問題だな。梨衣のいうとおり実体というものがないそれにどう対処すればいいか皆目見当もつかない。ミスティの記憶ではカイザさんの能力で封印しようとしていたがそれも今の状況では厳しそうだ。
実体のない敵か…なんか猛虎たち守護精霊のようだな。彼ら守護精霊は主と同じ守護精霊持ちにしか認識されないみたいだし、仮面の悪魔も霊体のようなものなのだろうか?
「なぁ、猛虎お前ら守護精霊を拘束しようとしたらどうすればいいんだ?」
俺は小声で猛虎に質問してみた。まだ守霊については皆に話していない。あとで話すことにはなるだろうが今は仮面の悪魔をどうにかするのが優先だからな、それまでは秘密ってことにしておこう。話したら絶対ベリルさんがややこしくするに違いないからな。
『おい、ケントもしかして我とその仮面の悪魔とやらを同じもの扱いしようとしてねぇか?そうだとしたら怒るぞ?』
「いやいや、そのつもりはないって…ただなんか似ているなって思っただけだから」
『お前な~今度実体化できたら一発殴らせろ』
「いや、冗談だって」
『そうだとしても侵害だぜ。あんな邪悪なものと一緒にされちゃ気分がわりぃ』
「悪かったって」
「おい、ケントなに独り言言ってんだよ。その仮面の悪魔とやらをどうにかする案でも閃いたのか?」
「え、い、いや~そんなんじゃないです」
「そうか…」
皆黙り込む。皆、実体のない敵をどうこうしようなんてやったことないからな。
「ドルフィネ キミハ ヨク ハタライテクレタ」
「ガン…サク…」
「モウ キミニ カチハ ナイ サヨナラダ」
「待…てよ」
俺たちがあれこれ考えているうちに仮面の悪魔も何か行動を起こすらしい。実体のない奴を今ドルフィネの肉体から解き放つのは非常にまずい。視認すらもできず次なる宿主を見つけられたらまた災厄の再来となってしまう。何か…何か奴を止める手はないのか…
「サラバダ」
「まっ…」
「まずいっ!」
横たわっていたドルフィネの肉体から黒い靄が抜け出ていく。それはドルフィネの肉体の上で何かの形を形成していた。
ドルフィネはその何かを掴もうと片手を伸ばしていたがそれが届くことはなかった。
「なんだ?」
ドルフィネの亡骸の上で形作られたのは世にも奇妙な仮面だった。
「そいつを逃がさないで!」
梨衣がその仮面を指さし叫んだ。それとほぼ同時に皆が仮面に向けて手を伸ばす。
ギョロリと仮面の目が動き仮面を中心に人型の靄を形成していく。
「ミナサンモ コレニテ サヨウナラ マタ アイマショウ」
「待て!」
伸ばした手があと少しで届きそうってところで仮面の悪魔は姿を消した。そこにあったものが消え失せ皆空を掴みバランスを崩し各々倒れる。
「ちっ、逃がしたか…くそっ」
「どうしましょうか…」
真なる黒幕である仮面の悪魔は不気味に笑いその場から消え去った。残ったのは奴に利用されていたドルフィネの亡骸だけだった。
「ベリルさん、どうしましょうか?」
「んなこと俺に聞かれても知るかよ」
確かにそうだった。実体のない敵をどうやって追跡しようというのだろうか。それはどんなものでも無理なことだろう。
「幻影ベリル、今はとりあえずできることをしましょう。あなたの腕のケガを直したという者の元へと向かいませんか?ガリズマの容態もいつ悪化するかわかりませんからね」
「わかった。ラーシャルド、ガリズマを頼む」
「今回の件はオレ様が責任をもって上に報告しておこう。先にギルドホールに帰らせてもらうぞ」
「はい、頼みましたよルシウス」
「皇女様の保護は任せたぜ」
「えぇ」
ミヤの返事を聞くとルシウスは颯爽と去っていった。確かに仮面の悪魔のことはこれから深刻な問題になるだろう。人の魂を自由自在に奪い与える力、そんな恐ろしい力を持ったものが野に放たれたままでいるのは人々の平穏を脅かすことになる。上に報告し今後の展開をどうするのか相談する…報連相ってやつだな。
ルシウスさんとわかれた俺たち一行はベリルさんの案内のもと洞穴内を進んでいた。ベリルさんの腕のケガを完治させたものがその先にいるらしい。あと皇女様らしき小うるさいガキも一緒だとか…ベリルさん、それ帝国の人に聞かれたらまずいやつですよ。
「ケント、よくやった」
「え?」
ベリルさんが何故か俺のことを褒めてきた。なんか不思議な気分だ。
「また助けられた。これで二度目だな」
「助けられたって俺は別になにも…ドルフィネを倒したのもみんなの力を合わせたからじゃないですか」
「確かにそうだ。だが、俺らだけでは決定打にはいたらなかったはずだぜ。お前のそのよくわからん姿とあの力があの化け物を倒し切ったんだ。流石、英雄様だな」
「そんなことないですって」
「あ~俺も強くなりてぇよ」
「何言ってんですか。ベリルさんはもう十分強いじゃないですか?」
「足りねぇんだよ。あの化け物みたいなのと渡り合おうにもこの手甲剣がないと何もできなかった。武器が無けりゃただの人と変わんねぇんだよ」
「それは…」
ベリルさんが言いたいことはなんとなくわかる。俺のような守霊の力があれば武器なんてなくても戦えるってそういいたいのだろう。でも…
「俺はベリルさんに憧れてます。荒々しくも優しくて仲間のことを思って行動できる頼れる兄貴…だから、そんなこと言わないでくださいって…自分が弱いのを知ったのであれば強くなるために明日から行動に移せばいいんです。弱さを知った分だけ人間は強くなれるんですから」
「フッ、お前も言うようになったじゃねぇか。だな…俺はまだまだ強くなれる。よしっ!明日からの特訓は今までの二倍…いや十倍だ!ケント、お前も付き合ってもらうからな覚悟しろ!」
「え?!俺もですか?」
「当たり前だ!文句言ってると転がすぞ」
「そ、そんな~」
落ち込んでいると思っていたら思わぬ災難が生まれてしまった。あ~明日から地獄の日々がはじまるのか…トホホ




