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守霊界変  作者: クロガネガイ
第一部
77/145

血潮を浴びて…

「うぉ~~」


 ウォーデンが必死に獣魔ドルフィネに立ち向かうが今の幼き肉体では到底太刀打ちできず軽くあしらわれてしまっている。その間にもガリズマは獣魔ドルフィネにより握りつぶされようとしていた。

 ポキッ…ポキッ…と何かが折れるような音がするたびにガリズマが小さく悲鳴をあげる。このままでは圧死も免れない。ガリズマを助けようと攻撃を繰り返すウォーデンやルシウス、ラーシャルドだが一向にその拘束が解かれることはなかった。

 ミヤも何か手はないかと手を尽くすがどれも効果がなかった。


「おい、このままだとまずいぞ!」


 緊迫した状況の中ルシウスが声を荒げる。確かに何かアクションを起こさないといけないのだけれども有効打が思いつかないのだ…一体どうすればいいというのか。


「ガーリー!」


 ウォーデンだけはひたすら獣魔ドルフィネに立ち向かい続けていた。だが、それもなんの効果もなくただ無謀な突撃と言わざるを得なかった。


「ミヤ、こうなりゃアレやるぞ!」


「やるってルシウス、私は血のスタックなんて持ち合わせていないのですよ?しかも、あの状態の私を制御できる保証もないですし…下手をすれば更に状況を悪化させてしまうだけかもしれません」


「何もやらないよりはいいだろ?血ならオレ様のを吸いやがれ!」


 ブチッ…ズチャッ…


 ルシウスはそういうなり自身の腕の肉を食いちぎり頬張る。傷口からは深紅の液体が滴っている。


「ミヤ!時間がねぇ、さっさとしやがれ」


「わかりました…あとのことはすべて任せます」


 ルシウスは傷口の液体をミヤに向けて降り注がせる。その血を全身に浴びたミヤは血人ヴァンプの持つ本来の能力を発現させる。


 血人ヴァンプとはかつて存在したとされる吸血鬼の末裔である。神祖とされた吸血鬼が人と交じりその間に生まれたのが血人ヴァンプとされている。見た目は一般的な常人ジェネと変わらないが不老なためその見た目が老いることはない。魔力の扱いに長けており冒険者のなかでも優秀な魔法職には血人ヴァンプが多いとされている。

 そんな彼らの真の力を見るには血を与える必要がある。血を啜ることで魔力を回復することはできるがそればかりが血人ヴァンプの能力ではない。一定量の血を一度に浴びるとその血筋に眠る本来の姿が垣間見える。

 その姿とは鬼だ。血に飢えた吸血鬼…全身の血管が浮かび上がり、額からは角のような突起が生え、犬歯はより長く鋭利なものになる。その姿となった彼らは鮮血鬼ブラドスカと呼ばれている。更なる血を求め暴れるそれは圧倒的な身体能力と溢れる魔力の双方を自由自在に扱う。


「ふぅ…ミヤのアレでどこまでやれるか…だな。しっかし痛ぇな」


 ルシウスは自身の腕の肉を頬張りつつ血が滴る腕を眺めていた。傷口は徐々に塞がり食いちぎる前のように元通りになっていく。これは封人シラとしてのルシウスがもらい受けた祝福エメによるものだった。封人シラ血人ヴァンプの混血として生を受けたルシウスは生まれつき味覚が感じられなかった。味覚の呪い…それが彼が受けた封人シラとしての呪いだった。だから、生まれてこの方、食に関して一切の興味もなく食べることは作業のようなものだと思っていた。

 そんな彼が食の大事さを知ったのは死ぬ寸前のことだった。自身の力量を図るべく単騎で魔生物の討伐に向かい魔生物の群れに囲まれ重傷を負ってしまったことがあった。全身からあふれ出る血、血人ヴァンプとして血を啜って身体能力をあげようと倒した魔生物にかぶりつく…するとどうだろうか傷口がみるみるうちに塞がっていくではないか。何が原因かもわからずその場は向上した身体能力と持ち合わせた腕力で切り抜けたのだが、後日ミヤに血人ヴァンプについて問うたが傷を癒す力があるということは確認できなかった。そこで初めて自身の受けた祝福エメが喰らうことによる負傷の治癒ではないかと気づいたのだ。封人シラの呪いと祝福エメなんて別に気にしていなかったルシウスだが食べることが自身のためになるということをこの時を境に知ったのだった。

 血人ヴァンプとしての血は薄くミヤのように鮮血鬼ブラドスカへとはなれないが鍛えた腕力と喰らうことで自然治癒する力で暴れまわる…それが暴斧ベルセルクルシウスという男だ。


 全身の血管が浮かび上がり額に角を生やしたミヤが血でかたどった剣を片手に持ち獣魔ドルフィネに対峙する。


「滴る血は連なり肉を穿つ刃と化す…傷刃剣スケアド


 地をひと蹴りし一気に距離を詰める。手に持つ深紅の剣を深々と獣魔ドルフィネの腕に刺し穿つ。それでも獣魔ドルフィネは微動だにせずガリズマを握りつぶそうとしている。


 ブチッ…ズチャッ…プッシャー


 刺した剣とは別の場所から血が噴き出した。肉を突き破り見えるのは深紅の切っ先である。しかし、おかしな話だ…それは傷刃剣スケアドの柄とは真逆の向きにあったのだ。まるで獣魔ドルフィネの腕のなかから貫いたように突き出ていた。それが傷刃剣スケアドの効果だった。血を啜り刃を新たに生成する剣、それが傷刃剣スケアドというものだ。

 次から次へと獣魔ドルフィネの手から血がふきだしている。流石の獣魔ドルフィネもその吹き出る血の量に危険を感じたのか最初に刺された傷刃剣スケアドを凝視していた。

 その剣を抜くためには無事なほうの手を使うしかなく両手でガリズマを拘束しておくことが困難になったのだ。数秒の迷いの後、無事なほうの手で刺さった剣を抜くために拘束を緩めた。その隙をミヤは逃さず間髪入れずにガリズマを救い出す。


「ルシウス…ガリズマを…もう意識が持ちません。血を…」


 フラフラとルシウスの元へと歩み寄るミヤの様子がおかしかった。鮮血鬼ブラドスカは血を消費して技を扱う。それゆえに消費した血を確保しなければならない。血の回収を行わず戦闘を継続すると今のミヤのように意識が朦朧となってしまう。この状態が限界に達すると己を制御できない化け物と成り果ててしまう。故に血の回収が急務だった。その血は今さっき噴き出した獣魔ドルフィネのものを拝借すればいいだろう。


「はやく回収してこい」


「は…い」


 足元が覚束ないミヤだが大丈夫だろう。それよりもガリズマの容体が問題だ。握りつぶされ体中の骨が粉々になりかけている。下手をすればもう動くことができなくなるかもしれない。気休めにしかならないだろうが回復薬を投与しておくのがいいだろう。自身の懐から回復薬を取り出しガリズマに飲ませようとしたとき…


 うるぅぅぁぁぁああああああ


 背後から馬鹿でかい雄たけびが上がった。

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