英雄の奮起
さぁてどうしたものか、敵は目前…まともな武器を持っているのは俺だけだ。ガリズマさんとミヤさんは魔法職として武器が無くても大丈夫だろうけど魔法職の武器はその人の持つ魔力を効率よく伝達させるものとしての役割が多い。魔法での援護も期待できないかもしれない。
「で、ケント…何をどうやるんだよ。確かに立派な武器のようだがそれだけであいつとやり合えるのか?」
「いいから見ててくださいって~」
両手の手甲鉤に意識を集中する…ドルフィネは少女の治療に専念しているようでこちらには気づいていない。奴にも大切に思う相手がいるんだなって思いはしたが奴を野放しにしてはいけないのに変わりはなかった。多くの人の命を奴の身勝手で奪い弄んだ。それを許していいはずはなかった。
「切裂け!虎撃連舞」
両手の手甲鉤を思いっきり振りぬき飛翔する斬撃を撃ち放った。それは一直線にドルフィネに向かっていく。もう少女の存在などは頭の中から消え去っていた。ただ奴の仲間の内のひとりであると…そういった認識だった。
ズッシャーーー
俺が放った斬撃が何かに命中し血飛沫が辺りに散らばった。その対象を確認すると…
「なっ…」
確かに俺が放った斬撃は敵に命中していた…だが、それは…
「マリィィィィ!!」
俺の目に映ったのは上半身に大きな斬撃傷を負い全身血まみれでドルフィネの前に立ちふさがるマリィと呼ばれた少女だった。
「うわぁぁぁあああ」
ドルフィネが怒号にも近い叫び声をあげて倒れかけている少女を抱きかかえた。その行動は過去の記録で見たミスティを守ろうとするカイザの姿に重なって見えた。
「なぜだ!なぜだ!なぜだぁぁぁぁあああ!!どうしてマリィを貴様は傷つける。許さない!!その身のすべてを消し去ってやる」
ドルフィネの目には先程までのこちらを見下した感じはなく、ただならぬ殺意のみが宿っていた。俺はただドルフィネを倒そうとしただけ…なのにマリィと呼ばれた少女が斬撃があたる寸前にその身を呈して前に立ちはだかったのだ…そして、彼女はその身に傷を負ってしまった。ドルフィネによりその身を呈して守らされたのかと思ったがドルフィネの反応を見るにそうではなかったらしい。
「オイ、ケント大丈夫なのか?」
「え、えーっと…」
「ケント君!油断は禁物だよ。敵が何をしてくるか注意して!」
俺は自分のやったことに放心しかけていたが、ガリズマさんの注意で我をとりもどした。すぐさま構えなおそうとした瞬間、腹部に鈍い痛みが生じた。その痛みの正体を確認する暇なく俺は後方へ吹き飛ばされていた。
「フハハハハハ、ざまぁないな。愚か者にお似合いの姿だ。まだまだこの程度で済むと思うなよ」
ドルフィネが何か言っている…だが腹部を中心に激しい痛みに襲われていてそれどころではなかった。痛みのするところに手を伸ばし触れてみると赤黒いものがべったりとついていた。前方からはガリズマさんとミヤさんが俺の名を呼びながら走り寄っているのが微かに見えたが視覚が朦朧としてきてはっきりとはわからなかった。
「よぉ?無様な格好だな~ケント」
「だ…れだ…よ…」
「我に決まってるだろ?忘れたとは言わねぇよな」
聞き覚えのある声だが…その声の主と話すのはそう簡単でないはずだ。だって…あいつは霊的な存在でカイザが生み出した空間でしか会えたことのないのに…そんなわけ…
「おい!返事くらいしたらどうだよ。まさか本当に忘れたというのか?とんだ主様だぜ」
「猛虎?」
「あぁ、そうだよ。覚えてんじゃねぇか。ほら、倒れてねぇで起き上がれっての!」
「うわっ、おいやめろって…」
無理やり猛虎に持ち上げられた。全身に激痛が走るかと思われたが痛みはなくただ片手をつかまれぶら下げられた状態でいるだけだった。
「どうなってんだ?」
「何がだよ?」
「なぁ、俺は死んだのか?」
「はぁ?お前が死んじまったら我はどうなっちまうんだよ。よく見ろちゃんといるだろ…なっ?」
猛虎の声がするほうを見ると懐かしい顔がニヤリとこちらを見ていた。
「また死にかけるってのはどういうことだよ。我はお前の守護精霊だがこうも短いスパンで死にかけられると無理があるってもんだろ?」
「俺って死んだんじゃないのか?」
「だ~か~ら~我がいるってことは生きてるってことだってぇ~何度言えばいいんだよぉ!」
ぼごっっと腹を思いっきり殴られた。痛みはするが思ったよりも痛くはなかった。
「何すんだよ猛虎!」
「文句があるのは我のほうだろ?無茶すんじゃねぇよ!」
「べ、別に…無茶なんてしてないって…ただ皆を守らなきゃって…」
「他人を守ろうとするその思いはいいがお前のことを守っているやつがいるってことをわすれんじゃねぇぞ」
「それは~」
「まぁいい、で虎撃連舞は使いこなせてんのか?」
「あぁ、まだ完璧ってわけじゃないけど助かってるよ」
「そうか…なら、もうワンステップ上がってみるか」
「もうワンステップ?どういうことだよ」
猛虎はニヤニヤとしながらこちらを見ている。何か企んでる顔だ…何をするというのだろうか?
「新たな技を教えてやるって言ってんだよ。わかれよそれくらい」
「そんなことわかるか!」
猛虎がいう新しい技とは何だろうか…そして、今の状況はどうなってるんだろう?周りには何もない。皆はどうしたんだろう…




