怒号
両の手に淡く輝く橙色の靄がかかりそれが徐々に爪のようなものを形作っていく。その形はベリルさんに貰ったあの手甲鉤をモチーフにしたようなものだった。
「え、えぇぇえええ…ケント、お前…なんだよそれ!?」
「これが俺の力ですよ、ベリルさん!見ててください」
両手の爪をを体の前でクロスする…なんか元の世界で見たアメコミ映画のキャラのポーズを意識したつもりでやってみた。特になにかおきるというわけではないんだけどね。で、なんだったっけ?あ、そうだ敵が来るんだった。ベリルさんたちにカッコイイところを見せようと意識をそっちにさきすぎた。今度はどんなやつが来るんだ?またさっきのやつかそれとも…
「まさかな…カイザよ、我が変質させた魂が元にもどることがあるとは思わなかったよ」
暗がりの中から現れたのは頭に不気味な仮面をのせた長身でやせ細った男だった。カイザの記憶でみたドルフィネと思わしき男に見えなくもないが今の彼からはドンヨリとした黒々としたオーラが感じられ同一人物であってもなにかが違って見えた。仮面の悪魔による影響なのだろうか?
「お前がドルフィネか?」
「ああ、いかにも我が仮面の悪魔ガンサク改めドルフィネだ。小僧、どうやったかわからんが魔力のない貴様がこうも我の障害になるとは思わなかったよ」
「魔力がないからって侮るなってことだな。で、お前の目的はなんだ?人の魂を集めて何をするつもりだ」
「我の目的?フハハハハハ…貴様に言って何になるというのだ。それを知ったところでどうするという?」
「ドル…フィネ…」
「なんだカイザよ。元に戻ったはいいがもうすでに虫の息ではないか。大人しく我が軍門に下っていればいいものを…まぁ、よい。これだけ良質な魂がここに揃っているのだ十分な働きをしたというもの…ご苦労であった」
「き…さ…まぁ」
カイザがドルフィネに向けて手を翳し何か技を発動させようとしているがもう既に余力が残っていないのであろう。何も起こることはなかった…
「マリィ!何を遊んでいる。お遊びはもうそれくらいにしておけ。さっさとこやつらをくたばらせてしまえ」
マリィ?一体誰のことだろうか…カイザ以外に配下に加えたものがいるというのだろうか?
「ア…ァァァ」
「マリィ!その有様はどうしたというのだ?」
ドルフィネが急に声を荒げ先程の勝ち誇った暴君のような感じがブレた。一体何を見たというのだろうか…そう思い奴の見ている視線の先を目で追ってみると…そこに居たのは先程俺たちを襲撃した刺客だった。全身が土埃に塗れ腕をダランとたらしながらトボトボとこちらに向かって歩いてくる。
「貴様ら…マリィに何をした?」
「儂らのことを殺そうとしてきたのでな、少しもんでやったまでじゃの~」
「そうか…ジジイ、貴様をまずは消すとしよう」
「なんじゃ」
「群がり、貪食せよ!群歪愛ォォオオ!!」
ドルフィネが手を掲げ何かしらの詠唱を済ませるとその手の平から黒くて丸い何かが浮き上がった。それは徐々に形を変え真っ黒な蝙蝠となった。それらはドルフィネの上空を羽ばたき、その数はざっと数えただけでも軽く五十匹を超えていた。
「貴様の価値などどうでもよい。そもそも魂の価値もなかったのだ消えてしまっても構わん。我がマリィを傷つけた罪その身に刻んでくれる!」
「シンリーさん!」
無数の蝙蝠がドルフィネの怒号とともに一斉にシンリーさんに向かって突撃し始めた。それはまるで黒い濁流のようだった。咄嗟に間に入ろうとした俺はその勢いに弾かれ洞穴の隅に吹っ飛ばされた。誰もその進軍を止めることはできずシンリーさんはあっという間に黒い塊に包み込まれてしまった。
「フン、当然の報いであるな。マリィ、こちらへ来なさい」
「ハ…イ」
シンリーさんに群がる蝙蝠を引き剥がそうと両手の爪で一匹、もう一匹と切裂いていくがあまりにも数が多いのと蝙蝠自体がそれなりに頑丈であったためなかなかその包囲網を崩すことができなかった。その隙にドルフィネは傷を負ったマリィと呼ばれた少女を手当していた。
「シンリーさん!大丈夫ですか?」
大声で呼びかけ安否を伺うが返事は返ってこない。まさか…ふと頭の中に最悪の光景がよぎる。
「主様~」
がむしゃらに蝙蝠を切裂く俺をトーナが呼んできた。今はそれどころじゃないっていうのになんだっていうんだよ。
「トーナ、今は相手してる余裕がないんだ!このままだとシンリーさんが…」
「主様~大丈夫…だよ?」
「はぁ?」
何が大丈夫だというんだ、この状況を見れば危ないって誰が見てもおもうだろ?
「主様~おじいちゃんが中で頑張ってるから大丈夫だよ」
「え?」
どういうことなんだ?シンリーさんが中で頑張っているって…でも、これだけの量に包囲されたらいつまでその抵抗が続くかわからないだろ。いくらシンリーさんが伝説の冒険者の一人だからって多勢に無勢なんだ。単騎でどうにかなるわけがない。
ドンッ…ドンッ…
蝙蝠の群れを通して鈍い振動が伝わった。もしかしたらこれはトーナが言っていたように中でシンリーさんが闘っているってことの証明なのだろうか。
「主様~」
「次はなんだよ?」
「儂のことはいいから~敵を倒せって…おじいちゃんが~」
シンリーさん…自分のことを気にせず目の前の敵を倒せってそんなことできるわけ…
「オイ!ケント、爺さんが大丈夫だって言ってんだ。なら大丈夫だろ?俺は知らねえが有名な冒険者だったんだろ?なら爺さんを信じてお前にはやることがあるんじゃねぇか?」
「ベリルさん…でも…」
「やれって言ってんだよ!!仲間が大丈夫って言ってんだ…お前はお前がやらなきゃならねぇことを全力でやればいいんだよ。仲間の言葉を信じてやらないでどうする?」
「それは…」
ベリルさんの言うことは最もだった。俺は仲間が傷つくのが嫌で皆を守らなきゃって思いこんでいた。でも、俺の周りの人は…弱くなんかない。猛虎の力で自分が強いって思いこんで皆を守らなきゃってそう思っていたけど…それは違ったんだ。今の俺がやるべきなのは…
「わかりました。ベリルさん…なら援護は任せます…」
「おう、武器が無くてもケガしててもどうにかしてやんよ。なぁ、ガリズマにラーシャルド!」
「うん、任せて」
「英雄、オレ様達のことも忘れんじゃねぇよ。こんな奴ら素手で十分だぜ」
「ルシウス、無茶はしないでくださいね。英雄ケント、援護承りましたよ」
俺の背後には頼もしい仲間がいる。目の前の邪悪の根源をぶったおす…それが今の俺がやるべきことだ!




