夫婦喧嘩
「随分偉そうじゃない。カイザ君ならもっと冷静に戦況を見据えて発言したはずよ」
「知った気になるのも大概にしろ小娘!」
「知った気になる?違うわね…知ってるのよ。だって私とあなたは…」
「ごちゃごちゃ五月蝿い!屍墓群勢さっさとやってしまえ」
カイザの命令で再びその巨体を動かしはじめたそれだがさっきまでと違い動きに異変が見られた。
「どういうことだ」
「効果はあったようね」
「なに?」
「よくそのデカブツを見てみることね」
「なっ?!これは…どういうことだ。なぜ修復できていないのだ」
「私の放った疑似水砲はただの水の弾丸ってだけじゃないの、分かってもらえたかしら?」
「小娘、貴様一体何をした?」
「敵である私に種明かしをしろっていうの?そんなのする必要がどこにあるのかしらね」
「小賢しい。屍墓群勢そんな小細工など気にせず奴らを蹴散らせ!」
再び奴の命令で動きだそうとする巨体だがやはり破壊された部分が脆くなっているのかすぐにその大きすぎる体躯を支えることができず膝をついていた。
「大きすぎるのも考え物ね。少しでも欠けていれば立つこともままならないポンコツじゃあ~私にはかなわないわよ」
「き~さ~ま~吠えるのも大概にしておけよ。屍墓群勢が使い物にならないのなら我が直接やればいいだけのこと。ドルフィネの命令に貴様は含まれていなかった…なら我を侮辱した罪、その身をもって償わせてやる」
「そう、やっとやる気になったのね。ケント、あんたはここには必要ないわ。あんたはあんたの仲間を助けるんでしょ?そこの老師と一緒に先に行っていいわよ」
「先に行きたいのは山々なんだけど…霧で道が見えないし、あのデカブツで道が塞がれてるかもしれないんだ。俺の力じゃアイツを粉砕できないし…」
「もう…仕方ないわね~纏まれ!雲霧。邪魔なものをどかして道を作って!」
霧生梨衣が新たに生み出したのは雲だった。純白のモフモフが彼女の命令を受けて一直線にデカブツが塞いだところへとすっ飛んでいく。ザッっと何かが浮かび上がる音がした。
「さぁ、道は開けたわよ。霧の中なのは悪いけどそこの老師の後をついて行けば大丈夫でしょ?」
「シンリーさん大丈夫ですか?」
「問題ないの。道の先から漂う匂いでハッキリ行き先がわかるのじゃ。儂の後についてまいれ」
「はい。じゃあ、あとは任せた」
「ええ、任されたわよ。ほら、さっさと行っちゃいなさい。夫婦だけの会話を他人が聞くもんじゃないわよ」
「うん」
俺とシンリーさんは霧生梨衣と別れ先へと進んだ。彼女一人にカイザを任せて良かったのかなんて少し悩んだけど、あれは二人だけの問題でもあるんだ。彼女の言う通り他人である俺たちが関わるのは良くないよな。彼女を信じて俺たちは目の前の敵…ドルフィネをどうにかしないと…
「さぁ、邪魔者はいなくなったことだし、これで本音で話せるわね」
「貴様と話すことなどないわ」
「そう?私はたくさんあるわ」
「黙れ!我が愛はただ一つ、この者にのみ捧ぐのだ。我が最愛なるものよ、出でよ!躯乙女」
カイザの詠唱と共に彼の足元から棺桶が顔を出し、その全容が露になると棺桶の扉が勢いよく開かれた。その中から一人の女性が現れ、カイザの足元に跪いた。
「お呼びですか、我が愛」
「あぁ、よく来てくれた。我らが目の前にいる小娘が我の妻だと馬鹿げたことを言うのでな。お主の存在を示してその幻想と命を共に消し去ろうぞ」
「承知いたしました、我が愛」
「ふ~ん。それがあなたの愛する人ね~」
目の前いる女性は肉がところどころ無く骸骨ではなくゾンビのようなものだった。そして、その見た目は若かりし頃のミスティに似ていた。
「行くぞ。死してその幻想に溺れるがいい!」
「カイザ君…私のこと完全には忘れてなかったみたいね。魂は変質すれどその本質たるものは不変なり…古い文献にそうあったかしら…あの時はよくわからなかったけど、今ならその意味が分かるわ」
「うわぉぉおおおお」
カイザ君と躯乙女が凄い勢いで距離を詰めてくる。霧で視界が見えにくくてもさっきまでの会話で大体の位置を把握していたのだろう。その場所に迷いなく突撃してきていた。
「私も本気で行くわね。そんなまがい物があなたの隣にいるなんて許せないもの…這い出よ!虚霧渦侵蝕」
霧が凝縮し梨衣を覆いつくした。それはまるで炎のようにユラユラと揺れ動いていた。全身を包み込んだそれは黒く深いものとなり梨衣の姿を確認することはできなくなった。
「フン、まさか自身の力で滅ぼうとするとはな。だが、安心しろ。トドメはしっかりとしてやる!」
「誰が自滅するですって?何事も下準備ってものが必要でしょ。これはその準備ってやつよ」
黒い何かが徐々に晴れていきその中から現れたのは黒い鱗のようなものに身を纏った梨衣の姿だった。
「さぁ、いくわよ」
ドゴォーーーン
両者がぶつかり合い激しい音が洞穴内に響き渡る。カイザと躯乙女の両者の攻撃を一人で受けきる梨衣は先程同様に余裕を見せていた。その余裕っぷりにカイザは更に苛立ち、その拳を振り続けた。
「カイザ君。あの時言えなかったこと…言うわね。助けてくれてありがとうね。あの時、あなたが必死に助けようとしてくれたこと誘無身に見せてもらって知ったわ。すっごくかっこよかったよ」
「うるさい、我が貴様を助けるだと…そんな話があるかぁ!」
「でもね、私はあなたの傍であなたのことを支えていたかった。もし、私がそれで死ぬことになったとしてもあなたと一緒にいたかったわ。私はあなたが私のことをおもってるのと同じくらい、あなたのことを思っているの」
「うるさい!黙れぇぇええ。我が愛は躯乙女だけだぁああ」
「彼女は違うわ。私が…傍にいてあげる。だって私は…あなたのことが…大好きなんだもの。だから、こんなまがい物はいらないわよね」
「貴様、な、なにをするつもりだ?!」
「彼の者を喰らい尽くせ!虚霧渦侵蝕」
梨衣の体から躯乙女の肉体へと黒い鱗が霧状となり徐々に侵食し始めた。躯乙女はすぐさま距離を取ろうとしたが強力な力によって離れられなくなっているらしく、ただ侵食されるのを待つだけのようだった。侵食しつくすのにそんなに時間はかからずものの数秒でそれは終わった。覆い尽くし終わると黒い霧は少しずつ霧散し、その場には何も残っていなかった。
「あ、あぁぁぁああ」
カイザはその光景を立ち尽くしたまま見ていた。
「カイザ君、あなたも解放してあげるね」
「や、やめ…」
「包み込んで…虚霧渦侵蝕。最後は私がやるから…」
躯乙女を侵食したようにカイザの肉体を黒い霧が包み込んでいく。抵抗しようにも侵食する霧による拘束が上回っているのかカイザも何もできずに黒い霧に覆われていく。全身を覆いつくされ残るは顔だけとなった。
「我は許さぬ…我が果てようとも貴様を呪い殺してくれるわ」
「まぁ、それは怖いわね…ねぇ、カイザ君、昔二人で読んだお話でこんなの覚えてるかしら…外見でしか物事を判断しなかった王子が魔女の呪いで醜い魔生物に変えらちゃうって話。彼は長いこと彷徨いとある少女と出会うの…彼女は彼の見た目なんて気にせずに愛してくれた。そして、二人は接吻を交わして王子の呪いは解けた」
「何を言っている?そんな絵空事の何がいいというのだ」
「あなたにかかった呪いも解けるかな…」
「なっ?!」
瞳を閉じ、梨衣は身動きの取れないカイザの口元に口付けをした。カイザの言う通り彼女の話したのはただの童話に過ぎないだろう…だが、彼女は一縷の望みをかけてそれを実践したのだ。でも、もしそれが実現しなかったらと思うと彼女はその瞳を開けることはできなかった。
「ミス…ティ?」
「え!?」
カイザの口から紡がれたその名を聞いた瞬間固く閉じていた瞳は勢いよく開かれた。
「ミスティ、ありがとう」
「ううん…私も…助けてくれて…ありがとう…カイザ君!」
暗い洞穴の中、濃い霧の中で一組の男女が暫く抱き合っていた。奇跡を信じる者に運命の女神様は微笑んでくれるようだ。




