霧の乙女
「そう…なら思い出させてあげる。誘無身、手加減なんて一切しないで本気で行くわよ!」
霧生梨衣の目つきが鋭いものへと変わる。愛しきものの見た目をした奴に多少なりにも情が湧くと思われたが今の彼女を見る限り、キッパリと区別しきっているみたいだった。
「屍墓群勢、まずはこの小娘からだ…やれ!」
カイザに命令されて巨大な骸骨は俺のことなど眼中にないといわんばかりに霧生梨衣を一直線に見ていた。無視されるのは癪だが俺の力では奴をどうこうできるわけでもないのでこの隙に他にできることを探しておこう。骨を削っても核となる何かを壊さない限り倒れそうにないそれを霧生梨衣がどう攻略するのだろうか気になるがせっかく作ってくれた時間なのだ、有効につかわないとあとで怒られてしまう。
「シンリーさんこっちへ行きましょう」
「うむ、了解じゃ」
デカブツを遮蔽がわりにカイザの方へと歩み寄る。イイ感じに死角となっているそれには感謝しないといけないな。味方の図体のデカさが仇となるとは実に滑稽なことだ。
「さぁ、水よ…細かく霧散し、我らを包め…霧の乙女!」
霧生梨衣が新たに技を発動した。何が発動されたかはよく分からなかったがデカブツの足元にあった水溜りが蒸発し、この開けた空間全体を包み込む深い霧となっていた。
「ふん、目くらましか…そんなものが通じるとでも思っているのか?小賢しい!」
「目くらまし?そんなんじゃないわよ。これはあなたたちを倒すための準備をしているの。油断して足元掬われないようにしなさいよね」
「ほざけ!貴様如き小娘に負ける我ではない。屍墓群勢、さっさと潰してしまえ」
「そう、なら…そろそろ私も動こうかしらね。疑似水砲多重展開…撃て!」
バババババババババババッ
四方八方から一点目掛けて一斉に水の銃弾が放たれている。これは確か…ミスティの得意としていた水魔法の水砲に似ているな。でも、それとは少し異なっているみたいだ。水砲は自身の手に魔力を集中させて水を圧縮し疑似的な弾丸のようにして撃っていたが、今使っている技はそれよりも凶悪で広範囲に展開しながら射出できるマシンガンのようになっている。単発のピストル銃が連射性に富んだマシンガンになるとかどういうことだよ。あれ?でも、おかしいな。俺や霧生梨衣はこの世界とは別の世界の人間だからそもそも魔力を持ち合わせていないはずなのに彼女は一体どうやってあの水の弾丸を放っているんだ?疑問を解決するために彼女に話を聞こうにも霧で前も後ろもわからない。下手に動いて蜂の巣になるのは嫌だし、ここは一旦落ち着いて銃撃が終わるのを待つとするか。
数分間なり続けていた銃撃音が止み、辺りに静寂が訪れる。だが、まだ霧は晴れておらず視界不良の状態は継続中だった。う~む。俺たちは一体どうすればいいんだろうな。下手に動いて的になるのも違うし待ち続けても手持ち無沙汰だ。銃撃が終わったってことは勝敗が決したってことなのだろうか?それを確認しようにもこの濃霧ではわからないと…
「この霧って良くも悪くも邪魔だな」
「お主よ。こちらじゃ」
「え、あ、はい。ついて行きます」
シンリーさんの後について行くとさっきよりも霧が薄くなっているところへと着いた。そこにはなぜか霧生梨衣が仁王立ちしていた。
「あの~もう終わりました?」
「あら、そこに居たのね。よく私のいるところがわかったわね」
「えーっと、俺はただシンリーさんについてきただけなんでたまたまだね」
「ふーん。そこの老師はあんたの師匠か何かかしら?」
「いやいや、儂はそんな高尚なものではないのじゃ。嘗ては冒険者として名を馳せたが今はただの老いぼれよ」
「歴戦の冒険者ともなればこの濃霧の中でも人の位置が分かるのかしらね?」
「儂は目が見えぬが祝の恩恵でおおよそ何があるかくらいはわかるでの。少なくとも敵ではないお嬢さんの方へ参ったしだいじゃよ。少年とも面識があるようじゃし助太刀感謝するのじゃ」
「別に私は彼との決着をつけにきただけよ。妻として夫の不始末はどうにかしないとじゃない?」
「う~む。よくわからんが儂らにできることはあるかの?」
「別にないわね。下手に動き回らないこと…それだけ守ってくれればいいわ」
「了解なのじゃ」
「なぁ、さっきの水の弾丸って魔法なのか?俺たちには魔力なんてないはずなのにどうやったんだ」
「さっきのは~あんたのその爪と似たようなものよ。あんたがあの虎から力を借りているのと同じように私も誘無身の力を使っているの。転生してから水の魔法が得意だったのにも納得よね~転生する前の守霊の能力が水に関するものだったんだもの」
「どうやって守霊の力を使えるようになったんだ。誘無身さんと話せたのか?」
「誘無身とは話してはないわね。ただ何となくカイザ君を探すために速く移動したいって強く願ったら人が乗れるサイズの雲が生成されてね~それに乗ってここまでやってきたわけ。なんて言うかアニメとかでそういうの見たことあるでしょ?キン…なんとかっていうやつ。さっきの技も水砲のイメージを基に何となくでやった感じかしらね」
「まじかよ…」
何となくであんな弾幕を展開してたのか…もしかして彼女の天性の才能ってやつなのか?感覚でどうにかなってるのが末恐ろしいよな。
ダンッ!
「おわっ?!」
「あ~まだ終わってなかったみたいね」
「小娘、なかなかやるようだな。だが、屍墓群勢を倒すにはまだ足りぬ。束の間の休息は楽しんでくれたか?では、再開といこう。何をしようとも結末はお前らの負けだ」




