守護するもの
「ミスティーーーーー!!」
目の前にある光景は予期しないことだった。ミスティの腹部を貫く金属の刃、ポタリポタリと刃の先端から滴り落ちる紅い液体が最悪の事態を招いたと知らしめてくる。確かに奴は現世に封じ込めた…はずのになんでどうなっているんだ。
「きーさーまぁぁあああ」
怒り任せに彼女の背後にいる男をぶん殴る。その男の顔は良く見覚えのあるこの村の村人だった。何故彼がミスティを攻撃するようなことになっているんだ。そういえばさっきまでこの男は奴の技で倒れていたはずなのに…どうして?
「…は!?ミスティ!大丈夫かい。傷は…っくそ、血が止まらない」
「カイザ君、ごめんね。私、油断しちゃった…まだ終わってないっていうのに」
「ミスティ、それ以上話さないでくれ。血が…」
「カイザ君、私のことより…ほら、また来るよ」
「また来るってなにが」
「う…し…ろ…」
ミスティが最後の力を振り絞るように私の背後を指さした。振り返ると先程殴り倒した男のほかに奴にやられたはずの村人がひとりまた一人と立ち上がっていた。
「みんな…てつだ…ってくれ?おい、何をしようとしているんだ!どうしてその刃物の先に私たちがいるんだ」
起き上がった村人たちは各々何かしらの武器を手に持っており、それらすべてがカイザとミスティに向けられていた。一体何があったというんだ。今回の黒幕は封印したはずなのに…
「ワレラのオウをカイホウせよ」
村人の一人がそうつぶやくとほかの村人も呼応するようにそれを復唱しはじめた。我らの王?一体誰の事って…まさか、奴のことか?奴が魂を奪ったやつを使って脱出しようとしているというのか。まずい、封印は成功したがまだ完全というわけではないんだ。最後に楔を打ち込まないといけない。それがまだだというのに…封印を優先するとミスティが…ミスティを優先すれば封印が…私はどうすれば…
「カイ…ザく…ん、ふう…いん…」
「ミ、ミスティ!」
「ふう…いん…し…て」
「そうしたらミスティが…」
「おね…がい」
ミスティはそう言うと意識を失った。すぐさま彼女の胸に耳を当て心臓の音を確認する。希望はまだあるのか微かにまだ動いている音が聞こえた。しかし、一刻も早く治癒魔法をかけてもらわないといけない状態であるのは確かだった。彼女の意志を尊重すればここで奴の完全な封印を優先するべきなんだろう…だけど…
「ミスティ、ごめん」
私は彼女を抱きかかえその場を後にした。行き先は村人らが避難した方向だ。まだ彼女を救う方法があるのであればその道を私は選んだのだ。もし、この選択で最悪の事態になったとしても彼女を見捨てるって選択を選ぶよりはマシだった。私にとって彼女を守るということは何よりも優先すべきことなんだ。
バリンッ
必死に走っていると何かが割れる音がした。あ~未完成だった封印が破られたか…でも、私の選択は間違ってはいない。また奴と相まみえようとも彼女が…ミスティが傍にいてくれればそれでいい。ようやく先に避難した村人らに追いついた時、逃げてきたあとを追うように奴に操られている村人と奴が迫ってきているのを確認した。
「先生、彼女を…ミスティをお願いします」
「え、えぇ、わかりました。カイザ殿はどうされるのですか」
「私は奴の相手をします。皆さんも奴に狙われないようにある程度距離を取ってください」
ミスティを村の治癒術師に預けて、迫りくる奴らの方へ向かった。
「フヒヒ、アブナイところだった。このオトコのサクセンを試していてセイカイだった」
「その作戦ってのはそれのことか?」
「ソウだ。タマシイを奪いそのタマシイをヘンシツさせてマタ戻した。失われたイノチの火を灯しなおす…点命とヨブことにしよう」
「貴様!よくもそんなことを…」
「このニンゲンのもつカンガエは実にオモシロイ。質の低いタマシイにこんなツカイカタがあったなんて…フヒヒ。よきデアイにカンシャを」
「ふざけるな!貴様が奪った魂は貴様のものじゃない」
「タマシイ、戻したよ?」
「貴様が戻した魂はもうその人の持っていたものとは違うものだろ?それはその人の魂だったもので本物の魂じゃない。それは本物のようで違う贋作のようなものだろ」
「フヒヒ、贋作か~ワガ名とオナジ…それはスバラシイ!!オマエたちもワガ名とオナジにしてアゲルよ」
奴はそう言うと周囲にいた村人を優先して狙いだした。奴にとって質の低い魂を持つ者らを自分と同じ名前の存在に変えようとしているのだ。私はすぐさま幽世を発動させようとしたが奴の動きについていけなかった。奴の向かった先からは短い悲鳴が上がりそして静かになった。疲労のせいか奴を追う体力もなく私はその光景をただ見ることしかできなかった。そして、周囲のほとんどものが奴の手に落ち、あとは私と村の治癒術師とその助手、そしてミスティだけとなった。
「オマエはなかなかイイタマシイだな~」
奴はそういいながら治癒術師から魂を奪った。傍にいた助手は恐怖のあまり腰を抜かしていたが間もなく奴のしもべとなっていた。残るは私とミスティだけとなった。ミスティは治癒術師の治療のおかげか傷は塞がっていたが意識は戻ってなかった。
「さぁ~オマエたちはどうしようか。そのオンナのタマシイはよさそうだな」
「……ない」
「ン?フヒヒ、どうした」
「彼女は渡さない!」
「じゃあ、トメテみなよ。消命」
奴の魂を奪う技がミスティを襲う。
「すみません。師匠、私は禁術に手を出します。ミスティの魂だけは奴の好きなようにされたくないのです。我が愛は絶えぬ。失楽園の門を越え、彼の者を呑みこめ!真世」
奴の技が完成するほんの一瞬の隙に私の使った禁術が発動した。霊干渉者のみが使える禁断の空間魔法…真世。その空間はあらゆる現象からその対象への干渉を妨げるものでありこの世の理さえも捻じ曲げる。そして、その空間に閉じ込めた対象を世界の輪廻の輪から除外する。本来生き物は生まれて死ぬ定めにあり、その魂はその本質を変えて別のものへと繋がれていく。その繋がれてできる輪が輪廻の輪だ。人が到底関与できない代物だが、真世はそれを捻じ曲げることができた。何故できるのかはわからない。禁術だから詳しくは教えてもらえなかったんだ。今、彼女を奴の手から救うにはこれしか残っていなかった。私はやられてしまうけれど奴にミスティの魂を好きにさせるよりかはいいか…輪廻の輪を外れるということは生まれ変われなくなるということ…成仏もできずこの世界を漂う死霊になるとしても奴に奪われたくなかった。私の愛しいミスティ、君に悪いことをしてしまうけれど…私は君を愛しているよ。
真世が発動したのか、ミスティが横たわっていた場所には何もなかった。奴は驚いていたがまぁいいと諦め、私の方へと向き直った
「キサマはワガジャマをする。ならばそのタマシイ、ワレのためにハタラケ!ワガ傍でワガシメイのために…消命!そして点命!」
私の意識はそこで尽きた。私の魂は奴の思い通りにされているのだろう。あ~ミスティもう一度君と会いたい。それが叶わなぬ願いだとしても…




