愛し君よ
「消命!」
謎の仮面およびガンサクと名乗った男は怒り任せに技を放ってきた。確かあの技を受けると足元に横たわっている人たちのようになってしまうんだったか。奴の言動から魂を奪う技だと予想しておく。どういう魔法の類かはわからないが受けるとその時点で負けが確定する。決して受けてはいけない技だ。
「これもアレモ…すべてアルジ様にササグ」
奴の攻撃は私だけを狙い撃ちするものではなく周囲にいる村人も巻き込んで放たれている。とりあえず目に付くすべての生者から魂を奪うというわけか…これは良くない傾向だ。私に狙いが定まっているのなら奴をこの場から移動させることができるのだが今の状況では被害が拡大するばかりだ。
「皆さん、一刻も早くこの場から離れてください!」
まずはこの場にいる人だかりを散らす必要がある。これ以上被害者を出すわけにはいかない。
「ミスティ、皆が逃げるために時間を稼ぐ、力を貸してくれ!」
「わかったわ。何をすればいいの?」
「奴の手に注意しつつ詠唱を妨害してくれ。くれぐれも奴の技を受けてはいけないよ」
「うん。カイザ君はどうするの?」
「私は奴を止めるための術を考える。今奴はあの少年と融合している、それならばあの手が通じるかもしれない…それには時間が必要だ。確実に発動させなければいけないからね」
「妨害は任せて!カイザ君は準備に集中してていいからね」
「ああ、頼んだ」
ミスティに奴の妨害を任せて私は奴を止める秘策の準備に入る。秘策と言っても私のもつ空間魔法、幽世と現世を使ったコンボで奴を隔絶された空間に閉じ込めるって作戦だ。あの少年にどうして憑依しているのかは分からないが憑依していることで存在が確立しているのを逆手に取る。初めて遭遇したときは肉体もなく霊でもない正体不明だったが少なくとも今はあの少年に乗り移り実態があるんだ。現世で捕らえることができる。ルドーさんらを守るために囲ったのは間違った使い方で本来は悪霊などの類を封じるのがこの空間魔法なのだ。どうにか効いてほしいものだ。
カイザ君が奴を止めるための準備に入ったのを確認して私は奴に向き直る。手を翳し、詠唱するだけでその人の魂を…命を奪える敵が目の前いる。ちょっと怖いけどここで逃げたらみんなやられてしまう。カイザ君は皆を守るためにできることを探してその準備をしているんだ。私もその準備ができるまでやれることをやらなくちゃね。手を翳して詠唱が完了すると技が発動するのよね…なら私がやることは一つ!
「水砲!」
私が放ったのは水魔法、水の球を弾丸として射出する魔法ね。水球の大きさや発射する速度を調整できて色々と使い勝手のいい魔法で学び舎で完璧ってレベルまで練習したものよ。水球を小さく、発射速度を最大まで上げれば元の世界で言うところの銃みたいな扱いもできるけど今回は別の使い方をするの…水球の大きさは中くらい、発射速度は相手が避けれないくらい。確実に当てるようにタイミングを見計らって発射した。
バッシャ
よし、命中したわね。あとはちゃんと機能しているか確認しないと…
「ぅぅぐぅぅう」
ミスティの放った魔法を受けたガンサクはその顔全体を水球に覆われて溺れかけていた。必死に顔にまとわりつくそれを剝がそうとするが流体をつかむことができずバタバタとのたうち回っている。
「キ…サ…マ…ぅぅ」
私の狙いどおり奴の詠唱の妨害は成功した。技を成立させるには手の動きとあとは詠唱が必要となることはわかっていた。ならそのどちらかを制限すればいいってことよね。私のできる魔法は水魔法でそれをうまく使った結果がこれよ。これなら少しの間だけど時間稼ぎにはなるよね。
「カイザ君、そっちはどう?」
「ミスティ、こっちも準備はできたよ。今から試してみる。奴が暴れないように水魔法で拘束できるかい?」
「わかったわ。水砲!」
奴を拘束するために特大サイズの水球を射出し、頭から下をその水球で包み込んだ。これでいくら暴れても抜け出すことはできないわね。流体のように絶えず変化するものだからこそ脱出はほぼ不可能に近いみたい…我ながら極悪な方法を思いついちゃったな。
「空間魔法を使う。ミスティ、離れて!」
「うん、わかったわ」
「我らこの箱庭にて汝を待つ。開け!幽世」
辺りの雰囲気が一変した。これがカイザ君の空間魔法か~初めて見るかも…
「念のために縛っておくか…黙らせよ!捕縛の鎖」
どこから現れたのか無数の鎖がガンサクをグルグル巻きにした。うわ~なんか残酷な仕打ちしてるみたいだけどこうでもしないと皆、魂を奪われちゃうんだもん…仕方ないよね。
「そして、乖離せよ!現世」
ガンサクを更に見えない壁が囲い、姿が見えなくなった。これで奴を捕まえたってことでいいのよね?
「カイザ君、終わったの?」
確認のためにカイザ君のほうを振り返る。カイザ君は肩で息をしながらもやり遂げた表情をしていた。やったみたいね。
「これであん…し…うっ」
油断したつもりはなかった。でも、腹部が焼けるように熱い。何が起きたのか分からなかったけど私を見ているカイザ君の顔がどんどん悲痛と怒りが混ざったものへと変わっていって何が起きたのか予想がついた。ダメだったみたい…ね。薄れゆく意識の中で私に向けて手を伸ばす彼の顔が印象深く残った。




