楽園《エデン》商会
「放しなさい!妾を誰だと思っているのよ」
煌びやかなドレスを纏った少女が牢の前に立つ男に叫んでいるが、男はまるで聞こえていないかのようだ。
「なんなのよなんなのよ!衛兵は何をしているのよ。信じられないわ」
鋼鉄の檻の中でギャーギャーと叫び散らかす少女の声を聴き受けるものはそこにはいなかった。ここはエデン商会が管理している奴隷の保管場所だ。崖を掘り進め洞穴のような空洞を多数作り、外界の光さえもとおらない場所、さらにその奥には頑丈な鋼鉄製の檻が用意されており、その中に奴隷たちを収容している。奇跡的に檻から出れたとしても無数の穴道のどれが外界につながっているのか知るものはエデン商会の店主と用心棒だけだった。
「異常は ナイ?」
人形を片手に持った男が牢の見張り人に話しかける。見張り人はその問いにコクリと首を縦に振った。
「そうか新しい ドレイ 連れて キタ」
人形男はそういうと一つの洞穴の入口を指さす。
「さっさと歩け」
「ま、待ってくれ」「す、すこし休ませてくれんかの」「い、いや…」
「歩け!」
大きなメイスに鋼鉄の鎧を纏った者が両手を縛られた大男と目に包帯を巻いた初老の老人、ローブを纏った少女を小突いて牢へ誘導している。
「入れ」
メイスを持ったその者の命令に反発せずにそれらは牢へ入った。
「ドルフィネ、これで奴隷は集まったか?」
牢の中には今さっき入った三人のほかに五月蠅い少女の四人が収監されている。
「まだ足りない ドレイ の質。 あのお方に捧ぐ タマシイ 少ない」
人形男と鎧がなにやら会話をしているがまだ何かが足りないらしい。
ガッ
鎧は唐突にメイスを地に叩きつけた…数秒後
「へ、へい旦那~なんの御用でしょう」
すると何処からともなく一人の薄汚い男が手をこまねきながら現れた。鎧が呼び出したのはただの人ではなくネズミのような見た目の亜人だった。
「奴隷がまだ足りないとのことだ。集めよ!」
「ま、まだ足りないんで!?あの小娘だけでもかなりの値打ちモノだと思うんですが...」
「足りないと言っている」
「へ、へいお待ちを...このラタリーめにお任せくださいませ」
鎧はメイスを地に突き立てそれの柄に両の掌を重ね、直立したままネズミ亜人の返答を聞いていた。ネズミ亜人は鎧に返答をするとそそくさとその場を後にした。人形男と鎧もそのあとを追うように順に暗闇へと消えていった。
「ちょっとあんた!そんなでかい図体してなにやってんのよ。あんな奴ら、早く倒しなさい」
「そんな無茶なことを言うなよ。見たろあのメイスを…こちとら素手だぜいくら鍛えた肉体があろうともあんなんでなぐられりゃひとたまりもねぇ」
「なによ、妾の命令よ!大人しく命令にしたがいなさい。妾を誰だと思っているの?ノーブル帝国次期皇帝アザレア・ノーブルよ。さぁ、さっさとここから出しなさいよ」
アザレア・ノーブルと名乗った少女は臆することもなく自分の何倍もある大男にギャーギャーと文句を垂れている。大男はその文句一つ一つに無理だだとか敵わないとか否定していた。いくら言っても何もしない大男に嫌気がさしたのか少女は次なる標的に苛立ちをぶつけ始めた。
「あんた何よ!そんなローブ被っていないで顔を見せなさい!」
鬱憤晴らしの標的になったのはローブを纏った少女だった。牢の隅でビクビクしていて弱者に見えたのかたまたまなのか運の悪いことにアザレア・ノーブルに絡まれた。やや無理やりにローブを脱がされその下に隠れていたものが露になる。
「な、何よ…つ、角?!それに…尻尾…キャー!妾に近寄らないで!この汚らしい竜亜人」
「な…竜の…亜人だって、う、うわぁあああ」
ローブを引き剥がされ角と尻尾が露になった少女をみたアザレアと大男は悲鳴を上げて牢の隅へと飛び退く。
「あ、あぁ~」
少女はすぐにローブを取りその身を隠し縮こまる。
「なんで竜亜人なんかがこんなところにいるのよ。一緒なんてごめんよ、ここから出しなさいよ」
「そうだ、ここから出してくれ」
アザレアと大男はさっきまでとは段違いに騒ぎ立てる。
「ウルサイ!」
居なくなっていた人形男がその騒ぎを聞きつけて戻ってきたようだ。
「あんた、妾をここから出しなさい。竜亜人なんかと一緒なんて嫌よ」
「お、俺も出してくれよ。逃げねぇからよ」
アザレアと大男は人形男に懇願する。
「消命」
人形男が人差し指を大男に向けて何やら唱えた。すると大男はビクンと体を震わせたかと思うとドサリと牢の床に伏した。
「な、なによ…これ」
目のあたりに包帯を巻いた老人が静かに倒れた大男の傍により様子を確認する。
「し、死んどるようだの」
「え、うそ…」
「次 騒いだら オマエ も…」
人形男はギロリと少女を一瞥しもと来た暗闇へ歩いて行った。少女は恐怖のあまり騒ぎそうになったが目の前の大男の死体を見て冷静になる。
「ぅ…ぅぅ…」
「下手に騒ぐのは危険じゃの、お嬢さんもこれ以上はやめておくようにの」
少女は老人の言葉にゆっくりと首を縦に振り、後退りながら牢の隅へいった。
「野ざらしは流石にいかんが…今は大したものもない故な…これで我慢してくれの」
老人は羽織っていた羽織を遺体に被せ、引きずるように少女らがいない牢の隅へと動かした。




