声が聞こえる
グガッシャーーーーーー
腹蜂と針蜂が同時に攻撃を仕掛けてきた。針蜂に至っては先程与えた傷など気にならないとばかりに体液を滴らせながら突っ込んでくる。流石に正面からこの攻撃を受けたらひとたまりもないのでギリギリまで引き付けて回避する。腹蜂はその重たい図体に働く慣性を制御できずに巣の壁に突っ込んだ。針蜂は軽く旋回してもう一度攻撃しようとしている。こいつらとやっていても埒が明かない。例え倒したとしても司令塔である頭蜂を倒さないと生き残っている部位が襲い来る。
「狙うのは頭だけだってのに…全然近づけもしない。どうすればいいんだ」
状況はかなり不利だった。針蜂二匹の軽快な連撃とたまに襲い来る腹蜂の捨て身の突撃、その奥に控えている鉤爪蜂にも注意しながら戦わないといけないという状況…救援は無し、なんなら倒れ伏しているベリルさんを守りながらの戦闘はジリジリと俺の肉体に疲労をためていくものだった。一瞬の油断が死に直結するという緊張感もあり、戦闘初心者であるケントには荷が重すぎるものだった。
「うぐっ…かはっ…」
ひたすら耐えしのぐ長期戦、敵は交互に攻撃してきてそれぞれの負担をカバーし合っている。一糸乱れぬ連携を前にケントの限界が先に訪れた。集中力の途切れ…一瞬の気のゆるみに腹蜂の突撃を諸に受けてしまった。腹蜂の勢いのままに巣の壁にぶつかり、めり込む。全身には激痛が走り、突撃を受けた部分は熱い液が滴っている。ここぞとばかりに針蜂も追撃を繰り出してくる。エイトビーは蜂の魔生物でもちろん毒針を持っている。通常のエイトビーの毒ならすぐさま体外に排出すれば何ともないのだが、ビーインフィニティの毒はそれとは格が違った。体内に入ると速攻で回り、死に至る速攻の致死毒だ。食らえば即死、それだけは免れない。
「ここ…までか…弱いのに調子に乗って…力もなく出しゃばって…あれだけ頑張って…ベリルさんに鍛えられたから…何とかなるって…自分は英雄なんだってそう思い込んで…この様かよ」
もう目前に針蜂が迫っている。鋭利に尖った二本の毒針がキラリと光った。
「ここまでか…」
『お前はそんなものか?』
なんだよ、幻聴が聞こえてくるなんて本当にダメなのか…でも…
「違う…でも、どうしろっていうんだよ…」
『諦めるのか?』
「諦めたくない。こいつらに勝ってベリルさんとみんなとまたはしゃぎたい」
『そうか、なら我の力を使うがいい。死力を尽くして戦おうぞ!さぁ、構えろ!』
キンッっと針蜂の突撃を手甲鉤で受け止めそのままそれを切り伏せる。そこに立っていたケントの雰囲気はさっきまでとは違っていた。
「うぐっ…痛ぇな。ケントは…な、なんだこれは」
目を覚ましたベリルは、激痛に悶えながらも目の前に広がる光景に己の目を疑ってしまった。そこに立っていたのはケントらしき何かだった。漂うオーラは強者のもので恐怖すら抱きそうになった。その周りには切裂きバラバラとなった紅い蜂の死骸が散らかっていた。
ガッシャーーー
奥のほうに控えていた鉤爪蜂が一直線にケントに向かって飛んでいく。
「ウラッ!オラッ」
両手の手甲鉤からは淡い橙色のような爪が出ていて俺が渡したそれとは別のもののように見えた。両手を交互に振るったケントの足元には攻撃を仕掛けてきた鉤爪蜂が転がっていた。
「マジ…かよ。ケントのやつ、こんな力を隠し持っていたのかよ」
ガッガッ…シャーーーー
ケントの周りには七つの死骸が無残に散らばっている。その光景をみて逃亡を決めたのか、頭蜂が踵を返しケントから逃げようとしていた。
「ウルァァァァァァァアァアアァ」
ケントは雄たけびとともに両手の手甲鉤をブンと振るった。その間合いに頭蜂はいないのに何故?と思ったがすぐさま理解した。振るった手甲鉤からは橙色の斬撃が生まれ、一直線に頭蜂に向かっていった。
ズッシャーーー
斬撃波が頭蜂に命中し体液をまき散らしながら墜落した。
「やったのか…おい、ケント!お前、やったのか」
全身の痛みなんか忘れて、重い体を持ち上げて戦果を残した弟子のもとに向かう。両腕がいう事利かないのでバランスが取れずフラフラとした足取りだった。
『まぁ、こんなものか。ケント、今のお前じゃこれが限界のようだ。我の力の一割も引き出せないなんてとんだ主様だぜ』
「うっ…」
ケントから纏っていたオーラが消え、糸が切れた操り人形のようにバタリと地に付した。
「おい、ケント!大丈夫かよ。くそ、両腕がこんなんじゃどうしようねぇな。おい、起きろ!」
どうにか起こそうとしたが、うんともすんともいわねぇ。まだ、エイトビーの巣の中だってのに何寝てんだこいつは…
「ベリル!大丈夫かい」
「ガリズマ、ラーシャルド、いいところに来た。ラーシャルドはケントを担いでくれ。脱出だ!」
陽動をしていたガリズマとラーシャルドがエイトビーたちよりも一足早く巣にたどり着いたらしい。本来ならばバーハニーを採取した俺らと巣の外で落ち合う予定だったのだが、巣の外にいないことを不穏に思い、巣の中まで向かいに来てくれたようだ。これは助かった、この腕じゃケントを引きづって出口に向かうこともできなかったからな。
「ベリル、何があったかは…あとでね」
「ああ、分かった」
ラーシャルドがケントを担ぎ、俺もガリズマに助けられながら巣から脱出した。




