仲間のために
「うぉりゃーーーーーー」
力の入らない両腕を根気だけで振り上げる。同時に激痛で意識を失いそうになるが気合で何とか保つ。
「向かってくるのなら好都合、その速さ使わせてもらうぜ」
高速で向かい来るビーインフィニティの手足、それらに向けて腕に装備している手甲剣の切っ先を翳す。こうすれば少なくとも相打ちになることができる。ビーインフィニティはかなり危険な魔生物だ。今はこの混迷樹の森に巣くっているがいつ商業街ノーヴァに舞い降りるかわからない。もし、運よく帰還できたとしたらギルドと連携して討伐するためのクエストが発生するだろう。だが、無事に帰れる保証はない…敵に背を向けて逃げようとすればすぐさま風穴を開けられ絶命するだろう。そうなるくらいならば、こいつを討伐しに来る冒険者のためにすこしでも戦力を削いでおこうとベリルはその身を犠牲にしようとしていた。
「ちっ、俺らしくもないがもうどうしようもねぇからな。あとは任せたぞガリズマ…」
目の前に迫る大きな鉤爪を前に覚悟を決める。男ベリル、ここに散る...
「ベリルさーーーーーん」
「え、えっ?!」
ガシャーン
唐突に名を呼ばれたかと思ったら、目の前まで来ていたビーインフィニティの手足が吹っ飛んでいた。何かの塊をぶつけられたらしい。
「何が起きたんだ?」
「ベリルさん、大丈夫ですか」
「な?!お前なにしに戻ってきた!逃げろといったはずだぞ」
「そうですね。確かにそういわれましたよ。でも、その命令のまえにガリズマさんから頼まれごとをされていたんです」
「そんなのはどうでもいい。早くここから逃げろ、死ぬぞ」
「いやです。ここで俺の仲間であり師匠であるベリルさんを置いてくなんてしたらガリズマさん達に合わせる顔がありません!」
「バカ!これは遊びじゃねぇーんだよ。敵との命の取り合いだ。手心なんてありもしねぇ、ガチの殺し合いだぞ。俺がダメだったんだ…お前に何ができる?」
「何ができるかわかりません…でも、ここで逃げるように教えられた覚えはないんですよね。俺の師匠は何度倒れようが高笑いしながらまた立ち上がれっていう人です。何ができるかじゃない、その身が朽ち果てるまで挑んで…挑んで…挑んで打ち負かす。それが俺が師匠の教えです!ベリルさん、下がっててください。自分の弟子が何処まで成長したか見せて上げますよ」
ガッガッ…シャーーーー
ビーインフィニティの手足がよろめきながらも舞い上がる。なにかを纏わりついているのか羽ばたきが弱弱しい。
うーん、どうしようか…大見得を切ったもののまさかこんなことになっていたなんて想像もしていなかった。ベリルさんの様子からあの紅い蜂はかなりの強敵だろう。ベリルさんは両腕をはじめ、全身ボロボロだった。俺をコテンパンにしてた人がそうなってるんだ、あれ?俺がこいつをどうにかできることなんてあるぅ?
グガッシャーーーーーー
周囲を飛び回る紅い蜂の内なんか尖った針を持った奴が二匹飛んでくる。考える暇もないんですか~まぁ、そうですよね。だって殺し合いしてたんだもん。ベリルさんに教わったことで何とかやるしかない。
「ハッ!」
ベリルさんの教えその一!
手甲鉤は内側からの衝撃には弱い。攻撃を受ける際は自分の体真正面から受けて立つ。
ガッシャーーーン
「ウグッ」
相当な衝撃が両腕に走る。だが、受けれないことはないらしい。
ベリルさんの教えその二!
受けたら即反撃せよ、攻撃のあとは一番無防備となる。その瞬間を逃すな。
「おりゃ、くらえ!」
攻撃をしていた二匹の紅い蜂をはじくと同時に手甲鉤で切裂く。紅い外殻が頑丈なのか大した傷は負わせられなかったが、それでもダメージを与えることはできたようだった。
反撃を受けた紅い蜂は後退し、他の紅い蜂が攻撃の機会をうかがっているようだった。
ベリルさんの教えその三!
敵が複数いる場合、自分に一番近いやつ、最も危険な武器を持っているやつには特に注意をしろ。致命傷を受けなければ体力と気力が続く限り闘い続けられる。
今、最も近くにいるのは先程はじいて反撃を食らわせた針を持った蜂、その先に動きが鈍い鉤爪蜂、でかい体躯の蜂、そして、デッカイ頭の蜂だ。鉤爪蜂は殺傷能力は高そうだが今は十分に動けないようで、もうしばらくは攻撃してくることはなさそうだ。針蜂は反撃を食らいすこしたじろいでいる様子、だけど一番近いので注意しておかないといけない。そんでもって奥のデカい体の奴も厄介そうだな。頭蜂はなんだろうか…司令塔みたいで攻撃してくる様子はなさそうだ。まだ体力もやる気も十分だ、闘える!
「ケント、頭だ…頭を狙え!」
「頭を狙えばどうなるんですか?」
「アイツはビーインフィニティっていうやつだ。クエスト前に話していたヤバいやつだ。だが、弱点はエイトビーと同じ、頭をつぶせばいい。うっ、もうダメみたいだ。アドレナリンでどうにかごまかしていた痛みが顔を出してきている。もし、ヤバそうなら俺を置いて逃げろよ。命あっての物種なんだぜ」
「ベリルさん、俺ってそんなに頼りないですかね?」
「期待は…して…い…る」
バタッっと意識を失ったのかベリルさんがその場に倒れてしまった。期待はしているか…何が何でもこの状況を乗り切らないとな。




