駄作と失策
「お前ら速度を上げるぞ。俺から離れるなよ!」
一足先に村へと戻る刃鬼とその部下の鬼人達は人並外れた身体能力で村まであと半分のところまで来ていた。鬼人族は武器鍛造を生業とする一族で一本の名刀を作り上げるのに数日、数週間工房に籠ることもあった。それゆえその体力は軒並み外れたものであり筋力も外見からは見えにくいがしっかりとついていた。村の一大事となりうる今、その鍛え抜かれた肉体の真価が発揮される。
「刃鬼様、体力はまだ大丈夫ですがこれ以上脚力のほうはどうにもなりません。いかがいたしましょう」
「あれを使う」
「あれ…ですか?」
「そうか、そういえばお前らの前では見せたことが無かったか…まぁいい。お前ら今から更に速度を上げる。大地を蹴る力はそのままに流れに身を任せろ!」
「…は、はい!」
「纏うは正か負か…反発し…引き合い…力を生み出す。雷磁鳥」
バチンッ
刃鬼の体からほんの一瞬火花のようなものが飛び散った。それも束の間次の瞬間にはまるで閃光のように部下の鬼人諸とも先程の速さの三倍で移動しだした。
地面を踏みしめその力の反発で体を前にやるのではない。地面が反発と同時に更に鬼人たちの脚を弾き飛ばしていたのだ。本来人が走るうえで大地を踏みしめその反動をばねのように吸収反発し前進する動力へと変えるのだが刃鬼の繰り出した雷磁鳥は己の脚をばねにするだけでなく地面そのものがばねを押し出す感じで反発していた。それは磁石の同極どうしが反発するかのようだった。地面を蹴り跳ねているのではなく地面スレスレの見えない何かで踏ん張りそれがその力を増幅反発し踏みしめた力で更に前進しようとする。それが刃鬼が使った技の本質だった。
「ぅぅう、す、すごいですね。バ、刃鬼様ぁぁぁ」
あまりの速度に声を発することもままならないようでその口から紡がれる言葉は風にほとんどかき消されていた。
バチンッ…バチンッ…バチンッ…
鞭で打ち付けたような音が一定間隔で響き渡る。その音がなるたびに刃鬼達は再加速を繰り返していた。雷磁鳥が反発を加速力に変えるものである以上適度に反発しなければならない。鳥も空を飛ぶ際には羽ばたきと飛翔を交互に繰り返しているのと同じことだった。
「これなら…行けるっ!」
すごい速度で村へと向かう刃鬼たちのすぐ目先に村の入り口が幽かに見えてきた。到着まであと数十秒といったところだった。
「村だ!」
ドガァァァアアアアン
突如轟音とともに村の中心部あたりから光の柱が伸びた。
「まさかっ」
刃鬼は速度を緩めることなく更に加速し村へと突っ込む。天へと伸びる光の柱のところへと辿りつき目を見開いた…
「嘘だろ…」
目に入ってきた光景は村の中心にドデカイ剣が突き刺さっていた。周りを見渡すと肩身を寄せ合ったり尻もちしたりしている村のものの姿があった。
「お前ら臨戦態勢に入れっ!これ以上犠牲者が出ないように尽力せよ!」
辺りに響きわたる声で指示を出す。それを受けて部下の鬼人達は周囲に展開し、見受けられる村のものを守れる位置でドデカイ剣を注視した。
「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなぁぁあああ」
剣の柄の部分あたりに浮遊する見覚えのある者が怒号をあげ怒り狂っていた。
「どこが魔刃だぁぁああ?とんだ出来損ないではないか…あの人間っ!」
「何が起きたというんだ…」
刃鬼をはじめとして駆けつけた鬼人達はその状況が全く呑み込めなかった。
「敵が持ち去ったあの剣は鈍だったというのか?百目鬼が作った代物だ、そうであっても何らおかしくない」
「これでは主様に謙譲どころか侮辱しているのと変わらぬではないか…おのれぇぇぇええ」
ずざざさぁぁっと地面に突き刺さった剣がゆっくりと持ち上がっていく。
「やはり悠長にやっていては駄目なようだな。私自身に益はないが優秀な腕をもったものに伝授してやればいいことだ。頭の中がごちゃつく故使いたくはなかったのだがこれもやむを得ん…」
狂気に満ち溢れた鎧のものは空を舞い離れていてもその怒りと邪悪な思想がフツフツと湧きあがってるのが見受けられた。
「お前らすぐにこの場から同胞を連れて離れろっ」
刃鬼は叫んだ…だがほんの一瞬遅かった。鎧のものが逃げ惑う鬼人たちの内最も近くにいた者のもとへと瞬間移動し、そしてその者の頭を鷲掴みにして何か呟いていた。
「失意の果てへと飛び立て、汝が生み出す知性の欠片は我を作りあげる一片へと移り変わる…亡創失意。喜べ…貴様はもう何も考えずとも良いのだ。無を楽しめよ」
誰もその速さに反応することができずただその光景を見ることしかできなかった。短い詠唱の終わりとともに鷲掴みされていたものはその手から解放され地面に崩れ落ちる。
「ふーーーはっはっはっ、最初からこうすればよかったのだ。面白い…面白いぞ!この知識っ」
「五領伐雷!」
ザッザッザッザッザッと鎧を五本の剣が取り囲む。
「剣光よ、邪なるものに裁きの雷を!鳴剣飛雷ィィィ」
鎧が周囲を取り囲む剣に反応する時間も与えず結界生成と最大打点の技の詠唱を終える。
周囲を取り囲んだ五本の剣により生成された空間内にいる鎧に向かって高威力の雷衝撃波が放たれる。
「その技は…知っているぞ」
不気味に笑う鎧は自身を取り囲む剣の内一本に向かって黒い球を射出した。
「どんなにはやくとも雷の速さに勝ることはないだろ?仲間の仇だ、滅べ!」
轟音とともに空間内に煙が立ち込める。微かに肉の焼けたようなにおいもしてきた。その臭いは芳しいものではなく異臭に近かった。戦乱の中でよく漂っていた臭いだった。
「お前ら油断するんじゃねぇ。決して無傷でいるはずはないが何をしてくるかわからない。細心の注意を払え」
立ち込める煙を見ながら部下を含め今その場にいる鬼人たち全員に注意喚起を促す。
煙が晴れ中の様子を伺う…
「まさか…」
空間には何も残っていなかった。ただ残されていたのは真っ黒に焦げた同胞の亡骸だけだった。
「こんなことがあるわけ…」
「刃鬼様っ危ない!」
背後から聞こえる部下の声、その声の方向を振り向くことなく激痛が刃鬼の背中を襲った。衝撃とともにその力のベクトルへと吹き飛ばされる。勢いよく飛ばされた先の家屋にぶつかり壁にめりこんだ。
「刃鬼様ぁぁあ」
微かに聞こえる部下の声、それに答えることもできず刃鬼の意識は遠のいた…




