脅威
ガチュッガチュッ
「おい、マジかよ…」
ガガッシャーーー
「やべっ」
ベリルさんが偵察に行って数十分が経過した。だが、一向に戻ってくる気配がない。
「ベリルさん、大丈夫かな」
キンッ…カッ
「うん?何の音だろう」
唐突に金属と金属がぶつかるような音が響いた。ベリルさんが偵察しにいった方からだった。
「ベリルさん、なにかあったんですか?…うわっ」
小部屋から外を覗くとそこにいたのは大きな鎌、ガチンガチンとぶつかり合う鋭い歯、巣の天井に届くほど大きな深紅の体を持つ蜂の化け物がいた。
「ケント!はやく逃げろ」
「ベリルさん、そいつって…」
「いいから、逃げろ!命令だ」
「は、はい」
ベリルさんのあまりの形相にすぐさま巣の入口の方に向かって走った。入口に向かうには目の前の紅い蜂を抜けないといけなかったがベリルさんがどうにか気を引いてくれたおかげで抜けることができた。
「はぁ…はぁ…ここまでくれば大丈夫かな…」
目の前には巣の入口と遥か下に地面が見えた。通ってきたほうからは金属どうしがぶつかり合う音が響いていた。
「クソッ、まさか本当にいやがるなんてな。噂もガセじゃなかったってか」
紅い蜂が鎌のような足を振るい、それを間一髪のところで手甲剣で受けながす。今、目の前にいるのはガリズマが噂に聞いていた危険な魔生物…
「エイトビーの希少変異個体、ビーインフィニティ…」
グッシャーーーーーー
「ケントは逃げれたのか…流石こいつとやり合うのはキツイな」
ビーインフィニティとはエイトビーの希少変異個体だ。その体は通常のエイトビーの二倍の大きさで紅く、鋭い鎌のような鉤爪を持っている。飛ぶ速さはエイトビーの十倍あるがここは巣の中なのでその脅威の飛行能力は発揮されないのは唯一の救いだろう。しかし…
「チッ、受けてばかりじゃ埒が明かないな。散らせ、疾先刃」
鎌のような四肢を振り払い、手に装備している手甲剣で高速の切裂き攻撃を繰り出すが…
「マジかよ」
一通り攻撃をして一息、どれだけのものか確認すると…切裂き攻撃を与えたはずの四肢には傷ひとつもついていなかった。
ガガガガシャーーーー
攻撃は効いてはないようだがビーインフィニティを怒らすには十分な足掻きだったみたいで、その複眼には俺の姿が一面に映し出されていた。
「こりゃ~俺もやばいな。瞬け!疾踪」
疾踪は一瞬にして移動する技だ。あっちからこっちへと移動を繰り返し、敵の隙を見つけるための回避と攻撃のための準備を同時に行う対人戦などにおいてベリルが最も多様する技だった。多勢に無勢な状況をなんども乗り越えたこの技にかなり自信があった…だが…
ブンッ
「グハッ…ぅぅ」
マジかよ。こいつ俺の動きをすべて見抜いたうえで的確に一撃を繰り出してきやがった。痛え…だが、鎌のように鋭い部分じゃなくて助かったな。
ガガガ…ガチュッガチュ
なんだよ、こいつ…目も前で苦しんでいる俺を見て楽しんでいるのか…ただの蜂野郎にしては気持ち悪い趣味してやがるぜ。こんな奴に遊ばれる俺じゃ…ねぇ!さっきの攻撃で何本か骨をやられちまってるが幸いまだ足も手も動く…まだやれる!
「くッ…おい蜂野郎、疾踪がだめなら他のも見せてやるよ。そのたくさんあるお目目で見分けてみやがれ…騙されろ!幻」
幻、ベリルが幻影のベリルと呼ばれる所以となった技だ。疾踪をベースにさらに移動を活発にし、人のできる限界速度で動く。それにより残像が生まれてベリルが複数いるように見せるものだ。はたから見ればただのまやかしだろうが、実態がないだけでその残像ははっきりと見えるため本体を見抜くのは至難の業だった。
「おい、蜂野郎!そんなにたくさん目があってもどれが本物かわからねぇのか?俺は…ここだぜ。貫け!穿刺」
完全にビーインフィニティの死角から手甲剣での突き攻撃を食らわせた。疾先刃で攻撃した四肢ではなく、紅い外殻に包まれた柔らかそうな腹をひと突き…
グガガガァァァ
大きな叫びがあがった。致命傷にはならずともダメージが入ったのをその叫びで理解した。
「へっ、蜂野郎も痛いって感じるんだな。これでお互い様だぜ」
ガガガガシャーーーー
「こいよ、どれが俺かわかるならなぁ」
ビーインフィニティのその眼にはさっきまでの怒りとは別の何かが宿ったようだった。それは明確な殺意、強者たる己に一撃を与えたこの人間を必ず殺すという強い意志だった。




