修業
「おいケント!なにへばってやがる。まだまだ序の口だぞ?」
「何言ってるんですか!昨日もその前もここ数週間まともな休みもなく朝から晩までこれじゃないですか」
「言ったろ容赦しないって」
「そんなこと言ってましたっけ?」
「あ~もう、つべこべ言わずに立ちやがれ!ほら、爺さんと嬢ちゃんを見習ってな」
修行が始まり俺、シンリーさん、シュアちゃんはベリルさんの監視下のもと毎日朝から晩まで休みなく鍛錬させられていた。ギルド【ガベラ】に入ったときにも戦闘練習として毎日転がされていたけど今やっているのはその何十倍もの鍛錬だった。武器の扱いから体術、それに体幹トレーニングに基礎体力強化のための持久走、更に筋肉トレーニングとありとあらゆるものが綿密なスケジュールのもと執り行われていた。全部のメニューを終えるころには地面に倒れてしまっている。動くのもやっとの状態でご飯に風呂にと済ませるとそのままベッドにダイブインする…目を開けるとまたそれの繰り返し…文句を言いたくなるのもわかって欲しい。
「シンリーさんはともかく~シュアちゃんはよくついて行けてますね」
「おい、何感心してやがる。おめぇもやるんだよ!ほら立て」
「わかってますって~すこし休むくらいいいじゃないですか」
「話す元気があるなら休む必要なんかねぇだろ?さっさとやる!」
「…は、はい」
俺もベリルさんの言われるがまま今日のメニューに戻った。それを見届けるとベリルさんも自分の修業に取り掛かり始めた。手を抜いたり少しサボってたりするとさっきみたいにベリルさんの雷が落ちるので真面目にやるしかないのが厳しいところだった。俺って雷に対する耐性はあるはずなのにベリルさんの雷は段々と降りやまない豪雨へと変貌するからどうにもならないんだよな~なんて考え事をしながらメニューをこなしていると…
「主様~みんな~お昼の時間だよ~」
ギルドハウスの中からエプロン姿のトーナが出てきてそう知らせてくれた。お昼ご飯…それは今の俺にとって最も休める時間だ。なにせ朝からずっと動きっぱなしなんだ朝食は軽いものしか食べていないのでもうエネルギーが底を尽きそうだった。ご飯のときはベリルさんも食べることに夢中になっているのか何も気にせずゆったりと過ごせる。厳しい修行の中の唯一の癒しだった。
「シュアちゃん、ベリルさんの修業によくついてこられるね」
食事の最中しれっとシュアちゃんに尋ねてみた。
「ええっと、一人で生きていく上で色々とやってきたおかげだと思います。体力は旅を結構してきたからですかね…」
少し照れながらも俺の質問に答えてくれた。旅をするだけでベリルさんの修行について行けるだけの体力ってつくものだろうかと思いはしたが日頃から体を動かしていたと思えば納得もできる。俺は~まぁそれなりには動いていたかな?いや、どうだろうか…長距離を移動する際には電車なりバスなりと交通手段を用いていたし、毎日運動らしい運動も~やってこなかったよな…これが高度に発展した文明の弊害なのだろうか…いや違うか…ただ楽してた結果が今の俺だな。今の生活をこのまま続けていたら元の世界に戻った時には超人にでもなるんじゃないか?まぁそのまえに元の世界に戻る方法を見つけないといけないな。梨衣にも元の世界に戻る方法がないか聞いたことがあるが彼女は元の世界に戻る気がないらしいし、戻っても寝たきり生活しか待っていないからこの世界にいる方がいいとのことだった。てことで有力な情報は無し。情報屋を見つけて元の世界に戻る方法がないか調べたいけどベリルさんの修行をサボることなんてできっこないしどうしようもなかった。
「よぅし、お前ら午後は武具を用いた実戦形式でやるぞ。えーっと嬢ちゃんはまだ早いから~爺さん、嬢ちゃんに基本的な構えとか教えたりできるか?」
「無論じゃ儂に任せなさい」
「ほらケント、準備しろ」
「え!?もうやるんですか?」
「当たり前だ」
「今さっきお昼ご飯を食べ終えたんですよ?」
「それがどうした?腹ごなしだよ腹ごなし。さっさと準備しやがれ」
「わかりましって~」
仮面の悪魔ガンサクとの一件以降本当にベリルさんは容赦しなくなった。他者の魂と魔力を奪う恐ろしい奴…そいつがいつあらわれてもいいように万全な体制を取っておかなければという焦りもあるのかもしれないが流石にこの状況で奴と再戦することになったら色々と厳しいものがあると思う。身のこなしなどは前よりも格段に良くなったと思うが毎日の疲れが積み重なっているというデバフがそれを弱めてしまっている。ベリルさんも承知しているが今は鍛えることが優先らしい。奴が襲ってこなかった場合に全賭けして一気に強くなってしまおう作戦などだとか…おかげで俺の体はボロボロよ…
「それじゃあ、いくぞ!用意はいいか?俺はできてる。ルールは簡単、相手に参ったって言わせたほうの勝ちだ」
「いいですけど~ベリルさん、一つ賭けをしませんか?」
「あぁ?なんだよ賭けってのは」
「この勝負、俺が勝ったら週に二日休む日を設けてもらいます」
「ほほう、で俺が勝ったらどうなんだ?」
「ベリルさんが勝ったら~ベリルさんの言う通りに何でもしますよ」
「随分な自信じゃねぇか。よし、その話乗った!負けたら今の倍以上に厳しく行くからな?言い訳は聞かねぇ、全力でこい!」
「はい!」
両者愛用の武具を身につけ構える。こういう時は最初の一撃が肝心だ。如何にそれを相手に当てるか…もしくは当てずとも次につながるようなものにするか…それが一番大事なんだ。
一意専心初撃にすべてを賭ける…
「爺さん、開始の合図を頼むぜ。その方がいいだろ?」
「わかったのじゃ。では、両者お互いに構えて…はじめ!」
シンリーさんの掛け声の元両者渾身の一撃を振るう。
キーン
金属と金属がぶつかり合い甲高い音が鳴り響く。初撃はお互いの武具による正面からのぶつかり合いだった。力自体はあまり差はなく両者引き分けのようだった。すぐさま二撃目を放とうと体重を移したところ…
ピシッ
俺が装備していた手甲鉤が刃の付け根から砕け散った。突然の出来事に二撃目の勢いを制御できずそのまま刃の折れた手甲鉤を振るってしまう。ベリルさんも勢いのついた手甲剣を急には止めきれずにいた。ベリルさんの手甲剣があと僅かで俺の腕に直撃しそうになったとき、審判をしていたシンリーさんの手刀がベリルさんと俺の腕を叩き落した。両者勢いに乗ったまま前のめりに盛大にコケた。
「いててて」
「いってぇなぁ、おい」
腕に痛みが走ってはいるがシンリーさんのおかげで両者怪我無くすんだ。
「危なかったのじゃ。二人とも怪我はないかの?」
俺らのことを気にかけてかシンリーさんの後ろにシュアちゃんもついてきた。
「お怪我はないですか?」
「あぁ、怪我はしてねぇ。おいケント!手入れはちゃんとしてんのかよ」
「してますよ!いくら疲れようともそれだけは欠かさずにやってますって」
「そうか、ならそいつの寿命ってところか」
「寿命…ですか?」
「あぁ、もとは俺が使っていたものだからなそれなりに年期があるものだった。まだ使えるとは思ったが色々と酷使していたこともあり限界が来たんだろう」
「そうなんですね」
「物はいつかは壊れるもんだ。まぁ、今回のように修業中に壊れる分にはまだどうにかなるな。仮面の悪魔やら強力な魔生物との戦闘中に壊れなくて良かったよ」
「そうですね」
「仕方ねぇ、今日の実戦形式の練習は延期だ」
「ってことは~お休みですか?」
「はぁ?何言ってやがる。休む前に替えの武具を調達してからにしやがれ」
「あ、はい」
「この際だ、自分で扱いやすものをみつけてこい」
「ベリルさんも一緒にきてくれるんじゃないんですか?」
「なんで俺が一緒に行く必要があるんだよ。俺も自分の武具を見なきゃならん。自分の分は自分でやりやがれ」
「はい…」
ベリルさんに言われたとおりまずは武具の調達を行うことにした。俺がいるのは商業街ノーヴァだ。街のほうに行けば様々な武具が目白押しだからないいものを探すとしよう。




