回想
翌日、十分な休養をとり束の間の休日を過ごすことになった。といっても明日からはベリルさんによる地獄の猛特訓が控えていると考えるとあまりのんびりともしていられなかった。ここ数日間ずっと横になっていたせいか体が鈍っている感じがした。なので軽い運動をしながら生活必需品などの買い足しをしようと一人ぶらりと商業街のほうへと向かった。
「いつ来てもここの賑わいはすごいな~」
まだ日が昇って数時間しか経過していないというのにあちこちの商店で客の呼び込みが飛び交っていた。
「さぁさ、そこの旅人さんよってらっしゃいな。見てくれよこの魚!今朝引き上げられたものを直送したんだ新鮮でうまいことは保証するぜ!」
「そこの奥さん、こんな朝から買いものたぁあごくろうなことでぇ!旦那もいい嫁さんをもらったなぁ。はっはっはっ、そんな頑張る奥さんにこちらの商品をお勧めするぜ、ちょいとうちの店によっていきなさいな」
「串焼き~串焼き~焼きたてで肉汁たっぷりの串焼きはいかがかな~」
といった感じどの店も盛り上がりをみせていた。
「串焼きか~おいしそうだな」
朝食を取らず急いで出かけたからか空きっ腹に香ばしい肉の焼ける匂いがクリーンヒットした。腹の虫が早く食べさせろとグゥグゥうるさくて仕方ない。
「親父!串焼き二つ貰っていいか?」
「おう、毎度あり!おや、あんたはギルド【ガベラ】んとこの英雄じゃねぇか。この街にきて日が経ってねぇのにあのデッカイ蜂のバケモンを倒したんだろ、スゲーじゃねぇか」
「いやいやそんなことないですよ」
「そんな英雄様がうちの商品を食ってくれるなんて感激だね。ほら、一本サービスしてやんよ。上手かったら宣伝よろしくな!」
「ありがとうございます」
店主から串焼きが入った包みを受け取りその場を離れる。まさか俺のことを知っているなんて思いもしなかった。でも、確かにここ数日のうちに色々あったなぁ。
知らないうちに異世界に転移させられて着の身着のまま能力なしの無一文で荒野に置き去りにされていた時には途方に暮れそうだったな。運よくドレッドさんという商人にであってこの商業街ノーヴァに連れてきてもらったのはすごく運が良かった。なんかいいバイトをこなしたら真ん丸の毛むくじゃらに懐かれたのは想定外だったけどそれもいい思い出だな。
異世界なら冒険したいよねってことで冒険者になったけど、いざクエストをやってみると死と隣り合わせで元の世界とは次元が違ってたな。でも、ギルドに入りガリズマさんやベリルさん、ラーシャルドさんという頼れる仲間と出会えたのは本当に良かった。ビーインフィニティとの戦闘もベリルさんの猛特訓のおかげで死なずにすんだわけだしね。でも、地獄の猛特訓はあまり乗り気になれないんだよな…だって本当にきついんだよ、あれは…
ビーインフィニティとの戦闘は結局俺が戦ったんではなくて俺の守護精霊である猛虎が俺の肉体に憑依してやったんだっけ…そのときは守霊がなにかもわからず目が覚めたら英雄扱いで驚きの連続だった。今では慣れたけど英雄なんて二つ名がつけられて元の世界とのギャップにとまどったよな。
新たなクエストに挑むにあたり他のギルドの人とも交流があったんだよな~特にギルド【血の番人】の方たちとはあの対ドルフィネ戦を経験したからか他のギルドの人よりも親しくなったと思ってる。でも~ベリルさんとルシウスさんの仲は変わらなかったみたいなんだよな~
なんであの二人が仲が悪いかはわかんないけど喧嘩するほど仲がいいって言葉もあることだしいざというときは協力する強敵ってことなんだろう。
カイザさんの能力の中で俺と同郷の転生者、霧生梨衣と出会ったのは驚いたな。俺以外にもこの世界に来ているひとがいるなんて考えもしなかった。しかも、あっちはこの世界で生まれ変わった転生タイプ…顔も名前もリニューアルで知識だけは引き継がれるとかいう強くてニューゲームもどき…まぁ、生憎俺の容姿はそこまで悪いもんじゃないし気に入っているからこの顔のままで異世界にきたのは不満じゃないんだけど魔法とかの能力は欲しかったよな。魔力の有無をはかったらゼロとかマジで着の身着のまま異世界転移なんだよな~。
まぁ、霧生梨衣もなんやかんやで俺と同じで魔力なしの守霊持ちになったし、転生という段階を踏まない者は魔力を得られないとかそういう感じなんだろうな。
俺の守霊である猛虎は電気を扱う爪を主な武器とする虎の精霊で結構ノリがいいんだけどところどころ頼りないんだよな。でも、そこは主である俺のせいな部分もあったし一概に猛虎が原因とはいえない。でも、魔力がないかわりに異世界っぽい能力があってすこし嬉しかった。だって異世界ライフって魔法とかスキルで俺強ぇーって感じじゃん?でも、俺は無能って夢壊れるって!
でも、俺の目的は力じゃない。どうやってこの世界から元の世界に戻るか…その方法を探さないといけない。そのためには俺が何故この世界に呼ばれたのか…その理由を探してそれを排除しなくちゃならないだろう。まぁ、これに関してはあくまで推測の域をでないんだけどね。だって理由もなく別世界の人間をそのままの状態で転移させるのって世界の理的にどうなのって感じだよな。めちゃくちゃおかしいもん。
俺の転移の原因についてはゆっくり探していくとして死なないようにこの世界での生活を楽しまなくちゃな!
「主さま~」「ケントさん」
「ん?トーナにシュアちゃんどうしたの?」
「主さまの行くとこトーナありだよ?」「昨日まで寝込んだのにもう動いていらっしゃるので心配でみにきたんです」
「あ~二人とも話すなら一人ずつで頼むよ」
「はーい。ねぇねぇ主様、それなぁに?」
「あ、これか?俺の朝食。急いでて食べるの忘れてたからさ」
「トーナにもちょうだぁい」
「お前は食べてきたんじゃないのかよ」
「だって、おいしそうなんだもん。ちょうだいちょうだいちょうだい!」
「あ~わかった。やるから落ち着けって」
「シュアちゃんもほら、店主がおまけしてくれたからさ一人一本ずつあるんだ」
「私は…」
「ほら」
「ありがとうございます」
「あ~明日からベリルさんの猛特訓かぁ~憂鬱だ」
「ベリルさんの猛特訓ってそんなにきついんですか?」
「きついってもんじゃない」
「でも、ケントさんが強いのってそのおかげでもあるんですよね?」
「ん~どうだろ…全部が全部じゃないと思うけど半分くらいかな」
「私も一緒にいいですか?」
「え!?」
「私も強くなりたいんです」
「うーん、あまりお勧めはしないけどそういうことならベリルさんに言ってみるよ」
「はい、ありがとうございます」
シュアとトーナとともに串焼きを食べながら商業街をあるく。必要になりそうなものをひとしきり買いギルドへと戻った。
「ケント、ゆーっくり休めたか?明日は覚悟しろよ」
「は、はい…」
「あの!ベリルさん、私も特訓に加わっていいですか?」
「え、あ~別にいいが俺は相手が女だからって容赦しねぇから覚悟することいいな?」
「はい!」
「よし、いい返事だ」
「ベリル殿、儂も加わらせてもらうのじゃ」
「爺さんもかよ。まぁいいぜ伝説の冒険者がどれくらいか見てやるよ」
「ほほっ、若かりし頃の栄光故今はどれくらいかわからぬが遅れは取らぬよう頑張るのじゃ」
「みんな~ご飯の用意ができたよ。ギルドハウスに入って~」
「”は~い”」
前に比べると少し狭くなったこのギルドハウスで皆で食卓を囲い食事をする。そんなひと時の平和というのは実にいいものだ。あの魂を奪う能力を持ったガンサクという悪魔といい、シュアちゃんの大切な恩人であるレニーショさんの命を奪ったウツロと名乗った女といい、この世界には今のようなひと時の幸せを奪う悪がいる。そんな悪にあらがいながらこの平穏を守る…それが元の世界に戻るまでに俺がやるべきことになるだろう。まぁ、いまはそんな先のことを考えるよりこの時をたのしもう。




