魔王とは
城下町を抜け、彼らが住むという城に到着した。馬車が止まり、外に出ようとすると、城に仕えていると思われる人たち十人に囲まれてしまった。
どうやら俺たちの負傷の具合を確認しに来たようだ。担架を持っていたり、治療器具のようなものを持っている人もいる。
「まずは貴方達を治すのが先だね、担架に乗って」
少女が俺や鎧の男に向かって言うと、奪われると思ったのかシーアさんは俺を抱き寄せて少女や周りを不審そうな目で見た。
「……贄巫女、貴方は貴方で治療が必要なんだよ。根源からの引き寄せ、もう随分と強くなっているんだろう? ご主人を側に置いて恐怖を紛らわせるのはいいけど、根本的な解決が出来るなら、そっちの方がいいんじゃないかい?」
それでも離そうとしないシーアさん。俺のことを心配そうに見ている。
「俺の事は大丈夫です、シーアさん。治してくれるというなら、お言葉に甘えてみましょう。治ればきっとすぐ会えます」
そう言うと、シーアさんは観念したようで、渋々俺を担架に乗せた。不思議な模様の描かれたローブを着た、いかにも凄そうな魔術師という感じの人に連れられて、シーアさんは先に城内へと入った。途中、振り向いて俺に深くお辞儀をしていた。
俺も担架に乗って運ばれていく。暴れたりしないように、魔法で縛り付けられている。担架で運ぶ二人の他、俺の様子を見たり、状況を見て魔法をかけたりする人が二人、俺の側、担架の横についている。位置的には囲まれている状態なので、なんだか落ち着かない。
後ろの方で、少女と鎧の男が何やら言い争っている。
「兄上も早く担架に乗ってください」
「いや、俺はいい。一人で歩ける」
「脚ももげたらどうするつもりです? いいから早く乗ってください。貴方が一番重症なんですよ!」
鎧の歩く音が聞こえ、次いで少女が周りに指示を出すのが聞こえた。
少しの小競り合いの後、鎧の男は担架に乗せられたようだ。少女は一つため息をついた。
広間やら廊下やらを通り抜け、少女の自室だという書斎に案内された。
書斎兼研究室といった様子で、部屋としてはかなり広い。そこで俺たちは治療を受けるんだそうだ。
俺に二人、鎧の男に四人使用人がついて、それぞれ治療を受ける。一人が止血していた布を取り、薬草で作られた軟膏を浅い傷に塗っている間、もう一人の方は、光る透明な板に何やら呪文のようなものを刻み込んでいる。
「まず初めに、貴方の名前を教えてくれるかな?」
「悠です」
素直に自分の名前を言うと、少女と鎧の男は顔を見合わせた。
「ユウ……だけ? それで終わり?」
「何とも奇妙だな。だがこれも判断材料としては確かなものだろう」
少女が軽く咳払いをして続ける。
「それでは、ユウくんの為に一つづつ話していこう。まず我々の素性から。我々はこの世界で一番の大国『ベスティグル』の王族にして、首都である『フィルヴィネ』を領地として治める一族、フィルヴィード家。僕は第三王子のエインセルで、鎧の彼は、正妻から産まれた兄弟ではないが僕にとっては自慢の兄上、ジェイクだ」
紹介を受けて、鎧の男、ジェイクさんは俺に軽く会釈をした。兜は外されていて、顔を見た感じ二十五歳くらいの印象だ。黒い短髪に、射抜くような鋭い目、厳つい顔は、まさに無骨な騎士といった様子だろう。
俺も会釈を返し、少女……いや、第三王子の方をじっと見る。
「……王子ねぇ」
「うん、王子。あぁもしかして、僕の姿が気になってる? 簡単に言うなら、趣味と実用を兼ね備えた最強装備だ。魅了されてもいいんだよ?」
「いや別に……」
エインセル王子は冗談さ、と笑った後、さりげなく話の筋を戻した。
「さて、そんな僕たちの住むこのベスティグル、そして我々が今立っている、この世界唯一の大陸には悩みの種があってね。国を脅かすほど強大な力を持ち、全てを奪わんとする存在が定期的に現れるんだ。例えば、君たちを囲っていた『豊呪の民』はその中でも極めて悪辣な邪竜、ドルグウェンムルルを王として祭り上げていた」
話の途中だが、負傷した方の翼にちょっとした違和感を覚え振り向いた。見ると、先程まで光る板だったものがスライム状になって翼があった部分をすっぽりと覆っている。傷口に露出していた骨の辺りからゆっくりと再生しているようだ。
翼を気にする俺を見て、エインセル王子は気になるよね、という顔をして頷いた。
「そういった存在を、魔を以て王に成らんとするもの、縮めて『魔王』と呼んでいる。魔王は自覚なしに人々を危険に晒すものもいれば、人間を害する為に産まれてきたものたちもいる。それらをまだ存在が不完全な幼体の内に討伐することで、被害を格段に抑えるんだ。現に、我々はそうやって建国史上五千年の安寧を保ってきた」
魔王。ゲームやアニメなんかだと魔物を率いる、黒幕で、ラスボスだ。この世界ではそれが沢山現れ、幼体の内にどんどん倒されていく。もしこの世界にゲームやアニメの魔王が現れたら、きっと物語が始まる前に終わってしまうだろう。
「もちろん幼体の内に倒せないものもいたし、紛争や虐殺に発展してしまったこともある。倒せたとしてもそれが終わりでないものもいた。邪竜ドルグウェンムルルはいくら倒しても必ずどこかで復活し、豊呪の民に卵を守らせ、彼らの王に君臨する。三千年程前と言われる最初の発生からずっとそれを繰り返しその度に我々は打ち倒してきた。いたちごっこさ」
エインセルはジェイクさんの方を指した。ジェイクさんについている使用人は、とても慎重に鎧を外そうとしている。
「兄上は、王族に仕え、魔王の幼体とその信奉者を狩る、黒騎士とも呼ばれる騎士団『オルの黒爪』の団長だ。だから、貴方たちと出会った時は、邪竜の討伐と豊呪の民の掃討の為、小隊を組んであの場所に行ったんだ。もちろん僕たちの大目標は奴らの王、ドルグウェンムルル。まだ卵の内に潰してしまおうと思っていたんだけど、まさか贄巫女を連れて空を飛んでるとは思わなかったよ」
エインセル王子はふふっと笑った後一呼吸置いて続けた。
「最初見た時は弾除けに一般人を連れてるのかと思って焦ったね。それに、貴方が墜落した現場に駆けつけたと思ったらこの有様だろう? 予想外なんてもんじゃない。ほら見てごらんよ、兄上の体を。こんなのは傲慢なる邪竜のやり口じゃない」
静かに、ゆっくりと、ジェイクさんの鎧が外される。左肩の装甲が外されると、腕回りの肉がボロリと落ちた。焼け焦げた部分から黒い茨のような痣が体中に走っている。
「……俺が、やったんですか」
「そうだね。最上級と謳われる魔力防護を意にも介さず、人間のみを焼き焦がした。……これは、貴方がやった事だ。」
優しい口調に、少しの怒りが混ざっている。
「僕たちなら治せるから貴方を恨まずに済んでいるんだ。……メリー、オルゲオ。治癒魔法は効いているか?」
エインセル王子は、ジェイクさんの治癒を担当する使用人二人に話しかけた。二人は残念そうに首を横に振る。片方が口を開いた。
「いいえ、やはり物理的な負傷ではないようです」
「ならば呪いだろうか。トランク、頼めるかい?」
トランクと呼ばれた、俺についていた使用人は、俺の血を拭ったりした布を持ってジェイクさんの方へと向かった。メリーと呼ばれた使用人が、入れ替わりでこちらに来て、治癒をしてくれるようだ。
「……すみません。俺のせいで、こんな酷い怪我を……」
俺はジェイクさんに深く頭を下げた。
「こちらは平気だ。貴様が気にすることではない」
「いや、兄上びっくりするほど重症だからね? なんでこんな時にまで強がるのかなぁもう」
ただ感情に任せて火を吹いただけで人間の体をこうも負傷させてしまうなら、出来るだけ火を吹かないようにするか、あまり強くない火を吹くようにしよう。
しかし、この世界に来て早々一人の腕をもぐとは、やっぱりどこに居てもろくな事しないな、俺は。
「これより邪竜ユウの血液より、解呪の魔素を錬成します。皆様はサポートと、解呪された所から順次治癒をお願いします」
ジェイクさんについている使用人たちが、先程のトランクという人を中心に、連携して治癒にあたるようだ。俺の翼にも使われた光る板はジェイクさんのところにもあるので、おそらく失った左腕は俺と同じように治すのだろう。
綺麗に治ってほしいな。
「話を戻そう。今回の件で、僕たちにもわからないことがある。それはユウ、貴方自身についてだ」
俺自身について。俺もよくわからないんだから他の人が知っているわけはないか。
「ドルグウェンムルルは人を誑かして世界の王に成らんとする傲慢。人間のことなんて何とも思っていない。奴の言葉は人の心に漬け込み汚染する害だ。なのに貴方はその性質とは全くかけ離れている。自分のことを人間だと言うが、そもそもこの世界について何も知らない」
どうやら俺は、本来産まれるはずだったドルグなんとかとは全く違う存在らしい。豊呪の民の人たちやシーアさんが知ったらどう思うだろうか。
「名前も短いしな」
「ね、びっくりしちゃった」
ジェイクさんの言葉に気さくに同意するエインセル王子。
「えっ、名前も関係あるんですか」
そう口を開いた瞬間、部屋のドアが勢いよく開いて、ズカズカと何者かが入ってきた。腕を拘束されているのに、追い縋る衛兵や警備兵のような人たちをいなして躱して蹴っ飛ばしてタックルかまして、嵐のように歩行している。
「そうだとも! 竜というのは貴族気取りの見栄っ張りばかりで名前を長ぁくするのが大好きな阿呆どもだ! ちなみに一番長いのがエルベシルスキ・ヨーデルンゲン=アグルグラスジリュースターで……」
聞いたことのある声が元気よく辺りに広がっていく。
「まだお呼びしていないのに随分とお早い到着ですね、流石は魔女様」
エインセル王子は呆れ顔で皮肉を言い放つも、相手に自重の一つもないため、更に呆れてため息をついた。
「ユウ、紹介しよう。彼女が魔女イールグニース。元魔王であり、貴方をこの世界に招待したという女神その人だ」
王子の紹介を受けて、ふてぶてしい笑顔と共にずいっと俺に近づく。子どものような容姿に似つかわしくない角や大きな手、尻尾を持ち、煌々と目の輝く不敵な顔つきをしている。
これが、あの時の女神のご尊顔か。
「久しぶりだなぁ、多摩川悠」
説明だから話が長い!