再誕日
俺、多摩川悠は死んだ。
親父のタバコの不始末がきっかけで火事が起こり、逃げられず呆気なく死んだ。
全く、最後までろくでもない人生だった。
でも今はそんな事どうでもいい。
暗くて何も見えないが、ここはなんだか心地良い。うずくまって眠るだけで、全ての苦しみから解放されたような安らかな気持ちでいられる。
「おい、多摩川悠。儂の声が聞こえるか」
何処からか子供のような声が聞こえる。俺のいる場所から遠いのかはわからないが、やけにくぐもっている。
返事をしようとしたが、何故だか声が全然出ない。せきとめられているようだ。
「無理に話すなよ、まだ体が出来てないんだからな。それと儂は子供じゃない、貴様をここに連れてきた偉大なる女神であるぞ」
いやいや、女神って……。神様なんているわけないじゃないか。漫画やゲームじゃあるまいし。というか自分で偉大な、とか言うのはどうかと思う。
「あっはは!このガキンチョめ、よくもまぁ抜かすじゃないか」
……もしかして、俺の考えてる事筒抜けか?
「まぁよい、本題に入るぞ。これから貴様を待っているのはそれこそ漫画やゲームに出てくるような、魔法があり、歩兵が剣で戦い、様々な種族の人類が闊歩し、そして少なくない数の人間が、大なり小なりの目的を持って日常の一つ外を冒険する、そんな世界だ」
楽しそうに、しかし威厳を持って、女神とやらは続ける。
「儂が貴様に与える試練はただ一つ。この世界を壊せ」
壊せ、ときたか。救えとかじゃなく。というか、この世界の女神を自称してるのに世界壊してもいいのかよ。うさんくさいな、この女神。
「単純な破壊でもいい、魔を以て王に連なるほどの武勲や権威を手に入れ国取りをしてもいい。あるいは、貴様のその人間らしい感性で、人間達の心に深く何かを残すのも良い。とにかく、五千年停滞したこの世界で、時計の針を進めるほどの活躍を貴様に期待する」
意図は何となくわかったような気がするが……無理だろ。簡単に言うけど、今まで普通の、いや普通未満の人生を送ってきた俺にそんな事出来る訳がない。思わず首を横に勢いよく振ってしまった。無理無理。
「まぁ、その辺りは生きる中で自分で決めよ。破壊程度、貴様なら簡単に出来る様にしてある」
生きなくてもわかるくらいの無茶振りなんだが。というか破壊が簡単ってどういうことだよ。スーパーパワーとかチートスキルを持ってますよ、みたいな話なのか?
「神は無茶振りするものだろ?伝えるべきことは伝えた。儂は帰る。時を止めるのもいい加減疲れたのでな。また会おう、多摩川悠」
何かすごい現実離れした情報の波のような女神の言葉は、これを機にパタリと止んだ。本当に帰ったらしい。
だけどまぁ、あれだけ色々言われたけど、正直俺には何も関係ない。ここで眠るのが一番いい。生きていたって苦しいだけだ。異世界で暮らしたって、きっと変わらないだろう。それなら、産まれもせず、この天国みたいな場所にずっといた方がいい。
そうして俺はまた、長い眠りについた。
はずだった。
あれからどれだけ経ったのかわからないが、今いるこの空間がどんどん狭くなってきている。前までは浮いているような感じだったのに、いつの間にか頭やら背中やら何かよくわからない部位やらが壁に当たって居心地が悪い。このまま狭くなり続けて、潰れて死ぬんじゃないだろうな。冗談じゃないぞ。
あんまりにも狭苦しいので、身じろぎしては体勢を変え、暴れてはぶつかって、を繰り返していると、右足の方からバリッと音がした。どうやら壁を蹴破ったらしい。ほのかに光が差し込んでいる。
狭くなったのは、もしかしたらあの女神とやらが何かしたのかもしれない。文句の一つでも言ってやろうと思って、空いた穴をバリバリ広げ、遂には空間の外へと飛び出した。
俺は言葉を失った。
目の前には明らかに邪教カルトの祭壇みたいな部屋に、二十人くらいいるガリガリに痩せた信者っぽい奴ら。そして同じくガリガリに痩せた司祭っぽい奴の、期待と希望の入り混じったイカれた目が揺らぎながらこちらを見つめている。
目が合ってしまった。司祭っぽい奴は俺の目を凝視しながら静かに言った。
「………邪竜様が御生誕なされた」
その言葉を皮切りに、信者っぽい奴らが一斉に俺を崇め平伏しながらすごい形相でよくわからない呪文みたいなのを口々に唱えている。地獄か?
そりゃあ女神も時止めるよ、こいつらに関わりたくないもんな。俺も今すぐ逃げたい。
異常な光景に面食らって思わず俯くと、そこにあったのは大きな鱗に鋭い爪を携えたトカゲの前足みたいな何か。びっくりして自分の手を上げると、やはりトカゲの前足が動く。
キョロキョロと体を確かめると、どうやら俺は四足歩行だし、体中硬い鱗まみれだし、なんか翼も生えてるし、尻尾もついてるし、オマケにそれら全部自分の意思で動かせる。足元には先程までいた空間、つまり割れた卵の殻があった。
もしかして俺、ドラゴンになってる……?
何が起こってるかわからん内に、司祭に抱き抱えられ、祭壇を後にしていた。
「邪竜様にはこれより食事をしていただきます。我々が腕によりをかけて作り上げた最高傑作です。どうぞご照覧を」
「……話が全然見えてこないんですけど、俺この後どうなるんですか?」
「はは、ご冗談を。邪竜様は我ら『豊呪の民』の王となるお方。我らのこの後など、豊穣を絶ち、世界の新たな支配者として君臨する他ありますまい」
聞いてもあんまり話が見えてこないんだけど、俺邪教カルトの王様にさせられるのか?嫌だなぁ……。
卵の殻との格闘でめちゃくちゃ疲れて腹も減ったし、食事を食ったら隙をついて逃げよう。ろくな食事じゃ無さそうだが。
「ここが邪竜様のお部屋となります。食事はこの中に用意してありますので、ごゆるりとお寛ぎください」
長く感じる廊下移動を終え、めちゃくちゃ大きな扉を開けると、多分大人になった竜のサイズを想定してある、広くて華美な部屋があった。
デカい玉座の近くには俺より一つ下、大体十四歳くらいの少女がいて、玉座周りの花の手入れをしていた。服装が布一枚羽織っただけみたいな感じで何か危うい。
「シーア、こちらへ」
司祭がそうやって呼ぶと、シーアと呼ばれた少女はこちらへやや駆け足でやってきた。
服、というか布がヒラヒラする度に褐色の肌が結構見えてしまっているが、気にする様子が全く無く、いつもならドキッとするような露出度だがむしろ不気味さを覚えてしまった。
ガリガリだった信者や司祭と違って肉付きはいいものの、骨格からスレンダーなのか細身で、美人なのにどこか病的な雰囲気があり、目に生気がない。やっぱりこの子もここの信者なんだろうか。
「邪竜様、御生誕おめでとうございます。私は貴方の巫女、シーアです。お食事の用意は出来ております、どうぞお食べください」
彼女は深々と頭を下げた。言葉にも生気がなかった。
「あ、ありがとうシーアさん。ところで食事は何処に?」
「目の前にてございます」
司祭はそう言って前を指すが、前なんてシーアさんがいるくらいで、こんなだだっ広い部屋に食卓の一つもないし……。
え? まさかそんな、いやいや……。
「生け贄?」
「勿論でございます」
勿論じゃないよ。めちゃくちゃショッキングな話のはずなのに淡々と述べる司祭が怖い。
俺の困惑を気にせず、シーアさんは俺の手を取り、微笑みながら言った。
「貴方のお口に合うよう、産まれてからこの時までずっと努めてまいりました。贄巫女という大役、とても喜ばしく思います。どうか、私の血肉を最後まで、お楽しみくださいませ」
「嫌です………」
この言葉を、俺は引き攣った声で言う他無かった。
読んで頂きありがとうございます!
もしよろしければ、評価していただけましたら飛んで喜びます。