朝です
大きく息を吸い込むとルッタは、声の限りに叫んだ。
「あっさでーすよぉーー!!」
ガンガンガンとなべを打ち鳴らす音が、平和な朝を切り裂いてしまう。
まずは大きな方の毛布の山が動いた。
「んおっ……もう朝か……」
毛布の中からは金髪を短く刈り上げた、いかつい大男が出てくる。このパーティーでは前衛を務めるアッシュだ。
「おはようございます、アッシュさん。目は覚めましたか?」
「応。ルッタは今日も朝から元気だな」
そう言ってアッシュの無骨な手が、ルッタの小さな頭の上に置かれる。アッシュの手のひらが大きいせいで、耳が片方、くしゃっと折れてしまうのは仕方がない。しかし、その手つきは小鳥を撫でるかのように優しかった。
「さぁさぁ、目が覚めたなら顔を洗ってきてください。あとは……」
もう一つの毛布の山を見れば、もぞりと動きはするものの、起き出してくる気配はない。
はぁ、と溜め息を吐くとルッタは、なべとおたまをその場に置く。
「お、き、な、さ〜〜い!!」
とととっ、と軽く助走をつけて身体ごと毛布の山へと飛び込む。ぐぇっ、とうめき声があがり、それと同時にルッタの小さな身体はぼよん、と弾かれてしまう。
「ひどいじゃないか、ルッタ……潰れてしまう……」
毛布の中から抗議の声が上がるが、これも仕事なのでルッタはその毛布をひっぺがしにかかる。
「何を言っているんですか!そのご立派なクッションは飾りですか?!いいから早く起きてください!」
この毛布の山の住民はファイス。蛇の亜人、いわゆるラミアの魔術師だ。このパーティーでは頭ひとつ抜けてレベルが高い。普段はとても頼りになるお姉さんなのだが、とにかく朝が弱い。彼女を起こすのにルッタは連日、四苦八苦しているのだった。
「まだ陽が昇りきってないじゃないか……んん……まだ、起きる時間じゃない……」
「起きて準備しないと!今日中に目的地まで行けませんよ!?」
探索の旅程は余裕をもって組まれていたが、そのゆとりはもうほとんど全て食い潰されてしまっている。ファイスの寝起きの悪さが、少なからずその原因になっていると、ルッタは苦々しく思っているのだ。毛布を引っ張る手にも力が入るというものだ。
「ほらほらほら〜!うきゃぁっ?!」
急に、ルッタの小さな身体が宙空へと持ち上げられた。その足首にはウロコに覆われたしっぽが巻き付いており、そのままルッタを毛布の中へと引きずり込んでしまう。
「あぁ……ぬくい……ぬくぬくぅぅ……」
「ちょっ、ファイスさん、寝ぼけているんですか?!離っ、離してください!ぴゃあっ?!ヘンなところにしっぽを絡めないでください!!」
「はぁ〜……ふわふわぁ〜……もふもふぅぅ……」
「ぎゃーっ?!耳っ!耳がぁ〜っ?!ご主人、助けてぇぇーっ!?」
結局、ディグが毛布を引っ剥がして、アッシュが拳骨を落としたことで、ファイスはようやく起きだした。
しかし、ルッタのことはしっかりと両腕で抱え込んだまま、まだ解放していなかった。
「提案があるんだ」
「聞くだけ聞いてやろう」
アッシュが憮然とした顔で応える。
「朝は寒い。寒いとあたしは動けない。でもルッタはあったかい。それなら、あたしの寝床にルッタを放り込んでくれたら、暖がとれて、朝も起きられるんじゃないかな?」
「そんなに人肌が恋しいのなら、俺が添い寝してやるぞ?」
「えー?アッシュはムチムチでゴツゴツだからなぁ〜……ふわふわのもふもふでないとダメだ」
半ば夫婦漫才じみたやり取りに、ディグがため息を混えながら割って入る。
「そんなに言うなら、ちゃんとルッタに交渉して、契約したらどうだ?一晩でいくら取られるか分かったもんじゃないけど……」
胸元へと見下ろすファイスの視線と、その腕の中から見上げるルッタの視線がぶつかる。
「ファイスさんは扱いが酷いので、定価の5倍……いえ、10倍はふっかけます!」
涎まみれの耳を振り乱しながら、ルッタが吠えた。
「10倍……」
「おい、コイツ、真面目に計算し始めたぞ?」
ファイスの手が空中で算盤を弾きだした隙に、ルッタは遂に拘束から抜け出すことに成功した。
と、何に気付いたのか、はっとなってファイスの手が止まる。
「あ、でもディグとの契約がある日はダメじゃない?その日は遅起きでも、仕方ないよね?」