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働きもののルッタ  作者: かきょ。
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不寝番です

 

 深い森の中では夜の闇も色濃く、加えて小気味よく焚き木が爆ぜるものだから、ルッタはうとうととし始めていた。気を抜くと大きな耳がくてん、と横になってしまいそうだ。

 一人の夜番には、やはり限界がある。

 とは言え、他の3人のパーティー・メンバーには、しっかりと休息を取ってもらわないと、冒険を続けていけない。今回の探索も佳境に入りつつある。明日もまた、今日のように、危険な原生生物と死闘を繰り広げることになるだろう。そうなった時に、ルッタにできることはほとんど何もない。荷物持ちポーターの悲しい現実である。

 なので、せめて他のメンバーにはしっかりと休息を取ってもらい、明日の戦いに備えておくべきだと、不寝番を"かって"でたものの……

 やはり、一人の夜番は退屈で、つまらない。

 焚き火をつついてみたり、首から提げた呼笛を撫でてみたり。そうやって所在なく手を動かしてみても、眠気は増す一方だ。さっきからもう何度目だろうか、あくびを噛み殺し、目をしばたいて、ぷるぷると頭を振るってはみたものの、睡魔は振り払えそうにない。

 背後でがさりと、小さな物音がしたのをルッタの大きな耳が捉えた。

 しかし、ルッタは慌てない。ゆっくりと振り返り、そっと声をかける。


「まだ日は昇っていませんよ?もう少し寝ててください」


 物音の主はーーーー黒髪の青年、ディグは、体を起こすと困ったような笑いを浮かべて、頭を掻いた。


「随分と眠そうだけど、大丈夫かい、ルッタ?」


「ご心配なく。出発前には少し仮眠を取りますし……」


 そのために荷造りもあらかた済ませてありますから、と言おうとしたが、あふれかけたあくびを慌てて噛み殺すために言葉を続けられなかった。

 ディグが声には出さずに苦笑する。

 正直に言えば、眠くて眠くて仕方がないし、ディグが話しかけてくれなかったら、遅かれ早かれ、睡魔に負けていたであろうことは、想像に難くない。

 しばらく口をもごもごさせた後でルッタは辺りを見渡す。もう2つ、毛布の山があるが、そちらには異常はない。

 腰を上げ、ディグの方へと歩み寄る。かがみこんでその顔を覗きこめば、そこには疲労の色は無さそうに見える。


「眠れないんですか、ご主人?」


 ご主人。

 ルッタはディグのことをそう呼ぶことにしている。

 駆け出しとはいえ、冒険者ギルドにも登録のあるディグに対して、ルッタはあくまで荷物持ちポーター。既に何度か探索を共にしている2人だが、その関係は金銭で繋がった雇用関係なのだ。

 だからそう呼ぶのが適切で、分かりやすくて、一番しっくりくる。ルッタはそう思っている。


「ん……なんだか、目が覚めちゃたよ。流石に緊張しているのかな?」


「目的地も近いですし、少し気持ちが昂ぶっているのかもしれませんね」


 言いながらルッタは、ふと、いいことを思いついた。

 幸いなことに、夜明けはまだ遠い。


「夜のお仕事、します?」


 そう訊ねると、わざとらしく、にへらっ、と笑ってみせる。

 ぷふっ、と短く吹き出して、すぐにディグは答えた。


「よしておくよ。せっかく休んだのに」


「残念です」


 笑いながら申し出を断るディグに、ルッタも笑って返す。

 夜のお仕事は実入りが良い。それ自体が嫌いではないルッタにしたら、絶好の稼ぎどころなのだが、ここ最近はこんなやり取りが最早、定番になりつつある。

 断られるのは、ディグの懐具合の問題なのか、他の2人が起きてきてしまったら気まずいとか、あるいは、ルッタと体格が違いすぎることを気にしてなのか。

 嫌われているということだけは、ありえないと、ルッタは知っている。だから、残念なのは心底本音なのだが、必要以上に押し売りはしない。


「それよりも、ルッタもちゃんと寝ておいた方がいい。不寝番なら、僕が替わるから」


 その提案はとても魅力的で、しかも雇い主から言われたのであれば、無碍にできない。しかし、相手が雇い主のディグだからこそ、自分が申し出た仕事を途中で放棄し、それを彼に押し付ける形になってしまうのが、とても心苦しい。

 ルッタがどうしたものかと悩んでいると、ディグは両手を広げてみせた。ディグは何も言わないが、ルッタにはその意図は分かる。実際のところ、ルッタはほぼ反射的にディグの腕の中へと吸い込まれていった。

 その胸板に背中を預け、彼の胡座の中でお尻ももぞもぞさせて、しっぽの収まりが良い場所を探す。

 そうして、ふぁー、と息を吐き出すと、今まで水際で食い止めていた眠気が一斉になだれ込んできて、ルッタの全身から力を奪ってゆく。


「空が白む前には……起こしてください……」


 辛うじてそれだけ告げると、ルッタはあっという間に、深い眠りの中へと沈んでいってしまった。

 残されたディグは、ルッタの小さな頭と大きな耳とを優しく撫でる。夜が明けるまで、そうしていても、飽きることはないだろう。


「おやすみ、ルッタ。お疲れ様」

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