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廊下は走るな!

作者: 瀬川潮

廊下は走るな!


「ひっ!」

 女子の短い悲鳴が響いたかと思うと、どん、びたーんという音が続いた。

 高校の廊下。振り返る生徒たち。

 先ほどの女子があいたたた、と横たわっている。

「ちょっと真世、大丈夫?」

 女子二人が振り返り青ざめる。友人のようで先ほどまで一緒に歩いていた。

「……だいじょぶくない」

 セーラー服のスカートが乱れたまま横たわる真世。力なく身をよじり、ぐったり。

「えー! ちょっと保健室! ううん、保健の先生!」

「なんか、廊下の天井からも音がしなかった?」

 気付いたほかの生徒も寄ってきて廊下は騒然となった。

 その時だった!

「きゃっ!」

 どん、びたーん!

 集まった女子生徒の一人が突然宙に浮いて天井に衝突。直後に浮き上がった時の支えがなくなったように落ちてきた。

「おい、大丈夫か!」

「何だ、いまの」

「また女子か……」

 男子も寄ってきたその刹那!

「おわっ!」

 どん、びたーん!

「おおー」

「さすが柔道部」

 男子生徒一人がふわっと浮いて以下略。真世と違いきれいな受け身をとったので響きが違う。

 それはそれとして、さらに。

「一人ずつ? ヤバいのはここだけ?」

 だれかが言い終わるやいなや、どん、びたーん!

「いったぁ~い」

「いたっ。なんだこれ?」

 男子と女子が一人ずつどん、びたーん!

「ヤバい!」

「逃げろ!」

 蜘蛛の子を散らすように逃げたところで始業のチャイムが鳴り響いた。全員、教室へ。

 さてこの騒動。

 結局、原因は分からずじまい。

「ほらね、私がドジって訳じゃなかったでしょう!」

「だれもそんなこと言ってないじゃない」

 この際だからと主張する真世はもちろん、被害者に大きなけががなかったのは不幸中の幸いだった。いずれも軽い打撲など。

 さりとてこれだけ騒ぎになり目撃者がいるので原因究明が必要となる。

「また同じ被害があるとは限らないしね」

 捜査に当たった、というか聞き取りを任されたのは第一被害者である真世の担任教諭。職員室では忍びないからと空き教室に真世を呼び出したのだが……。

「はいはい、センセー。わたしカツ丼!」

「それじゃまるで取り調べじゃん。とりあえずドリンクバー人数分にメガ盛りポテトフライでいいよね?」

「君ら、お弁当食べた後だろ」

 真世に多くの付き添いが付いてきて好き放題しゃべるのだから呆れるしかない。

「だって、現場検証も聞き取りも一通り終わってるのに真世だけ呼び出されるのは怪しいじゃん」

「怪しくない。それに仕方ないだろう、解決してないんだから」

 どういう風に怪しいのかはともかくきっぱり遮る先生。

「ま、それはそーよねー」

 真世の友人たちも未解決の状態に不安があるようなのでその場は収まりカツ丼やらドリンクバー人数分は避けられたようで。

「まあ、不思議な現象なんだから再度聞き込みをしてやれるだけやって事態が収まるのを待つしかないってのが本音かな」

 すでに真世からはかなり話を聞いている。あの現象はこれが初めてだったか、別の不思議な体験をしたことはないのか、自宅ではどうなのか、最近の体調はどうなのか、あれから変わったことはないのか……。

「あれから変わったことはないし、体調も普段と変わりません。ただ……」

 自ら口を開いた真世。気丈な口調はやがてよりも弱々しくなった。

「私、警察とかよく分からない人からも取り調べ受けちゃうんでしょうか」

 将来への漠然とした不安。先日、進路相談をしたときと同じくらいに肩を落としている。

 が、担任はすぐに否定した。

「それは大丈夫。警察には届けてないから学校外からどうとかはないよ」

 担任教諭が聞き込みを任されている所以である。進路相談の時よりやや口調が優しいのが深刻度として測れるようなそうでないような。

「やっぱり心霊現象で片付けられちゃうんですか?」

 別の女子生徒が聞いた。

「心霊現象と説明できないからそういう話にもならないかなぁ」

 ま、これで終わりなら心霊現象にしてお祓いして終わりじゃないかな、という話で解散した。


 ところが!

 どん、びたーん!

「いったぁい」

 またあった。

 同じ場所。別の生徒。そして、別の時間帯。

 しかもそれだけではない。

 どん、びたーん。

 翌日も、そのまた翌日も同じ場所で犠牲者が出た。

「なんか大変なことになったね~」

「真世、あんた安心しきってるわね!」

 教室でパック牛乳をちゅうちゅう吸ってる真世に友人の女子生徒がツッコミを入れる。

「だって、あそこの廊下を歩かなければいいんでしょ?」

「そーいやあんた、あれからあそこは走ってるわね」

 危険な場所には長くとどまるな、とのこと。

 というわけで、『走れ!』と張り紙のされた廊下が誕生した。

 そもそも特定の場所限定の現象であればそこを通らないという選択肢もあるのだが近隣クラスの生徒は階上階下への迂回が必要。始業のチャイムの前に着席しているような行儀のいい習慣は身についていない生徒ばかりなので「走ればいいじゃない」という風潮が広まったという背景もある。

 学校としては教育上、由々しき事態であるが生徒たちはこの原因不明の現象をすでに面白がっているため何を言っても無駄。それならばしっかりと注意しながら走ることを身につけさせた方がいいということになったようで。

 とはいえもちろん、それは原因究明して事態が沈静化するまでの一時的なこと。解決さえしてしまえば日常は戻るのだ。

 しかし、その原因究明作業は遅々として進まない。


 なにせ超常現象。近代的な手法で解析できない。というか、訳が分かんないから超常現象なわけで。

 そして学校側の究極の目的は原因究明ではなく、事態の沈静化。臭いものに蓋さえすれば後は別にどうだっていいやなのである。

 なお、『走れ!』の張り紙が出されてから変わったことは起きていない。あともうちょっと何も起こるな、がんばれ、が学校側のひそかな願いである。

 ちなみに、真世。

「真世~。どうやったらあんなに浮き上がるの~?」

「あんもう。そんなの知らないよぅ」

 女子陸上部の走り幅跳びおよび走り高跳びの選手が真世に泣きつくこともあるようで。

 彼女らがあの廊下で毎日自主練しているので何かあるなら、というか望み通りの超常現象があれば漏れなく歓喜の報告があがるはずだが吉報もとい怪異のうわさ話はない。生徒たちもそんな陸上部員には協力的で、高校新記録まで浮き上がればいいな、などと期待しつつ例の場所は走らなくなってきている。

 もうほぼ、沈静化しているのではないか?

「じゃ、そろそろ頼もうか」

 ここで校長先生が腰を上げて地元神社の宮司に祈祷を依頼した。

「被害に遭った生徒たちは全員列席。いい機会だから見学したい生徒は周りで見てていいよ」

 というわけで真世たちは教室から持ち出した椅子を廊下にきれいに並べて着席。目の前で横向きに据えた神棚に礼をしてから祈祷する宮司を見守った。ほかの生徒は廊下の左右や教室の窓に群れをなし、首を伸ばしたり口元に手を当てて見守ったり。

「御札とかはいいんですか?」

 宮司が祈祷の終わりを告げると校長が確認した。

「必要ですかね?」

「念のため」

 では、と宮司。たもとから1枚の紙を取り出して廊下にびたんと張り出した。

「ああ、いいですねぇ」

 それを見てニコニコする校長。

 文面は……。

『廊下は走るな』


 以後、浮ついた話は聞かない。

 その文言はことほど左様に訳があり、あくまで一例。

 なお、その学校の陸上部員が県記録を更新したようだが、あくまで本人の日々の努力の賜物である。



   おしまい♭

久しぶりなのでリハビリがてらの執筆です。

特に作風は変わってないはずです(笑


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