八話「念願のラーメンと暗雲」
「クロ、平気か?」
「もしや……らあめん……?」
暖簾を見てクロが一言。そういやフェイクが別の街に寄ろうとしてそんなこと言ってたな。なんかの料理だろう。
そう考えながら楽しんでいるように見えたフェイクを容赦なく襟首引き摺ってその店の暖簾をくぐった。
「おういらっしゃい! 二名様だな!!」
「あぁ、いや、もう一人いる」
店主だろう厨房に立つ男が怪訝な顔をした。マナトはカウンターに隠れてしまったクロを指す。
店内は人一人通れるくらいのスペースに椅子が6つほど。カウンターの向かい側に厨房が見える。狭い店だ。時間帯が開店直後だからだろう、客は一人だけしか居なかった。
眼鏡をした金髪の長身の若い男だ。スパンコールでも敷き詰められてんのかと言いたくなるような銀色ギラギラコートに、黒いジーパン、耳にピアス。めっちゃ派手。派手派手だ。この男、センスが尖っている。
一番奥に座っている常連側にフェイクを押し込み、クロを座らせ、マナトが一番入り口側に着席した。
「うちじゃあ特に麺類を扱ってる。ラーメンっつー、最近ユグネリアから伝わってきた料理さ。いやあっちではチョコラーメンつったかな? そのアレンジだ。オススメは豚骨だ。うめぇぞー? そこいらのスープとは違う。出汁がちゃんと効いてる」
「あの人……データベースに、いる……?」
「……ん? あれはうちの常連だ。怪しいところは否定しないが、良い奴だぞ」
カウンターの向こう側に立っている店主は、先客を興味深そうに見ていたフェイクに気が付くと、最後の一言を付け加えた。
常連と紹介された金髪の派手男はわずかに笑みを浮かべて手を振った。フェイクは、どうするかしばし迷って、それで常連客に向かって小さく手を振り返す。そして興味は厨房の鍋へと移した。
「……じゅるり」
アンドロイドに唾液はあったか? いやでもジョンなら機能付けかねねぇな。
椅子が高くて足がつかないからか、フェイクは両足をぷらぷらと振っている。やっぱりコイツ落ち着きがないな、クロちゃんを見習えじっとしてるぞ、とマナトは製作者譲りの落ち着きの無さに苦笑した。
「オススメのラーメン? を一つ頼む」「私にも一つお願いしまーす」「……えと」
「あいよ。ま、うちのラーメンはちと量が多い……そこのちんまい子はお子様ランチでいいか」
「お子様ランチ!!! 書物で読みました!!! ラーメンにハンバーグ、カレーとさまざまな食べ物がパーティーしている伝説の!!!」
「どこにあるんだよそんな書物」
「ここです」
マナトの発言にむくれっ面で答えるクロが取り出したのは一冊の本だった。
『僕の考えた最強の食べ物百選 :著 知恵の魔法使い;絵 アルテア=メトルム』
「……いかにも胡散臭えな」
「胡散臭くないですよ!! この見事な筆使い、目に入らないのですか!!?」
はいはい、とマナトが適当に受け流していると店主は急に変な問いかけをしてきた。
「ところでお前さんたちはよく食べる方か?」
「いや……あんまり?」
「あれ? マナトは結構食べる方ですよね」
「まあ、腹は減ってるがなんかわざわざ聞くってことは…………で。フェイク、お前は食べるか?」
「ええ、当然! 私を誰だと思ってるんですか」
「生意気な後輩」
「なぁあっ!!? そんな訳ないじゃないですか!!」
フェイクがマナトの肩を揺すり、店主は二人のやり取りを聞いてケラケラと笑っていた。
「いや、分かった。そっちの嬢ちゃんが並で、そっちの兄ちゃんが小盛りだなー」
わざわざ食うか聞いたことや言い回しでこの店が大盛りで提供しているのだとマナトは薄々勘付いていた。店主が大量の野菜を切り分けてるのが視界に映った。やっぱ正解だったか。
マナトは少食では決してないが、大食いと言えるほど食えるわけではない。フェイクはどうだろうか。
マナトがフェイクの方へ視線を移すと、彼女はどんな料理が来るか楽しそうに天井を見たりしてる。バタバタとやっぱり落ち着きがない。マナトはその様子を見て微笑を浮かべた。
「なあそこの二人、この店は初めてなんだろ? 特にそこの嬢ちゃん。ココの飯は量が多いんだ、大丈夫なのか?」
金髪の派手男が、席を詰めて、フェイクに聞いてきた。
「量が多い? 並盛ですよね? ちょっとマナトなに笑ってるんですか」
気づいてないようだった。マナトは金髪の派手男に目配せをした。一方クロは店主からカゴいっぱいのおもちゃを受け取っていた。
「いやべっつに。ご忠告ありがとう」
「そりゃどうも」
反応が楽しみだ。マナトは笑った。悪趣味な奴である。それは金髪の派手男も同じだったようで、マナトにつられる形で震えるように笑いだす。クロはおもちゃを全部取ろうとして店主に宥められていた。一つだけもらえるようだ。
フェイクはなんか仲間外れにされた気がして少しムッとしていたが、すぐにカウンターに向き直る。そんなことよりラーメンラーメン。未知の料理に興味津々だった。
「なぁ兄ちゃんよ」
「何だ?」
「もしかして軍人か?」
「……何故そんなことを「そうですよ」
フェイクが被せて言った。マナトが振り向くとラーメンラーメンと鼻歌を歌っていた。
フェイクの行動にそこはかとなく含意を感じたが、マナトは暴露された以上とぼける訳にはいかなかった。
「まあ、良いか……で、何だ?」
「────妖精王女」
「……それが?」
マナトは表情を崩さずにそう切り返すと、金髪の派手男はへらりと笑う。王女の所在を知っている以上、下手な反応をしてしまうのは危険である。ましてや、このような素性の知れない男に。
一方クロは先に出されたお子様ランチに目を輝かせていた。※彼女は十二歳です。かわいいね。
「あれま。反応ナシか」
「突然、我が国の王女殿下の尊称だけ言われてもなぁ。一介の軍人には全く何の意図があるのやら、だ」
「ま、その通りだな。でもさ、普通は王女様の名前を出したら何かしら反応があるもんだと思うけどね。『それが?』、と来たかぁ」
この反応、失敗だっただろうか。
へらへらと金髪の派手男は笑っている。マナトはこの男の狙いが何なのか分からず、一度店主を見る。
「だろ? 機甲狼部隊のエース、〈義足の狼〉。〈血──……いや、〈魔人殺し〉とかの方がいいか、兄ちゃん?」
「……ったく、はあ、俺はただの軍人だぜ? そのなんたらとは関係ねぇよ」
────〈義足の狼〉。〈魔人殺し〉。
この二つは確かにマナトの異名に当てはまるものだ。正しくは後者の呼び名は魔人殺しの偉業を称えるものであってマナトだけを指すものではないが、この男がマナトを同一人物と確信して声を掛けてきたのは間違いない。
「まあ単なる軍人なら俺の見る目がなかったんだってことだぜ。少なくとも兄ちゃんの重心や歩き方を見てりゃ不自然なことはわかる、その手足が万全とは違う事くらいな……だがホントのところ兄ちゃんが別に誰だって良いんだ。革命派でさえなきゃあな?」
「革命派でさえなければ? あの暴徒どもと何が関係してんだ?」
……何となく内容に関しては察しはつく。この男が何者かは皆目見当もつかない。
その時、ラーメンが来ないことで暇していたフェイクが、マナトの肩を叩き耳打ちする。
「革命派って、暴徒のことですか、先輩」
「そうだ……知らなかったか?」
「だって先輩いつもアレのこと暴徒、暴徒と呼んでるじゃないですか、そう登録してましたよ、どうしてくれるんですか?」
「そうだったか? どうもしねえよ高性能なんだろお前」
勝手にしろよ、そう言うとフェイクが器用にマナトへじと目を向けた。非難の視線を受けてもマナトは素知らぬ顔で、金髪の男に向き直る。
「すまんな、続きを頼む」
「おう。単刀直入に言うとこのままだと王女が死ぬ。長ったらしく言うと凄腕の戦闘集団が差し向けられている。王女の護衛も腕は立つだろうがあれだけじゃ無理だ。どう足掻いても死ぬ。死ぬ。間違いない」
「は? ……実際に見てきたような口ぶりじゃねえか」
一応マナトも近衛とは合流出来てないとはいえど護衛の一人である。というか王女はすぐ隣ではふはふと麺をすすっているところなんだが。その事が分かっているのか分かっていないのか、金髪の男はへらへらと笑っていた。
「兄ちゃんは凄腕だろ? ま、今せいぜいその脇差し一本だ。相手は単なる暴徒じゃねえ、戦闘を専門にした集団だ……魔人もいるぜ?」
「魔人だと!?」
「ああ、無茶だろ? そりゃあ、いくら国随一と謳われる近衛でもな。でもあんたなら違う、そうだろ? 」
「買い被るな。しっかし、その情報を俺に叩きつけて何がしたいんだ?」
「へ、単なる善意だぜ……と言って納得するかい?」
「するわけがないだろが」
「だろ? ま、納得するしないじゃねえよ、疑うんなら飯の後、いっぺん軍の駐屯所に行くんだな。嫌でも分かるだろうぜ」
「……名前を教えろ」
マナトが素直に食い下がったのが意外だったのか、金髪の男はニヤリと気色の悪い笑みを浮かべていた。
実際この男が誰であれ、マナトにとっては対して影響はないのだ。この情報で確かにマナトは今以上に装備を整えるだろう。罠だったとしてもその意図がわからない、警戒して足踏みするだけ無駄だ。足踏みして王女護衛が失敗しては元も子もない。
「ロキだ。ロキ=ヴァープァ」
金髪の男ロキ=ヴァープァはキメ顔でそう言った。そして────。
「あいよラーメン二つゥ!! 嬢ちゃんのはコッチな!!」
「悪い、今それどころじゃなくなっ「俺の力作が食えねえほどまずいってのかよ兄ちゃんよぉお???」
「うわっ!? 何ですかこの量!!? 並みって言ってなかった!? まさか……気付いてましたねマナト!?」
野菜マシマシ山盛りラーメンがドンと二人の前に置かれた。フェイクが驚きのあまりまた無表情になっている。マナトもまた目の前に置かれた小盛りと思えない山盛りのラーメンに唖然とした。
「ま、味は保証するぜ。せいぜい味わって食べるんだな。店主は退役軍人、きちんと食わねえと怖えぞー?」
ヴァープァはそう言い、店を出ていった。マナトは目の前の野菜の山に目を奪われ、苦笑いしか浮かばない。
「……しゃあねえ、速攻で片「ああ????」
店主、キレた。
────因みにその後だが、苦しげに完食したマナトとは対照的にフェイクは楽しそうにスープまでしっかりと完飲までしていた。
戦闘用からフードファイターに転向したほうがいいんじゃないかコイツ?
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