七話「久々の街に、大食いが暴れる」
マナトは街の間を移動する際必ず軍との連絡を取るようにと命令されている。報連相は仕事の基本だ。
特に重要なのが報復である。道中偶然にも王女様に遭遇し、そこをピンポイントで襲撃されたことから情報漏洩やら人員不足やらなんやらの問題を軍部に連絡し相談した。まあ面倒だ。やはり早急に全ての根元に報復しなければならないのであろう。頼んだぞ俺以外の軍人。俺はほら、王女の護衛という任務があるからな。
にしても普通王族と同車なんて出来るはずもなかったのだが、お忍び旅行のような扱いなのでルートの選り好みはしていなかったのだろう。もしや木を隠すなら林って事だろうか。その林には沢山の暴徒がいる、危ないからやめて欲しかったぜ。こうして王女を匿いつつ、バイク旅する羽目になったし。
「これはこれで楽しかったのですが」
「マナトー、もっと揺れない様にできませんかー?」
クロとフェイクが不満を漏らす。それもそのはず、すでに二週間弱のバイク旅だ。
当初落陽までに終着駅へと着く予定だった列車旅が、調査と計画の建て直しで結果として二日ほど膨らんだバイク旅に。
これは当初の予定通りか、長居を嫌ったのか不明だが目的地点には王女一行は既にいなかった。その上、軍に一切の連絡も寄越さなかったため所在もわからない。近衛部隊は王女の不明を把握しているのかどうかもわからない。
列車の件で礼の一つもない恩知らずめ、しかもその軍に連絡するときに暴徒にも絡まれた。その時は無理矢理バイクで逃走したが……さらにそこからバイク旅十日追加だ、ケツが痛え。
まぁ、想定外の事態が発生することは二人にとって想定内だ。なにか起こるのは前提で、何が起こるかわからない。人生とはそういうものだ。魔術師に魔法使い、魔女、化学兵器に妖精王女、トンデモ武術をが平気な顔して蔓延っているので尚の事訳分からねえことになる。いや妖精女王は一人しかいないが。
「もきゅもきゅ……」
クロは味のしない携帯食糧を無の顔で頬張っている。暇なのだろう。実際合流予測地点で暴徒に襲われたっきり、街に顔出しているのはマナト一人、一応暇を潰せる立体パズルなど買い渡してはみたものの、大して興味を惹かなかった様で、この形に。
「喚くな……そろそろ国境に一番近い街に着くぞ」
「そろそろってどれくらいですかぁ。同じ言葉を十回聞きましたが、一向につかないじゃないですかぁ」
「そろそろは、そろそろだ。それ以上も以下もない。なんならフェイク、お前はスリープしててもいいぞ」
だいたい、Fp-001には位置情報取得機能が付いているのでその質問に意味は無い。アンドロイドにも暇とかあるんだな。
膨れっ面のフェイクをマナトは雑にいなしつつ、バイクを走らせる。あまり道は舗装されておらず、バイクはガタガタ。街に着いたらメンテナンスしないと壊れかねないな、とマナトは経験からそう考えた。
今走っている道は国境に一番近い街へ向かうほぼ唯一の車道だと言うのに、ろくに整備されていない。ほかの交通手段は爆破した列車か、いつ壊れるかも分からない中古車だったり、昔ながらの馬車だけ。大体目立つ車では街に寄ったら暴徒にいつの間にか盗まれている物である。
馬車? 馬は人間より強いよな。セキュリティ完備。そういうことである。
極力街を迂回しているため、軍用バイクとはいえこんな強行軍、道中いつガタがくるかヒヤヒヤしっぱなしである。
「街に着いたらなにしようかなー」
「それなら王女様との顔合わせがあるぞ、きっと大歓迎だぜ」
次の街で、遂に王女一行との対面だ。ジョンの尽力によって、どうにかこうにか秘密裏に話をつけられたらしい。あの男は王宮でも顔が効く妙な人材だった。
下手したら合流できない可能性まで存在していたが、この辺りはジョンに感謝しなくてはならないだろう。不本意だが。
マナトが先日列車を爆破したことでスケジュールがズレ込み、多少安全に滞在出来る街のトップ、その邸宅に王女の影武者と近衛部隊の顔合せになる。ジョンが先んじて事情を話してくれている筈なのでマナト達はそこを訪ねるだけでいい。楽だね。
だが油断はいけない。完全な安全が保証される地などもはやこの国にはない。街中でも暴徒は居るし、国道から外れて迷えば危険生物やならず者に遭遇することもあるだろう。大体ジョンは頭がいいが自己防衛能力は皆無だ。何が起こるかわかったものではない。
「……その前に食べ歩きとかってー……」
「駄目だ。最初に行くように言われてるからな。しっかし、お前食い意地張ってるよな、燃費悪くないか?」
「失礼な。私味覚はありますし、色んな事を学習するのが使命なのですから食べることもまた仕事。食べ過ぎじゃないです当然の行いです。いいかげん携帯食糧飽きました」
「えっ」
ふんすーっ。フェイクは息荒くマナトを言いくるめてやった。ろんぱ。クロがありえない顔してフェイクを見ていたがそれはそれ。
「そもそも携帯食糧お前の分は……こんなところで手放しに胸張るなよ、転落したらスクラップになる」
「ひぇ……」
バランスを崩しかけたフェイクがマナトの肩を掴む。一度バイクはバランスを失い掛けるが、マナトは危なげなくコントロールを取り戻した。
「というか時間遅くなったのは先輩が「見えてきたぞ。見事な外壁だろ、あれ」
「あっ無視しましたねこの……っ!!」
進む先に見えてきたのは灰色の外壁。次の街の目印であり、五メートルほどの外壁に囲まれた関所前の街である。
フェイクはマナトの頭をペチペチと叩きながら、その光景を凝視する。ペチペチ。痛くないがしつこい。ぺちぺち。分析。ペチペチ。完了。ペチペチ。
「うぜえよ」
「なるほど、情報を読んだときより実際に見た方が迫力ありますね。壊すのは思ったより簡単そうですけど」
「おい叩くのやめろ、つか真っ先に破壊を考えんなよ」
「そうですよ、あの外壁は五十年前、ムヴェナ戦役において千の攻城魔術に耐えた代物に年々補強を加えた国随一の防衛都市、落とせるなんて考えないでいただけますか??」
「でも、相手が何をするのか考えるのは基本って先輩が教えてくれたことですよ?」
「そうなんですか??????」
「……それは暴徒相手の話だから俺のせいじゃねえですわ」
「うわ、責任から逃げましたよこの男」
「最低でございますね?????」
「あーもうお前ら暇だからって俺で遊ぶな!!」
それから外壁が目前に見えるほどに進み、バイクから一回降りて街に入るための行列に並ぶ。クロも変化のロケットを握って返送を済ませていた。しばらくフェイクに叩かれつつマナト達は待っていると順番が回ってきた。手続きのため書類にサインし通過。しかし、門番に呼び止められた。
「すいません、ちょっと待ってください」
「はい?」
手続きは無事済ませたはずだ。軍所属という立場、加えて王女護衛の任でこの街へ来た旨を伝えたら許可は降るだろうと思っていた。門番は軍部の人間だとジョンに聞いている。呼び止められる理由がわからない。
「話は聞いています、しかし、子連れとは……危険な任務でしょう? 不躾な提案かとは思いますがこちらでお嬢さんを預かりましょうか?」
あ。マナトは固まった。そうだ、王女のことは確かに違和感だろう。しかも書類には娘とか適当に書いたため明らかにおかしい。マナトは十五で王女は十二。ただ変化で六歳くらいの見た目になっているが、だとしても変だろう。
一瞬固まってしまったマナト。しかしクロは違った。彼女はマナトの腰に抱きつくと、門番に向けて静かに、よく通る声で言い放った。
「いやです。危険でも、ついていきます。そう決めてるんです」
「……お嬢ちゃん……そっか。伍長、ちゃんと守ってくださいよ」
「わ、わかってます」
要件はそれだけだったらしい。マナト達はするりと門をくぐる。
「先輩。あの人先輩より階級上っすよ」
「え、マジかよ」
マナトより階級が上の人だった門番に敬語を使われたので、マナトは気持ち悪そうにしていた。フェイクにっこり。やーい良いご身分やーいやい。ぺちぺち。
「やめろや」
「はーい」
これからどうするか、と思案するマナトに対して、フェイクはあちこちから漂う食べ物の香ばしさにつられてあっちへふらふらこっちへふらふらと無軌道にどこか行こうとしていた。マナトはそんな彼女を見て目敏く襟首を掴む。
アンドロイドということを隠すことを最優先に冬服(一般人に紛れろと遅すぎるお達しを受けたマナトがフェイクに買い与えた私服。もこもこな白い装いで割と似合っているbyマナト)を装備しているフェイクは実に簡単に止めることが出来た。
マナトもこれにはにっこり(圧)。
「ぐぇー、な、何するですかマナトー!?」
「……まず軍部への報告からだからな? 毎度毎度お前に勝手にどっか行かれると監督問題になって俺が減俸喰らうんだよ。分かったら大人しく! 落ち着いて! 黙ってついてこい!!」
「わかりませんのでどっか行きますね」「ねー?」
「分からなくても来い!!」
王女まで目移りしているようだ。まあ久々の街だ。仕方ないなとマナトがフェイクを引き摺りながら向かう先はこの街のほぼ中央に位置する街長の邸宅に隣接した土地に軍用施設だ。報連相大事。報は最優先なのである。
「あー美味しそうな匂いがぁー」
「分かるが後にしろって! お前多少見た目目立つからもう少し大人しくしてくれ!!」
「えーやだやだー美味しいもの食べるー!! やーだー! ヤダヤダー!! 食べるんだい!! あーうー!!」
「子供か!!」
首根っこを掴まれながら手足をバタバタさせるフェイク。でっけぇ子供だな、と周りの目を思い戦々恐々とする。実際製造からの日数を考えると生後三ヶ月なのだがこいつ今の仕事理解してんのか???
ざわつく市街。襟首を掴む保護者。駄々っ子(美少女)。うーん。目立つ!!
フェイクの外見が美少女であることがかなりダメな方に働いている。恥も外聞もよくわかってないアンドロイドは実質無敵。こうなればマナトが折れるしかない。フェイクの為にも。いやだって恥ずかしいじゃんさ!?
「ああもう分かったよ!! どっか行くぞ!!」
「なら兄ちゃんうちはどうだ!!」
「おう行かせてもらうぜ!!」
もはや脊髄反射という勢いで掛かった声にマナトは即座に答える。逃げるためだ。是非もない。
「ええー!! 何の店ですう!!?」
「黙れ赤ちゃん!!」
「ばーぶぅ!!!」