六話「休まないバカを眠らせ、眠れない姫とガールズトークを」
三人のバイク旅も慣れてきたそんな夜、五連続で夜の見張りをすると言った馬鹿な先輩を物理で気絶させ、見張りを勝ち取ったフェイクは暇だった。
「…………」
フェイクは暇だった。
重ねて言うが、フェイクは暇だった。
「…………おや、王女様」
「おや、気付きました?」
フェイクは、なぜか燃え尽きた薪の前でぼうっとしていた王女に話し掛けた。フェイクにはどうしてこんな時間にボケーっとしているのかは分からないので単なる暇潰しにはもってこいだろう。
「お疲れですかね?」
フェイクは自然体で話し掛ける。目の前の、十二歳の王女。慣れない環境で大変なこともあるだろう、と。
「ええ……やっぱり、慣れませんからね。楽しいですけど」
「楽しい、ですか。戦争用に製作されたアンドロイドな私には無縁ですね」
「……貴方、毎日とても楽しそうじゃないですか」
「いえ、これはそういう機能が見せる擬似的なものですので。アイムロボット、イエー」
王女はフェイクに冷ややかな目を向ける。フェイクはがしゃん、がしゃんと、どことなく機械っぽい動きをしたのだが……そういえばわざわざ見せたことはなかったな、と。
「ほら、ここ。関節とか見て分かるくらいに機械ですよ、わー、かっこいー」
「……本当ですね」
「まあそれでも、私がちゃんと機械なのか、私もたまに分かんなくなっちゃうときがあるんですけどね。王女様はどう思います? 私はちゃんと機械なんですかね」
「さあ? そのようなこと、私には分かりません。ですが、貴方の製作者は並外れた技術の持ち主なのは分かります」
よくできた子だ。ジョンに気を使うべきじゃないと思うんですけど。
まあそうですよね、とフェイクは微笑む。
「王女様はなんでこんな夜更けに?」
「何故そんな事を聞くのですか。私の勝手ですよ、起きていたら不都合があるんですか?」
「そうです、ありますよ不都合。王女様に無理されると困っちゃうらしいんですよね、先輩が。人間、このご時世じゃ寝ないと死にますし、先輩とかいつ死んでもおかしくないし、王女だってそうですよ。無理したら死にます、それじゃ元も子もないんですよね。何か悩みがあると寝れないと聞きますし、もしや王女様の寝れない原因はそれでは!? そう思ったからですけど、ダメですか? こんな戦闘しか能の無い木偶にもそのくらいは出来ますから」
そういえば高性能アンドロイドを自称する割には、狩りの手際はあまり良くなかったし、火起こしはマナトが魔術でやっていたし……王女はその事を思い出して苦笑した。それにマナトもやたらと王女のことを心配するような言動が多かったなと。
……妖精の力がある以上、心配など不要なのに。
「くす、貴方達は。私の心配より自分の心配をした方がいいですよ」
「いえいえ、これは仕事ですから」
「生意気ですね、王女の言葉に反しますか」
「はい。まあ先輩からはよく生意気だーとか、ダメ人間どもがーとかよく言われますし、その程度?」
「…………だめにんげん、ふふ、ダメ人間ですか」
何で笑う。フェイクには微塵も喜ばしく感じられなかった。引っ掛かるなぁ。
「まあ、良いでしょう。悩みはありますよ、置いてきた近衛の事です」
「近衛、仲良かったんですか?」
「ええ、とはいえ、入れ替わりには気付かれてないようでしたから、私が思っているほどでは無いでしょう。前の街で待ってない、というのはつまりそう言う事でしょう? それは……少しショックでした」
「そうなんですか。ま、色々可能性はあると思いますよ?? 自分達が囮になるとか……いえ、それじゃジョンが近衛一行の行方が捕捉しにくいのは説明しにくい……? まあその、じゃあそういう事ですね!?」
「……話すのやめましょうか?」
励ますつもりがあるのだろうか……。王女はそっぽ向いてしまった。
「あ、ああ、冗談ですよ冗談!!! なにか言いたいことがあったら言ってみてください。私は近衛でもなんでもないし最悪会話データ消せますし!!」
フェイクは慌てて言い繕う。王女は少し思案しフェイクへ顔を向ける。おや、言う気があるのですね、ここで畳み掛けるべきだとフェイクちゃんの輝かしい思考回路が弾き出した!! 押せ押せえー!!
「ねえ、ほら、いいじゃないですか。言ってみてくださいよ!!」
仕方がありませんね、と王女は嘆息。フェイクが、ぱあっと笑って王女の手を握りしめる。コロコロと表情の変わるアンドロイドですね。
「このような状況になってしまっても、あの人達が心配なのです。王宮ではずっと一緒だったあの人達が、いざとなれば私の盾になり、死ぬのを恐れない……職務に準じる覚悟があるのは知っています。こんな危ない国、どこで死んでもおかしく無いような……ああ、いえ、こんなの王女が言うべきじゃないですけれど。道中で誰が欠けるとも分かりません」
「別にそれ、みんな思っていますからヘーキですよ」
「……それは平気ということを示しているわけではないですよね。とかく、私が言いたいのは……皆、一緒に、この旅を。無事に、終わらせたい。それだけです」
「ま、ま、私としては近衛部隊はデータベースにないので聞きたいところなんですよね」
「…………それが本音なら話しませんよ?」
「冗談です」
どちらなのやら。王女は冷ややかな姿勢は崩さないまま、それでも、と小さく呟いた。
「それほど聞きたいなら、仕方ありませんね」
「はい!!」
「ただ、貴方だけの記録にしておいてくださいね?」
「ええ、わかっていますとも!!」
フェイクは王女をぎゅっと抱き締めた。驚いたように目を見開いた王女に耳元で優しく呟く。
「え。突然、何を?」
「こうすると落ち着くとか、データにあります。迷惑でしたか?」
「…………そうですか」
特に抵抗はなかった。フェイクは未だデータベース上に無い近衛の知識にルンルンとしながら王女に言った。
「そうです。じゃあ、そうですねー、近衛の中で一番歳が近いのは誰ですか?」
「……ラミュっていう子。一番歳が近くて────」
そうして促されるように王女はぽつりぽつりと近衛たちとの思い出を語り始めた。あの人はマナーに厳しかっただとか、あの人はすぐ怒ったとか、また別の人は目付きが怖かっただとか、あんまり良い印象の覚えにくいエピソードばかりだったけれど、フェイクは相槌を打ちながら静かに聞いていた。