三話「くっ、列車爆破とは卑怯な・・・・・・!!」
「……お、王女です……??? どうしてこんな所に……? いえ、動揺してなんかいませんよ、私は超高性能アンドロイドFp-001。はっはーん、フェイクちゃんの輝かしくもハイクオリティな当機能が存在していましたねこれは……ところで先輩は知っていました? フェイクちゃんはトンデモなく有能なのです」
「それは王女の所在かお前の機能の事かどっちの事を聞いたのか「どっちもです」どっちにしろ知らねえよ」
先頭車両の一号車を覗き込むマナト達。車両間の窓が磨りガラスなせいで何も見えない。向こう側は少しだけ話し声がするが、聞き分けることは出来ない。ドヤるフェイクにマナトはめんどくさそうに顔をしかめる。
認めるのは癪だが、フェイクに実装されている機能の精度は信用出来る。冗談という訳はないだろう。言う通り、王女はドアの向こう、一号車にいるのだと考えるべきか。
「諜報部は密書やらで有力候補を絞っただけだって言ってたし、乗り合わせたのは完全に偶然。でもま、VIP待遇で移動する方が目立つもんだし、あの曲がりなりにも天才のジョンが何の対策もしないわけがねぇか」
「むむむむむ……どうやら王女様のアクセサリーですかね。近距離なら識別出来るみたいです、実はフェイクちゃんもさっき気付きました。原理は……うわ……口で伝えるには難解過ぎますので割愛しちゃいますね。なんですかその目は、勿論フェイクちゃんは完全に理解しましたケド?」
「お前が納得したなら別に構わねぇけど……どうやってそんなアクセサリーの反応を感知出来るようにしたんだよアイツは」
しかし、アクセサリーを感知して所在を把握する機能とは。おそらく王女の証のような物に反応しているのだろうが、そんなものはマナトは聞いたことがない。だが、ジョンならそういう機能を作れても不思議じゃない、そんな信頼があったりする。
「ジョンにはFp-001の機能は全部ちゃんと伝えろって何度も言い聞かせたんだけどな……」
「……ふっふっふ、女は秘密で魅力的になるんですよ、先輩」
雰囲気たっぷりに言い切るフェイク。やかましいわ。
「ところで先輩、もしや王女が乗り込んでると知ってて?」
「そんなん知るか。俺が気付いたのはこの列車が爆破されるって事だけだ。後輩、窓の外は見たか?」
「いいえ──あれはルーンの刻まれた石ですね。〈火〉、それと油でギトギトな縄ですか……よく燃えそうですね」
フェイクの視界に映ったのは、細く編み込まれた縄に括りつけられたルーン文字の刻まれた石。
ルーン文字というのは、魔力を通すと効果を発揮する魔術文字の事だ。所謂魔法の文字であり、文字毎に意味が違い、効果もまた異なる。
そしてこの列車に括られていたルーンは〈カノ〉という松明の火を示すルーンである。まあどんな効果を狙ってこんな仕掛けをしたのか、魔術に聡くない人間でも簡単に想像ができるだろう。
列車爆破だ。
「王女サーチに加えてルーンの効果まで分かる便利なアンドロイドFp-001、一家に一台どうでしょう」
「調子乗んな」
「今なら戦闘機能までついてくる」
「はいはい便利便利」
自慢げにしてくるのでマナトはフェイクの頭を撫でてみた。疑念の目を向けられた。なんだよ褒めて欲しかったんじゃないのかよ。
「……爆破されると列車の運行が立ち行かなくなりますよね。どうします先輩。早速、合流しちゃいます? 」
「いいや、合流はまだだ」
「はい? 先輩?? 王女居るじゃないですか、え、会わないで帰るんですか? 王女には直属の近衛部隊がいると聞きます。協力してこの事態を解決しませんか」
「どうだかな……なぁ後輩。近衛って女子しかいないんだろ……?」
「先輩、なんですかその反応。仕事ですよ仕事、そんなの気にしてもしょうがないじゃないですか」
「冗談だよ。そもそもだ、全車両の接合部に付いてんだぜ? 全部仕掛けた犯人どもにバレないように解除するのは流石に無理だろ。手が四つでも八つでも無理」
「まだ合流地点前だからってサボる気じゃないですよね?」
「心外だな、心優しい近衛の皆さんなら全部きっかりしっかりばっちりと第一号車を守っていただけるんじゃないかって話だ」
「胡散臭〜」
マナトは元居た席まで戻ろうと歩き出した。三号車は心なしか空気がピリついていた。
「大体、それって解除の手を近衛の奴らに手伝ってもらおうってことですよね? 王女の身の安全考えたら護衛に対処をさせるのは止めた方がいいのではないですか?」
「いや、そんなことはしなくっていいんだ」
フェイクが言うとおり、王女の身の安全が掛かっているのだ。普通に連結解除していくだろう。ルーンの解除やルーンによる炎上の対処に護衛が割く判断するなんて護衛失格だろう。まあ王女が相当に心優しくて列車を守れと言ってくる可能性もゼロじゃないだろうが、そもマナトが近衛なら王女のお耳にそんな情報入れない。
マナトはそれなりの声量でフェイクに伝える。
「ま、本音のところ『業務範囲外です』って言い訳が立つからいっかなって。最高」
「私知ってます。こういうのクズって言うんだ」
「いやいや、待てよフェイク。俺は別に仕事放棄したんじゃねえよ」
三号車の半ばで立ち止まる。マナトはフェイクの右肘を掴むと、ぐいっと器用に肩から外した。外れた義手は地面に落ちた。
急に何してんのコイツ? と乗客が各々唖然とする中、マナトは落ちた自分の義手を乗客の一人の頭に蹴り当てながら、フェイクも右腕を外してマナトに渡す。義手の交換だ。
「暴徒どもの相手しなきゃだろ??」
「まあ、ですね」
「いってえな、何しやがる!!!」
義手を当てられた乗客が激昂する。そして、そいつからカランと落ちるナイフ。しかし周囲が騒然となることはなかった。当然だ。
「揃いも揃って片目隠しやがって、不自然だろそれはよ」
「あ、お弁当美味しかったですよー、おばちゃん。使ってた素材は戴けませんけど!! 殺す気でしたよね??」
三号車の客がみんな揃って立ち上がる。各々が眼帯で片眼を隠している。息ぴったりだな。何の宗教なのかマナトは知らないが、それが何の共通点となっていることは知っている。
コイツらが暴徒だ。
因みに片眼隠しには利点があるらしい。ルーン魔術の祖とされるとある神も片目が無く、模倣することによりルーン魔術の威力が上昇するのだとか。
「な、毒を盛ったはずじゃが!!何故ピンピンしているのかえ!?」
「え、毒?? コワ〜、何でそんなことするんですか?」
フェイクは、跳ね返って転がったマナトの腕を自分の腕につけた。
「うっわ。これ、すっごくスカスカですね。麩菓子ですか」
「だろ? 民間用の義肢な、それ。両足もアホほど軽くて脆いから慣れねえのなんのって」
バランスが多少取りやすくなった、とマナトは呑気に右手を左手で操作する。その間に客の一人が我にかえって叫んだ。その黒い眼帯をした二十にもならないような青年が、まるで自らに落ち度がなかったかのように叫んだ。
「な、何故分かった!!!」
「いや逆に分からないと思ったのかよ? 神にでも守られてると思ったか?」
「眼帯した売り子普通雇いませんよねー? まあ、確かにそうですね」
フェイクが手をグーパーしながら感覚調整しつつ言った。ちょっとフェイク、言ってから納得した風じゃねえか今の??
「そうだ!! 我々は主神に守護されているのだ!! だから、我々の庇護下に王女様を匿うのだ!!」
「ちょっと何言ってるかわかんねえな……」
眼帯を指差し叫ぶ青年にマナトは呆れ切っていた。代わりにフェイクが右手をぷらぷらさせながら言う。
「〈保護〉のルーンだけでそこまで言い切れるのすごいですね。ね、先輩」
声を上げた青年の眼帯や、他の乗客の装備品に共通して刻まれたΨと似た字。それはルーン文字だ。
algiz。保護や友情などの意味を持つルーンである。その魔術は傷や危険から守ってくれます。
「あのなぁ……いや、まあ、いいや。結構運が良いよな君たちは」
「は?」
「だってほら────爆破は連結部だけだったんだろ?」
マナトは左手で目元を叩き「さあ、構えろよ?」カチリ、マナトの義手から音が鳴る。
そしてマナトはフェイクの首根っこを右手で掴んで地面に伏せさせようとして、フェイクはニイっと笑って従った────瞬間大きな爆破音が響き渡る車内。大きく揺れ、車内、天井を舐めるように爆炎が通過していく。
「────ッッ!!!!」
列車が爆破されたのだ。脱線したのかというほどの大きく揺れ、車両はゆっくりと減速していく。
爆煙が立ち込める中、その下手人は煙の中立ち上がって、くつくつと笑っていた。悪魔か。いいえ、しがない一軍人ですね。はい
「げほっ、先輩、一秒前には予告をしてくださいと……」
「悪かったな、でもわかるだろ? 遠隔でルーン文字のコントロール奪える義手をパスしたのはフェイクだしよ。だったらやるだろ?」
「まあその、意図はありましたけど先輩操作教えましたっけ?」
「文字奪うのは元々そんな難しくないしその要領でちょちょいとな」
「あれー?? 結構コツいるって聞いて、あれー?」
「ま、一番問題なのはコイツらが本命のルーンに対して〈保護〉の一つもしてないことだぜ。それはダメだぜ。良い勉強になっただろ?」
「そうですね……それも無事で帰れればですけどね」
「いやいや、死ぬ訳ねえだろ。〈保護〉舐めんな」
予期せず起きた大きな爆発に唖然としているだけで、二号車の乗客は誰一人として、大きな怪我を負っていなかった。フェイクは笑う。
「便利ですね、ルーンは。あ、あと先輩、炎耐える事くらい分かりますからね? そうじゃなくて、アレです!! お前ら全員ブタ箱送りにしてやんよーっ!! ってことですから!」
爆風が止んで、真っ先に正気を取り戻した眼帯の男が叫ぶ。
「お前……何て事をしてくれたんだ!!」
「代わりに爆破して差し上げた。一箇所だけな? わあすごいな一箇所でも人死にが出る威力だ、損害考えろよ、これお前らの税金から出てんだぞ??」
マナトが一号車との接合部だったところを指差した。その先にはずいぶん離れた無傷の一号車が走り去っていくのをマナトはしっかりと確認した。これでひと安心。
「にしてもよくもまあ呆然としてられるなお前ら、ここが戦場なら10回は死んでるし師匠なら100は殺るだけの間があったぞ。俺は極力民を殺すなって言われてるからやらないけど」
「出た先輩の師匠マウント。よかったですね暴徒の皆さん!!」
うるせえトラウマなんですよ師匠は。壁を突き抜けて出てくるわ地面ごと吹き飛ばしてくるわあの歩く災害め。嗚呼思い出すだけで震えてくる……。
フェイクが煽るので心なしか、こっちが悪役に思えてくるが安心してください。俺が正義です。
「ともかくだッ!! どうすっか……?」
「は? 先輩?」
「いや、どう考えても数が多すぎるし、一号車に何かあったら面倒だし俺がさ、足止めしてその間に切り離しちゃえーってところまでは良かったんだ。けど、そういや、俺、武器ないじゃん」
フェイクが呆れたように手を振った。
「先輩がこんな相手に武器必要なんて言うとは思いませんでした。失望しましたよ、先輩失格です」
「お前の先輩の要求高すぎ……?」
「ええ。フェイクちゃんですので」
実際傲慢にも思える発言だが、それだけの性能をしている事をマナトは知っている。この世界を探しても二つとない最高の技術で作り上げたアンドロイドだからね!!! ってジョンが鼻息荒く言っていたので。
「な、舐めやがって!!」
「いやあの苦情は先輩にお願いしますね??」
「ぐえっ」
フェイクの言動が癇に障ったのか飛びかかってきた暴徒。マナトはフェイクとの間に割り込みその腕を無言で固めて、ついでに首もコキュっと。だらんと脱力した暴徒を投げ捨てたフェイクは満足げに笑い、マナトはため息を吐いた。
「……出来るだけ、殺すなよ?」
「先輩やっさしー!」
いや情報源だからな?? 流石に挑発だとは分かっているが、マナトは軽くフェイクを睨む。ついでに全方位から睨まれてフェイクは肩をすくめた。
「フェイクちゃん、ひょっとして人気者?」
「ふざけてないで真面目にやれ」
「それ、先輩が言いますか?」
フェイクは手近な相手に飛び掛かる。右手の調子を確かめたマナトも、遅れて眼前の暴徒に襲い掛かった。
全滅までは三分も掛からなかった。
「────先輩先輩、どうしてくれるんですか本当に」
「言うなって……」
「言います。先輩が考えなしに爆破したせいでこんなことになっちゃいましたけど。燃料費計算したことあります??」
「………バイク旅ってのも、良いだろ?」
暴徒どもを相手したために旅程は崩れた。仕方ないのでマナトは貯蓄切り崩して自動二輪を軍から買っていた。自腹だ。いやここは軍が経費で落とせよふざけんなよ。けして軽くない出費に顔が歪む。
マナトは我ながら苦しい事を言っているなと思い、天を扇いだ。苦し紛れだ。無言でいると一生詰られそうな気がしたからだ。
「よくわかりませんね、まだ。学習の先にそんな境地があるのかも知れませんけど」
フェイクは無表情で流れていく景色を見ていた。今が楽しいとか辛いとか、全く分からないのだ。学習した範囲に、該当する出来事が存在しないから。マナトもまたバイク旅を楽しいと思う、そんな境地にはなかったが、ぽろっと呟いた。
「その内分かるようになるといいかもな」
二人が乗るバイクは無言を知らないのか、ガタゴトバルルと喧しい音を響かせる。それがマナトにはほんの少しだけ、有り難く思えた。
「私はとぉーっても楽しみですけれどね!!!」
「…………」
バイクには、サイドカーが付いていた。そこから聞こえた第三者の声。マナトは閉口し、明後日の方角を向く。フェイクははっきりとサイドカーに乗っている少女を睨みつけていた。彼女は何者か。その答えはメトルムの国民ならば容易に答えられるだろう。
「クロア=メトルム=フレーディア第一王女……!!!」
「はい、呼びましたか? フェイクさん?」
そう、一人サイドカーでニコニコしている彼女こそ、メトルム王位継承権二位、第一王女、此度のマナトの護衛対象その人であった。
……どうしてこうなったんですかねえ???