二話「鋼の食い意地アンドロイドと大人びた幼女」
「さて────」
隣国に留学する王女の護衛。その任務を請けた一般兵に不安は尽きない。
マナトは一応外国には行ったことがある。これから向かう事になるユグネリアにも、何度か立ち寄った事がある。
当時はまだ戦時中だったし密入国だし師匠は『修行じゃ半人前ェ』とばかりで街なんかろくに寄らなかった。おかげでユグネリアに関した知識で頭にあるのは野生の魔物や地形に適応した罠、兵士の装備ばかり。魔術学園と言ったか、それに関する知識はない。
ユグネリアという国が、祖国の王女の身を置くだけの信用しても良いのか、マナトは軍の末端なので知らない。まあどうせ調べたところで『信用できるイイ国ダヨー!!』とならないだろうことはマナトにも容易に想像がつく。
ロクな情報がない。しかし恨むべきは、軍と王家の犬猿の仲であり、こんな任務押し付けられる自分の地位の低さである。ぐぬぬ。
「コレだって、諜報部が勝手に調べた合流地点だろ。果たして話……通ってるんだろうな?」
「軍のこと、どれだけ信用してないんですか先輩……」
メトルム全域の記載された全国地図の一点、バツ印をマナトは叩く。そこが軍諜報部が割り出した王女の国境付近の移動経路であり、合流可能な場所が記載されている。そして、いくつもの線がユグネリアの関所から枝分かれし伸びている。諜報部の頑張りの結果である。そして王家から通達されてないことの証明でもある。信用できないね。
それがわかったところで抵抗はできないのが末端軍人の辛いところである。マナトは推定合流地点へと向かう列車に揺られながら、眺めていた任務資料から顔を上げる。
「大変なことになりましたねー先輩。魔術学園ですってー、安全だといいですね?」
Fp-001のアホ面が車窓の景色に割り込んできた。半開きの窓から吹き抜ける風に猛烈に顔面を煽られている……こいつは何も悩みがなさそうな顔をしていて羨ましい。
王女とはこの列車の路線の終点で合流できるかもしれない。しかしそこからは街を四つほど経由しないと国境を越えられない。
一応、なりすましと勘違いされてはならないと軍部の印の捺された書状も持たされた。これで安心だ。多分。
「にしても近年の情勢をこの超高性能な演算能力で分析してみましたが……国内の方が危険ですよね? 優秀なこの計算の結果なので間違い無いでしょう! なんで最初からついていくように言わなかったんですかね」
「……俺が聞きてえよ」
か細い声で言ってマナトは頭を抱えた。Fp-001の言う通り魔術学園とやらの心配よりもメトルム国内の方が危険である。道を歩けば野生の暴徒に遭遇し、食堂を利用すれば革命派の暴徒に絡まれ、公共馬車に乗れば馬車ジャック、捧神教徒に布教と言う名の洗脳される……なんだこの国……どこに行ったら安全なんでしょうね。やっぱ外国か。
一応秘密裏に遂行する任務の為俺もFp-001も大した武装をしていないが防御面に関してはマナトよりも数段上。耐衝撃機構まである。そもそも全身特別製だからね、しかも今のマナトの右腕と両足の義肢よりもいい素材を使っているときた。いざとなったら盾にしよう。そうしよう。
「……つまんないです」
「そう言うなよ、これから嫌でも退屈はしなくなるだろうからよ。外でも眺めてろ」
「はーい……」
窓を見るアンドロイドから目を離すと、通路にはこちらを見てくる十歳くらいの少女がじっとマナトを見てきていた。特徴的なのは首にかけた金のロケット、それと妙に艶のある黒髪、黒瞳。着ている服もかなり高そうな。
「……ん?」
「あの、こんにちは! 失礼かもしれませんが、あなた方はこれからどこに行くんですか?」
「お、えーっと、なんだっけ。確か……」
「エイバムです先輩。……ってなんですかこの子」
「エイバム、でございますか……もしかして観光でございますか? エイバムは河川のせせらぐ平和な街だと書物で読みました!!」
なんですかと聞かれてもマナトには答えようがない。一般通過幼女さんとしか。察したFp-001は頷き一言。
「迷子ですか」
「いや嬢ちゃん、期待しているところエイバムは暴徒が河川を不法に占拠したせいでかつての綺麗さは失われたと聞いてる。観光で行く奴は今の時期居ないぞ」
「そんな……!!? 神は死んでいた!!?」
「大袈裟な。でもここからの景色は悪くないぞ、ほら」
「わあ……!!」
マナトに促され、幼女がFp-001の前に出る。幼女は笑顔になった。
「先輩????」
「……ま、いいだろ。迷子だったら一箇所に止まってる方が」
「親元に届けた方が良いに決まってますよね」
「いいえ、私一人旅ですので、お気になさらず?」
「気にするって言ってんですけどねえ……!?」
しっかりとした幼女だな。マナトはそう思いながら、窓の外を見た。
マナト達の席は列車の最後尾だ。後ろ側に邪魔なものは無く、見晴らしもそう悪くない。青々とした草原を駆け抜ける列車、もくもくと蒸気機関のあげる煙の合間から見える遠方の山々。あの雪山はフィロリムという鉄とかいっぱい採れる国のだったか。うちの国、アレに長年喧嘩売ってたらしい。鉱産資源目当てだったかな。
まあそれも中立国にして隣国一番の強国たるユグネリアが革命した勢いで停戦協定を提案したことで今は停戦状態だ。アレは五年ほど前の話だったか。列強四国と呼ばれるすげえなんかデカい四つの国が提案を呑んだことで停戦の空気が出来上がったんだよな。
その停戦のおかげで表向きにはここ数年はとっても平和だってことになっている。外国に出向して死ぬことはなくなったしな。
「んしょ、っと。では私、この辺りで」
外の景色に満足したか、幼女がすっくと立ち上がる。
「おう……? 気をつけろよ、最近じゃどこもピリついてるからな」
「そう、なのですか?? じゃあ停車までここにいますね」
座った。この幼女、静かにまた窓の外を眺め出した。なんというか、肝が据わってるな……?
「それもどうかと思うが……まあマシか。マジで平和ならこんなピリピリしてないんだけどな」
「ですねー、あ!! お弁当って売ってるんでしたっけ? のり弁とかありますかね?」
「さあな? ……つか、のり弁って何だよ、聞いたこともない」
「ジョンが言うには黒いらしいです」
「黒……? 美味いんかそれ?」
「さあ?」
Fp-001が首を傾げる。
「そういやお前。型番で呼ばれるのはどう思ってんだ?」
「いえ、好きも嫌いも全く。そもそも先輩、私を型番であまり呼ばないですし。……なにか不都合でもありますか?」
「不都合って言うには違うかもしれねえが、お前人間臭いところあるだろ? 名前つけたら人間って思われて奇襲しやすくなるかもしれねえ」
「そうですか?」
Fp-001はそう言って鼻先を自分の脇や腕に寄せる。人間臭いってそうじゃねえよ。
まあ別に名前なんてつけなくて良いのかもしれない。これでも王女護衛という任務の前に手札を増やして置きたいのだ、こんな些細なものでも。
(001……ぜろ、いち? ぜろぜろ……ゼロワ──)
ふとマナトの脳裏に浮かんだ瞬間、遮る様にFp-001によって一瞬で解かれた。
「────フェイク。ジョンにはそう名乗ると良いって聞きましたよ『マナトのことだ、人恋しくて名付けようとしてくる』って」
「あの野郎……!!」
「あ、あとそう呼んできたら『マナト』って呼び返すようにって」
ジョンの皮肉めいた笑みがマナトの脳裏に浮かんだ。なぜこんな時まで嫌がらせをしてくるんだよアイツ!!?
ふっ、とFp-001──フェイクが、笑みを作る。愉快そうに口だけ歪めた。
「マナト」
「……はっ倒すぞフェイク」
「あは」
馴れない呼び名にマナトは窓の外を見る。駅から出発した直後のようで、街並みが目前で流れていく。フェイクはわずかに愉快さで排気でやたら潤っている唇を震わせた。
「素直じゃないですねーマナトー」
──……なんか、すごくムカつく響きだった。
フェイクはマナトが不愉快そうに顔を歪めるのがなぜだか面白くて繰り返した。
「マーナートー」
……こいつ、マジで人間臭えんだよなあ。こういうところが。
とにかく、マナトはうざったい動きをする後輩に背を向けるように今回の仕事用の資料を読むフリをした。
そもそもこんな一大事に巻込まれたのはユグネリアでの革命、停戦協定。その二つを経て雨後のタケノコばりの勢いでポコポコ出て来た革命だなんだって思想の暴徒のせい。最近の軍人の仕事はもっぱらそれの鎮圧だったし。
ユグネリアの革命に煽られる形で、祖国メトルムは半ば内乱状態に陥っていた。別に税が高いだとか、民に無理強いするような政治を敷いているわけでなく、むしろ戦時中よりも締め付けはマシになったはずだというのに『悪いのは王政!!! 民は自立し、自由を!!!』だとかなんとか活発に活動してやがる。
そんな聞き分けの悪い暴徒の説得、鎮圧、殲滅戦。それが専ら軍、とりわけマナトの所属している狼部隊の仕事だった。まあ暴徒は危険だが難しいことではない。殴ったら大体黙るし、気絶させたら黙るし縛っても縄抜けしない。師匠は寝てても殺しにくる、あれに比べたら殺さずに暴徒の鎮圧をする程度何とということはない。
資料を見るフリをし続けていたらマナトへの興味を失ったらしく、フェイクは通りがかった弁当の売り子に声をかけていた。
「お弁当くださいなー」
「おや、軍人さんかえ?」
「……んー、違いますね!! 鮭弁当くださいな!! これお代です!」
「そうかえ? んじゃ、おひとつ」
マナトにとっては王女の護衛とかいう重責を負うくらいなら、暴徒どもをシバき倒す方が何倍も楽だった。軍の命令で現場に向かって暴徒を捕らえるだけだったマナトは今まで裏に何が起こっているかを考える必要はなかったし、暴徒の相手は行動原理が目立つところで暴れるというワンパターンさ。対処を間違えなきゃ大丈夫だったから。
それに────。
「大体、俺に誰か守れるなんて思っちゃいないんだよな」
マナトの右手と両足はその事を証明していた。かつて守ろうとして守れず、その事実を刻むように失われた手足が。あれは五歳の時だったか……────。
「先輩、そういうのは良いんで面白い話してくれませんか? なんも起きなくて、暇で暇で!!」
「後輩よ、人の心を読んだ上で無茶振りするのはやめてくれねえか???」
「いや美味あー!! 弁当美味ぁぁーっ!! っていうか眼帯の模様、お綺麗ですね売り子さん。見せてもらっても?」
「あらあら。ごめんねえ、そればっかりは無理なんよ」
「そうなんだ、もしや傷大変なんですか? それはそれは……」
「そうでも無いのだけど、こればっかりは……」
マナトを無視してFp-001は売り子の眼帯おばちゃんと談笑していた。手を振り合ってお別れまでするほどに一瞬で仲良くなるとはずいぶん気楽なものだ。
「おや、先輩寂しくなっちゃいました??」
別に寂しいとかではない。面白い話を求めておいて。この状況で。よくも気楽に談笑できるなって。すげえよアンドロイド。
そう考えた目でマナトはFp-001を見た。
「なんですか先輩その目は?」
心が読めるわけではないらしい。マナトは露骨にバカにするような笑みを浮かべた。
「俺はお前が羨ましいよ」
「はぇ。ほーん。そですかー? あっひょっとして弁当欲しかったんですかぁ? 言ってくれれば」
「いらねえよ、お前ほど燃費悪くねえし、それに……」
「んっふっふー!! 言われてもあげませんからねっ!!」
Fp-001による怪訝な目線が一瞬で和らいだ。ドヤ顔までする始末。ほんとに羨ましいよ。
外をじっと見ながらマナトは、一つ溜め息を吐いた。
「おい、後輩よ。さっきの弁当は美味かったか?」
「な、なんです先輩。弁当? それなら当然、変なもの入ってたんですけどフェイクちゃんの鋼鉄の胃袋の前に完全敗北したんで平気ですよ??」
「……お前ってやつは……マジで気付いてたなら食うなよ」
「美味しそうだったので!! それに、褒めても何も出ませんよー??」
ドヤ顔。マジ羨ましいよその辺。でもFp-001なら毒入り弁当だって食う前にわかるだろうが。危険だからやめてくれ。一番警戒しないといけない幼女さんは窓の外を食い入るように見ていた。興味持たれる前に捨てとけよ?
とはいえ、おかげでこの列車が危ないってことがはっきりした。
「行くぞ」
「……あ。いってらっしゃいませ!」
幼女に送り出され(?)、フェイクはニコニコで立ち上がったマナトに追従する。説明などなくとも────信頼なら、十分にあった。
「あ、人間臭いってなんですかマナトー、嗅いでも油の匂いしか」
「そうじゃねえよバカ」
「え、うえええ!? バカってなんなんですかそういう方がバカなんですよ!!?」
「いいから行くぞバカ」
いや……別にないのかもな、信頼。