一話「かくして始まる護衛の日々」
「まーなーとー、ごはんっ! ごっはーんっ!」
────人生には選択の連続だ。
朝起きて、二度寝するかどうか。朝食は食べるか。何を食べるか。食後に何をするか。
運動してもいいし、怠惰にゴロゴロと朝を無駄にするのも良いだろう。朝食は簡単に鶏卵の目玉焼きとパンだけでもいいし、何だったら豪勢に三、四品追加してもいい。ああ、なんでもいい。
そうやって、自由意思の元に俺たち人間と言う生き物は選択を繰り返す。選択肢に事欠くことはない。
自由……良い響きだ。
人間は本来自由であるべきなのだ。神だとか、地位だとか、そういうものに縛られて戦争なんてするべきではないのだと俺は思う。戦争反対。内紛、反乱、もっとダメ。何が革命だよ、踊らされてるんじゃないよ。政治が悪い? そんなん暴動抑える為に資金難に陥ってる我が国の軍部見てから言ってくれ。
平和が一番、軍人の仕事なんてないほうがいいんだよなぁ。
「いつまで掛かるんですかぁー早くしてくださいよー!」
往々にして、俺たち人間は誰かに強制されて選択を強いられることがある。
俺にとってそれは仕事だ。
仕事こそ悪。ヤバいのは人間関係。
例えば、悪い情報しか持ってこない上司だとかやたら喧嘩を売ってくる血の気が多い同期だとか勝手に支給品改造する技術バカとか魔女気取りの蛮族雨女に、
「朝ごはんはまーだでーすかーっ?」
料理作ってる横で駄々捏ねて食事を求めてくる軍用アンドロイドとかな。
ずっとご飯を強請ってたポンコt「先輩????」……もとい女型のアンドロイドがひょっこりと俺の肩の上から料理は何かと顔を出す。人に精巧に寄せて作られたそいつの名前はFp-001。意味は偽物の人間。その1号機だとか。
幼い顔つきに茶髪のボブカット。黒を基調とした半袖の軍制服を着ている。長袖や手袋などでしっかりと着飾れば人間に見えるだろうがコイツが今着ているのは軍指定の夏服。肘関節や膝関節などには人にはない隙間がある。
肌の感触を模倣していても、さすがに人と間違える事はないだろう。
何のこだわりか顔面はかなり美少女然に造られていて見てくれは良いんだが……それが働こうともせずにダラダラ飯を要求してくる様は正直言ってかなりムカつく。というか戦闘用のアンドロイドだろ、外見なんか良くしてもなあ。
「ねーねー先輩? 聞いてますぅ? あっお耳の性能がよろしくない? 人間さんは不便ですねえ?」
「うるせえ薄着女あっち行け」
……いや、認めたくはないが見た目は大事かもしれない……うぜえ……。
今の季節は冬。吐く息が白くなるほどではないにせよ、部屋は冷える。だというのにFp-001が薄着なのは、同僚曰く『まだ効率化してないからね、オーバーヒートして壊れてもらっちゃ叶わない』とのこと。冬場だと有難いことだが実際こいつの周り5度くらい上がっている。暖房要らずであるが、こないだ暖房扱いしたら嫌がらせのつもりか排熱量増やして抱きついてきやがった。
死ぬほど熱かった。
「先輩ー、まーだーでーすーかー?」
邪険にしたからか、えーとかうだーとか言いつつキッチンから離れたFp-001が椅子の上でバタバタしていやがる。戦闘用アンドロイドに料理機能は備わっていないのか、前に料理を消し炭にした実績があるので手伝わないでくれと頼んだのはこっちだが態度が最悪だった。
俺は他に料理する奴がいないので仕方なくキッチンに立っている。そう仕方なくなのだ。その上でだだっ子暴食アンドロイドの相手だって? 俺はやだよ。
手足をバタつかせて駄々っ子のようにご飯ご飯、て……どこでそんな事学習したのやら。製作者だな。間違いねぇ。
そもそもFp-001は戦闘ノウハウを吸収することを目的に実働部隊に編成されている。
うちの部隊にいる理由は製作者の所属がうちの部隊だからだ。このアンドロイドには非常に高度な学習能力があり、事実目覚ましいほどに戦闘能力は成長中。まあ、学習しなくていいことも学習してしまっているようだがな。悩ましいものだ。
因みにこのアンドロイドの部隊加入は三ヶ月で一番最近である。つまり、俺の後輩という扱いだ。
最初は無言だった。挙動がロボットじみた奴だった。しかし、3ヶ月でみるみるうちに遜色ない人間性を身につけて、その結果どこで間違ったのか『なにもしないで餌付けされるのを待つだけ』とかいうのを覚えていた。ダメ人間そのものである。どこで道を間違えたのやら、あの頃のあいつを返してほしい。
「おっ、良い匂いじゃーん、マナト、何作ってんのー?」
やって来たのは、だぼだぼの白衣を羽織った見た目十代前半の少年だった。無造作に伸ばされた茶髪や無気力な半眼に白衣の下もサイズ違いの服。身嗜みに興味がない事が伺える。
彼の名はジョン・ドー。この部隊唯一の機械技士であり、見た目は若いが、年は俺の倍以上というふざけた先輩だ。
「……ダメ人間が来たか」
「朝からいきなり酷い暴言を受けたよFp-001」
「うわー、先輩ひっどー」
………………耐えろ。
ここでキレたところで、なにもない。さんざん怒ったりしたが、治らなかっただろう? 外を見てみろ。ほうらどすどす濁った灰色、いい天k……曇天じゃねーか!!!
ともあれ、俺は落ち着いた。
故に、俺はとても冷静に、冷静に口を開けた。
「お前らメシ抜きな」
「「酷過ぎる! 横暴だ!!!」」
「うるせぇ!! 文句言ってないで働け!!」
「嫌だねー!! 僕はFp-001のメンテ、マナトの義肢機構のメンテに新機構の発案に軍部の新しい兵装の発案!! ルーンの運用の議論にアンドロイド廉価版の制作をせっつかれてて疲れてるんだ!! 僕に睡眠時間を寄越せよっていうかマナトだって最近出撃めっきり減ったろー!? マナトこそ働けー!!」
そーだそーだ働けー。とFp-001が続く。
「は? 実働隊としてめちゃくちゃこき使われてるだろが。昨晩は南部で夜通し爆発騒ぎの鎮圧を……というか現在進行形でメシ作ってるが。要らないのかメシ?」
「「いりますいります!!!」」
二人は頭を下げてえへへへ……、と俺にすり寄ってきた。気持ち悪いしキッチンに三人は狭いのでのであっち行ってほしい。
まあでも、騒がしい朝自体は悪くない、と俺は思う。
今朝はまだ殺伐とした業務もないし、上の方から製作者が居るからって理由でFp-001を押し付けられた以外では変な命令もない。ジョンは今激務真っ只中だろうが、あいつが侍従めいたロボットに事務仕事投げて仕事サボってるのを度々見ている。言うほど忙しくないだろう。
平和だ。
ただまぁ今日もまた街からは怒号とか銃声とか聞こえるし、治安も大して良くもない。戦時中の方が治安がよかったくらいだ。平和か?
一時期は大隊と呼べるほどに活気あった俺たちの部隊だが、今の時期は小隊としか呼べない人数しか俺たちの部隊にはいなくなってしまった。殉職や退職、引き抜きとかだな。
俺が加入したころよりもだいぶ寂れてしまったが、今だけは平和だ、誰がなんと言おうが平和である。朝だけはカチコミに来る別部隊のアホもいないし、部屋が爆発したり、掃除ロボがジョンを飲み込んだりしないのだ。平和だ。そして自由もあ……ねえわ。
ようやく朝食が出来た。目玉焼きとトースト、あとなんだっけグランドオオマグロイーターの切り身だかの塩焼き。赤身魚で美味しい(うまい)。
「いやウエストクマイーターじゃなかったっけ、ねえFp-001」
「知りませんし面倒だから鮭の切り身でいいんじゃないですかね。あ、うま」
あ、違った、グランドマグロイーターはウニだった。じゃあウエストクマイーターかもしれない。
「えー……ウエストクマイーターは繁殖期、気性が荒くなり体長3mを超える熊を丸呑みにする事で有名な鮭である。成体の体長は4〜7m。川上りする頃のウエストクマイーターの腕力は鉄も潰し、その脚力は熊の倍以上の跳躍を可能にする強靭さを備えている。また肺呼吸を可能にした肺魚のため生半な猟師では陸に揚げた後に八つ裂きにされてしまうだろう。繁殖期のウエストクマイーターは特に脂と魔力がのっており魚類の中でも指折りの絶品であるとのこと──いかがでしたか先輩? Fp-001の基本機能『検索』は。有能でしょう? さすがアンドロイド!! 私の頭をナデナデする権利、行使して良いんですよぉ?」
腕があって足もあるらしい。俺は椅子ごと擦り寄ってきたFp-001を雑に撫でた。すると満足げに食事を始めた。食べ始めると黙るのだ、このアンドロイドは。
「ところで……来てない奴らは?」
「あ、ジウレアちゃんなら『ユグネリアが渇いてル。オレサマを呼ンでる!!』って言って出て行ったことはマナトも知ってるでしょ、軍部的には出来ればあの子には国を離れないでほしいんだろうけど、下手に怒らせて実力行使に出られたら強すぎて怖いし強く出られないからね仕方ないね」
「ああ仕方ないな」
俺もジョンもからからと笑って朝食を食べ進めていった。
「で、上官は? アイツここ三日くらい見てねえけどどうした?」
「マナト。アイツって……、ずっとそう呼んでるけどあの人の階級結構高いんじゃなかったっけ?」
「興味ない。こないだ上がったとか騒いでたけどジウレアの独断越境の責任問題ででまた落ちるだろうし覚えるだけ無駄」
「まひゃおひおーひ」
食いながら喋るなFp-001。
「確かに僕も興味なんてないけどさ。だったとしても直の上司くらい覚えようか」
「必要があればな……お前なんて顔も覚えてないだろ?」
「バレたかー」
目玉焼きに胡椒をかけて食パンに挟む。うまい。ジョンも同じように目玉焼きをパンに挟むが他国の調味料醤油を掛けて食べている。
……俺は胡椒こそ目玉焼きに合うと思っているがその論争についてはずいぶん昔に平行線だとわかっている。なにも口にはしない。口にするのはパンだけだ。
「はふはふ、アールヴ上官はもう帰ってきますよ」
Fp-001に目をやれば、こいつも普通に飯を食っている。というか食べるのが早く、もう食い終わっている。ちなみに目玉焼きには今回はオイスターソースを掛けていたが毎回掛けるものがちがう。いわば無派閥。
にしても旨そうに食べてたなコイツ……。
「んーっ、ソースもいいですねー……」
そもそもアンドロイドなのになんで普通に人のものを食べてるの? という当然の疑問には俺は答えられない。
「食事でエネルギー補給してるんですよー。人間と一緒です、なんせ高性能なので?」
高性能でなんでも説明しようとするな。理由になってないぞ。
まあ説明されても食事からエネルギーを取得する理屈はわからないし、普通に電力なり魔鉱石なりからエネルギーを取り出した方が効率が良さそうだが、これを可能にしているのはひとえにジョンが天才だからだろう。
「って、アイツが帰ってくるなら飯追加しないとなあ」
「────毎度毎度……アイツだのお前だの、マナト伍長は偉くなったものだな」
「あ、アールヴ。もう帰ってきてたのか、悪いけど飯無いぞ」
「大尉と呼べと……まあいい、ここでそう堅苦しくしても仕方がないからな」
それと朝食なら必要ない、とアールヴは持っていた紙束をテーブルに置き、空いてる席に座った。
──なんだあの紙束……?
俺はちょうど飯を食べ終えたのでと言う事で逃げる様に席を立った。あの紙束、何かしらの書類だろうか。付け加えてアールヴのにこやか笑顔。とても嫌な予感がする。
「……そうだ、マナト」
「何ですか、アールヴ大尉」
「国外旅行、興味あるか?」
アールヴは世間話をするかのように発言をした──しかし、これが世間話であるわけがない。俺は確信した。
その言葉を無視していそいそと食器を片付ける。
「ははは、なんだその顔は。おーい、無視するんじゃないぞー。興味あるんじゃないか? うちに来る前は各国を転々としていたと聞くし、終戦後は見て回る暇なんかなかっただろう? おい? き、聞いてる??」
アールヴは笑顔だった。見なくても、顔が笑っているがわかる。その癖声は笑ってない、それどころか泣いているんじゃないかと言うくらい震えている。この女の癖だ。この部隊長でもある彼女との付き合いはジョンの次に長い。震え声の原因は何か、彼女の立場上しばらく部隊を離れている時は上から命令された時に決まっている。それも大層圧力を掛けられるようなとびきり面倒なやつ。
めいれいかー。やだなー。だいたいこう、面倒なのだ。
俺はそう思って、アールヴに向き直った。
「興味ないね、そういうの人員余ってそうな猪部隊か鷹部隊らへんにパスってことで」
誰が行くか!! どーせ何かあるに決まってんじゃん!!? 何させるのかは知らないけどFp-001とかどうすんの!? ジョンに任せてたら持ち前の学習能力とやらでロクでもねぇ奴になるぞ!!?
心の内は嵐のように荒れているが、我が心は不動の構えだ。平然と言ってみせた。
そんな俺を見透かすかのようにアールヴは苦笑いを浮かべた。
「分かれ? 私が戦力を遊ばせておきたくなんかない事くらい」
「……えー、まあ、そりゃ、この人数だし、ただでさえジウレアはどっか行ってやがるしなあ」
「またなのかジウレア軍曹……」
アールヴは天を仰いでうめいた。やっぱなんも言わずに飛び出したんだなアイツは。
「にしても急に旅行って……? 何でそんなことを」
「停戦から一年だ。表立って平和が訪れた諸国にかの隣国の学校から王女様にお誘いが来たらしくてな」
「へぇ」王女サマ。うへぇ……厄い。
気の抜けた返事を返す。アールヴは変わらず言葉を続ける。
「王家が外国に、なんてこの時期に何考えてんだって軍上層部はお怒りだ」
「はぁ」
「王家はこの留学に乗り気も乗り気、強行する気満々でな。たとえ継承権の低い王女だとしても護衛隊だけつけて国内移動なんてさせたら大問題だ。メトルム国軍部の沽券に関わる」
ただまあ、軍上層部にとっちゃあそれでもいいのかもな。と聞かれたら減俸免れないような発言をアールヴは零した。
最近の軍部と王家の不仲の空気は下っ端にも伝わっている。暴動に対して軍部に丸投げしている上に大した労いもなく、資金難にも襲われてるんだと昇進した同期がわざわざ狼部隊の宿舎にまで来て愚痴っていたしな。
もし問題があっても資金難を理由に言い逃れができ、窮地に対し予算の引き上げなどの交渉材料にできる。王女の国外留学は詰まるところ軍部にとっては非常に好都合、なのかもしれない。
最低限の人員で、最大の結果を。
「──それでお前だ。マナト伍長」
「……拒否権は」
「ねーよ、残念だったな? 恨むならお前より強い奴が軒並み協調性皆無なのを恨むんだな。マジでメトルム軍人は頭おかしい奴しか居ねえんだ……既にさんざ交渉してきて三徹してるんだよぉ……助けてマナト伍長ぅ」
「最悪じゃねえか」
いかつい顔したゴツい女が縋り付いてくる様はだいぶきついものがあった。
「……で、俺に何をさせるつもりなんだ?」
「嫌いあってんだ、王家と、軍、どっちも」
それがどういう意味か、知ってはいる。仲悪いよなあ、ほぼ内乱状態なのになー。
今は国内の方が荒れてるからな。これは単なる留学じゃない、亡命なのだ。
隣国から『お誘い』があるなら王女の亡命の大義名分として活用できる。公に来たのなら軍も知っていよう。だが亡命ともなれば慎重に審議しなければならない。大体その国は安全なのかとか、道中どうすんのとか、俺には想像のつかないことで会議で国の上の方が荒れに荒れたに違いない。
「予定じゃ一週間後の行動開始だが、ある筋によると王女は予定より早く近衛たちと出立するらしい」
王家の独断先行。結果として軍部と王家間ですら情報戦、と。内ゲバすんな。
これ、軍の諜報能力任せに王家に恩を売ろうとしてませんか、してない??
「ルートは不明だが、おそらく列車を利用するだろうな」
「不明……」
「ああ、燃えてくるだろ? ははは」
諦念の浮かぶアールヴの笑み。あーはいはい完全に理解した。
やべーぞこれ、やりたくねぇ……!!
「し、失敗したら?」
アールヴは笑顔で、首を切るジェスチャーをした。
そっかー。
首飛ぶのかー。
………………………まじかよ。
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